強引な求愛
リルディアーナ視点。
カイルを追いかける途中に遭遇したのは……。
私は、カイルに伝えなくちゃいけないことがある。
ずっと憧れていた、“恋”をするということ。
だけど、それは物語で聞くような甘いだけの話じゃなかった。
痛くてつらくて、分からないことだらけだ。
傷つくのが嫌で臆病にもなる。
『叶わない願いはたくさんありますが、叶う願いも同じくらいあるんです。言葉は“想い”を伝えるためにあるんですよ』
クラウスの言葉が私の背中を押す。
今度こそ、私のありったけの想いを伝えよう。
臆病になりかけている気持ちを奮い立たせ、全力で走る。
「きゃっ」
「おっと」
唐突に現れた人物とぶつかり、そのまま転びそうになる私を、相手は寸でのところで支え止めてくれた。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや。それよりそんなに急いでどこにいくの?」
「あれ?」
聞き覚えのある声に相手を見上げると、相手はレイだった。
「レイ。カイルを見なかった?」
「兄上を探しているの?」
ニコニコと笑みを浮かべたレイの問いに、私は大きく頷く。
「私、カイルに大切な話があるの」
「僕もリルディに話があるんだ」
「え?」
予想外の切り返しに一瞬虚を突かれ、気が付くとそのまま抱きすくめられていた。
「お願いだから、僕のモノになってよ。どうしても君じゃなきゃ嫌なんだ」
反射的にその腕から逃れようと体を動かしたけれど、力が強くてびくともしない。
「は、放して」
「嫌だ。放したら、君は逃げてしまうから」
その声音はどこかヒヤリと冷たい響きがあり、いつも陽気なレイとは対照的だった。
「前にも話したわ。私はあなたのところにはいかない。お願いだから放して。私はカイルのところに行かなくちゃいけないの」
「……」
必死に訴えかけると、レイは無言のまま私から体を離す。
「レイ。ごめんなさい」
ひどく憮然とした表情のレイに頭を下げ私は踵を返す。
「テオ」
「え?」
レイが名を口にしたと同時に、目の前にテオさんが姿を現す。
(魔術?)
忽然と現れるそれは、アランが魔術で姿をみせる時によく似ている。
そんなことを思っていたら、テオさんは私へと手を伸ばし、そのまま軽々と抱き上げる。
「なっ。なにするの!?」
「……」
クラウスに抱き上げられることはあるけれど、それをするのは、私の騎士であるクラウスの特権だ。
しかもいかにも不服そうな顔で、面倒な荷物を運ぶように、横抱きにされるという。
扱いがおもいっきり雑だ。
「ちょっと! 離してよっ!!」
ここに来て、レイは無理矢理に私を連れて行こうとしているのだと合点がいく。
おもいきり暴れてみるけど、まったくビクともしない。
「テオ。リルディを落としたら許さないから。ちゃんと丁重に運ぶんだよ」
楽しそうなレイの言葉の後で、テオさんの小さな舌打ちが聞こえてきた。
「分かっている」
横抱きにされている時点で丁重じゃないじゃないっ。
思わずツッコミたくなるけれど、今は逃げることの方が先決だ。
「レイ! 冗談にもほどがあるわよ? 一体どういうつもりなの!?」
「後でゆっくり話すよ。テオ、頼んだよ」
「人使いの荒い奴だ」
忌々しそうにそう言い捨てると、背に帯びていた大剣を引き抜き、虚空へと投げつける。
「え? えぇっ!」
数メートル先に飛んだ剣は、不自然に軌道を変え、剣先で空に線を引く。
線は丸く繋がり光あふれる穴が出来上がる。
「魔術師なの?」
「……そんなものより、ずっと堕ちた存在だ」
問いに答えるというよりは、自嘲するかのようにそう吐き捨てる。
「じゃあ、帰り道も出来たし、行こうか。リルディアーナ」
「え?」
自然に呼びかけられた名にヒヤリとする。
どうして、レイが私のホントの名を知っているのだろう?
「は、放して! 私はカイルのところに行かなくちゃいけないのっ」
「絶対に行かせない。君は僕のものだから」
「……」
私の想いは無視されたまま光の穴へと向って歩き出す。
「あなたたち、何をしているの!?」
光の穴へテオさんが一歩踏み入れた時、視界の端にネリーの姿が見えた。
横抱きに抱えられている私の姿に、ひどく驚いた顔をしている。
「ネリー! 助けてっ」
ありったけの声を張り上げたけれど、私はそのまま光の中に吸い込まれ、声は途中で途切れてしまったのだった。




