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休み明け──コニーのクラスでは席替えが行われた。
厳正なるくじ引きにて実施された結果、一番後ろの列でアリサ、アーヴィン、コニーで並んでしまった。
「また隣の席ですね、ガーネット様」
「……そうだね」
「何だかちょっと運命的……なんちゃって」
アーヴィンは硬い表情のままアリサを無視した。ボソッと言った感じだったが、コニーの席まで聞こえたので、アーヴィンも聞こえていただろう。
本当に、この攻略対象はやる気が皆無である。この配置であれば、アーヴィンは気安い幼なじみの方ばかりに話しかけてしまうことは、火を見るよりも明らかだ。
休日も大変だったというのに、学校も波乱の幕開けとなり、コニーはつい溜め息を吐いてしまう。
「お兄様!エリオット様に危険が迫るかもしれません!」
「……コニー。落ち着いて話してごらん?」
必死に訴えかけるコニーは、兄に宥められ、一呼吸置いてから説明した。乙女ゲームの展開であれば、エリオットが暗殺されそうになるかもしれない、と……。
「何と言うか……その物語は恋愛ものだと思っていたが、なかなか不穏だな」
「恋に障害は付き物なんです!二人で危険を乗り越えるのも、吊り橋効果で親密度がグッと上がるものです!……って、それは置いておいて」
コニーはうっかり乙女ゲームについて熱く語りそうになるが、クリスティアンが難しい顔をしているのに気づいて控えた。
「殿下の件は、元々立場上対策はしているけど、それを掻い潜って狙われる危険があるのか?」
「そこは何とも言えませんが……割とご都合主義な展開が多いので」
コニーの答えにクリスティアンが苦笑いを浮かべる。物語の進行上、都合が良すぎる展開はやむを得まい。
「……わかった。エリオット殿下に注意を促して、父上にそれとなく警護を増やすよう促してみるよ」
要人警護も警察──ブラウン伯爵が頂点に立つ組織の仕事だ。コニーの妄想のような予想では警察を動かすことは難しいだろうが、クリスティアンが何とかしてくれるなら一安心だ。
とは言え、いつどのようにというのはまだはっきり思い浮かばないので、コニーとしても気にかけておく必要がある。もしもバッドエンドでエリオットの暗殺が遂行されてしまうなんてことになったらと考えるだけでも恐ろしい。それだけは避けなければならない。
ただ、そんな恐ろしい出来事ばかりではない、乙女ゲームを楽しむことは続けたいコニーは、一先ずエリオットの件は置いておき、普段どおりに通学し、ヒロインを観察することにしたのだが……。
「コニーと隣の席になれて良かった。よろしくね」
アリサに対する態度と打って変わって、嬉しそうに声をかけてくるアーヴィンに、コニーは思わず笑みを引き攣らせる。
その笑顔を少しはヒロインに見せなさいよ!と思いつつ、アーヴィンを甘やかした自分の責任を感じるコニーだった。
──本当に、今日はどうかしている。
「アリサ。移動中か?」
「アーネスト様」
次の体育の授業のために着替えで更衣室へ移動中、アリサがアーネストと遭遇した。
少し後ろをクラスメイトと歩いていたコニーはそれを目撃してしまう。
「そうなんです。次は体育で……アーネスト様もですか?」
「ああ。講堂で学年全体で講義を受けるんだ」
「へぇ……どんな講義なんでしょう?」
「どうせ退屈な話をグダグダ聞かされるだけさ。居眠りしてしまいそうだ」
「まあ。ダメですよ?」
「冗談だよ。それじゃあ、授業で怪我をしないように気をつけて」
「アーネスト様も寝ないように気をつけてくださいね」
アーネストは声を上げて笑って立ち去っていった。アリサはそれを見送り、何事もなかったかのように歩き出した。
「……何なの、あれ?」
キャッキャウフフな現場を見てしまったクラスメイト達の反応は良いとは言えなかった。
「この間殿下と知り合ったばかりの平民があんなに親しそうに……!」
「あの噂は本当なのかしら。殿下が平民に高価なアクセサリーを贈ったっていう……」
「本当よ!私、それで殿下が風紀委員に指導を受けているのを見たもの!」
「オニキス侯爵令嬢という婚約者がいらっしゃるのに……!」
皆思っていてもなかなか言いづらかったことが、今目の前で起こったことを受けて一気に爆発し、アリサとアーネストへの非難やパトリシアへの心配で盛り上がる。コニーは乙女ゲームの展開を見れて嬉しかったことで周りについていけず、ちょっぴり罪悪感を感じていた。何も知らない人から見たら、彼女達みたいな反応が普通なのだろう。
「そう思うわよね、コニー?」
「え……」
急に話題をふられて、コニーは戸惑う。
「えーと……と……とりあえず、移動しない?着替える時間がなくなっちゃう!」
「あっ!そうだったわ!」
何とか誤魔化すことに成功したコニーは、クラスメイト達と更衣室へ急いだ。
体育は合同になることが多く、今日もスザンナのクラスと合同だ。
「聞いたわよ、コニー。またヒロインさんと殿下が親密っぷりを披露していたそうね」
「さすが、耳が早いわね」
運動前に各自で二人一組となってストレッチをしながら、コニーとスザンナは井戸端会議状態だ。情報通のスザンナは、コニーが話す前から先程のことを把握していた。
「あなたのクラスメイト達が言いふらしてたからね。そうでなくても、そんな大胆な行動してたら嫌でも目につくから、情報元には困らないわよ」
スザンナに言われてそれもそうかとコニーは納得した。そこでふとパトリシアのことが気になって彼女を探す。
「オニキス様ならあそこよ」
スザンナが示した先で、コニーはパトリシアを発見した。彼女には特に変わった様子はなく、他の生徒に混じって、真面目にストレッチをしているように見える。ただ、スザンナが言っていた通りなら、先程の出来事は耳に入っているはずだ。
この後の彼女の行動は注意して見ておくべきだろうと思った直後、コニーはスザンナのに背中を押されて悲鳴を上げるのだった。




