気づきはじめた気持ち(2)
「リルディ!」
仕事が一段落して食堂へと入った途端、ネリーが私の元へと駆けてくる。
「うっ」
その瞳はキラキラとしていて、ものすごく期待に満ちている。
昨夜のことで、何だか色々と誤解を生んでいるのは間違いない。
「待っていたのよ。まったく、今日に限ってあなたは遅刻して来るし、仕事は立て込んでいるし。全然話す時間がないんですもの」
「ごめんね。ラウラを説得するのに時間かかっちゃって」
あのあと目を覚ましたラウラは、なんと普通に仕事に出るというのだ。
いくら少し仮眠をとったといっても、本調子でないのは、顔色の悪さから、一目瞭然だ。
最終的には、半ば無理矢理ベッドに押し込んできた。
「ラウラってば、また体調崩したのね」
「また……ってよくあるの?」
「まぁね。あの子って、無駄に真面目だから。全力で働いてぶっ倒れちゃう。みたいな感じ?」
「そうだったんだ。私、全然気が付かかなくて」
「そんなに心配しなくても平気よ。暫くすると、ケロっとしているから。大体、あの子ってば、あぁ見えて頑固だから、人の言うこと聞かないし。今日休ませただけでも大したものよ」
「確かに、説得するのが本当に大変だったわ」
「後で私も様子を見に行ってくるわよ。……で、あなたの方はどうなの?」
食事を受け取り席につくと、早速ネリーが詰め寄ってくる。
「ど、どうって?」
「だから昨日のこと。刃の君とあなたって、いつから付き合っているの?」
ネリーの言葉に、持ちかけたフォークを取り落す。
「主とメイドの禁断の恋。きゃあっ、すごく萌えるわ!」
「き、禁断のって! それ誤解だから。私とカイルはそんなんじゃないのっ」
「“カイル”っねぇ。呼び捨てにしておきながら、どこがそんなんじゃないわけ?」
迂闊にもあっさりとボロが出た。
もう下手に誤魔化すのは逆効果だろう。
「出会った時は貴族だなんて知らなかったんだもの。だからつい呼び捨てになったりするけど、ただそれだけだよ。大体、カイルは私のことなんて、何とも思ってないもの」
「はぁ? そんなことあるわけないじゃない。昨日だって、あんなところで二人きりでいたし」
「……」
カイルが私を気にかけてくれているのは、拾った責任感からだ。
けれど、それをネリーに言うわけにもいかない。
「その反応……はっ! も、もしかして、無理矢理何かされちゃったとか?」
「えぇ!? ち、違うよ。私がただ一方的にカイルを好きなだけで、カイルにはそういう対象にすら見てもらえてないし……!」
って! 何を思わず口走っちゃってるのよっ。
口に出すと考えていた以上に恥ずかしい。
「ふぅん。“好き”っていう自覚が出ただけ進歩かしらね?」
「やっ。今のは忘れて……って、え? 私がカイルを好きなこと、ネリーは気づいていたの?」
「当たり前じゃない。見ていて分かりやすすぎるくらいだわ」
「そ、そうなの!?」
思わずガックリとその場で項垂れる。
傍目から見ていて分かることなのに、自分自身が気づかなかったなんて。
ものすごく間抜けだわ。
「まぁ、それは刃の君にも言えることなんだけど」
「カイル? も、もしかして、カイルの気持ちとかもわかるの?」
「そりゃあ、分かるわよ。ていうか、どうしてリルディが気づかないのかが不思議だわ」
「教えてほしい。カイルは、私のことをどう思っているんだろう?」
「そりゃあ……」
ネリーの言葉にゴクリと息を呑む。
一呼吸置いて、固唾を呑む私をチラリと見、ネリーは再度口を開く。
「言わないわよ」
「え? えぇ! なんで!?」
「だって、それって私が言うことじゃないし。リルディの気持ちって、私の言葉一つで揺らぐほど簡単なものなの?」
「そんなことないよ。だけど知りたいんだもの。カイルが私をどう思っているのか」
好きだからこそ不安なんだ。
嫌われていないとは思うのだけど、女として意識されているのかというと、かなり絶望的だと思うのだ。
「そう。なら、私じゃなくて刃の君に聞いてみればいいわ。そろそろ、書庫整理の時間でしょ? 会えるじゃない」
「そんな簡単に言わないでよ」
「こういうことは、悩んでもいいことなんてないんだから。ようは勢いと根性よ。当たって砕けろ」
楽しそうにそう言い終えて、満足とばかりに今日のランチを食べ始めるネリー。
「それで、ネリーはあのあと、ユーゴさんとどうしたの?」
私も気にかかっていたことを聞いてみる。
確かお酒を一緒に呑む呑まないという話だったはずだ。
「……」
ダンッ!
今日のメインである野菜の肉巻きにつきたてられたフォークは肉も野菜も突き抜けて、底のトレーに当たって大きな音を立てる。
トレーにヒビが入らなかったどうかが心配だ。
「ネリー?」
肉巻きにフォークを突き立てたまま、無言でフリーズしている。
「どうしたの?」
「どうもこうもないわっ! あいつの所為で私の評価はガタ落ちよ!」
「あいつって……えーと、あのあとユーゴさんと、お酒を飲みに行ったのよね?」
ネリーの周りに負のオーラが渦巻いているように見えるのは、気のせいだろうか?
「そうよ。“ストレスがたまっているからとことん飲む”とかって言いだして、食堂でハイペースで飲みだして、それにつられたのが運の尽きよ」
ネリーが食堂の奥の厨房へ視線を向けると、何だかヒソヒソ話をしている食堂スタッフたちと目が合った。
こちらの視線に気が付くと、そそくさと奥へ行ってしまった。
何だか反応が妙だ。
「いつの間にか眠っちゃってて。朝、冷たい目をした食堂スタッフに起こされたわ」
「ユーゴさんはどうしたの?」
「私が起きた時にはいなかったわよ。おかげで、周りにゴロゴロ転がっているカラの酒瓶は、私が全部飲んだって勝手に決めつけられちゃったわけ。飲んだのは、ほとんど氷の君なのにっ。理不尽すぎるわよ!!」
ユーゴさんがそんなにお酒を飲むなんて意外だ。
それにしても、”ストレスがたまっている”って何があったんだろう?
「さっきユーゴさんを見かけたけど、いつもと変わらなかったのに。すごくお酒に強いのね」
父様なんかは、酒宴なんか開いた翌日は、この世の終わりみたいな顔色の悪さをしていた。
そんな思いまでして飲むほど、お酒はおいしいものなのかと、よくエドと二人で呆れていたものだ。
「なんですって!? くぅっ。せめて二日酔いで苦しめばいいのにって思ったのに……」
心底悔しそうに拳を握りしめる。
「今日は、ユーゴさんに会ってないの?」
「ええ。実は昨日の記憶がなくてね」
「えぇ!?」
「ふふ。あいつのペースにつられて、飲みすぎて記憶がとんだわ。なんか、お酒の力で色々言いたいこと言っちゃった気がするのよ。おかげで、怖くていつにもまして、氷の君に近づけないわ」
ネリーは、遠い目をして呟いた。
「あの、何だかごめんなさい」
もとはといえば、私たちを庇うためにそうなったわけで、責任を感じてしまう。
「別にいいわよ。私が勝手にしたことだしね。なんか、あんたって放っておけないのよね。手のかかる妹みたい」
「あはは。ラウラにはお姉さんみたいって言われたんだけどなぁ」
「あら? じゃあ、私たち三姉妹ってことね。まったく手のかかる妹たちで困るわ」
そう言いながらも、ネリーは何だか嬉しそうで。
二人で顔を見合わせて同時に噴き出した。




