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窓から富士山を眺めながら俺は…  作者: 白い黒猫


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13/14

釈放の日

 お婆ちゃんが退院日にテンションが高かった気持ちがよく分かった。

 朝からジッとしてられない。起きて直ぐにベッドを整えて離れた。

 食事もサッサと済ませて歯を磨き直ぐ顔を洗う。

 パジャマを脱ぎ捨て着替えようとして、携帯型心電図の存在を思い出す。

 ナースセンターに行き、もう外してもらおうかと交渉するが、先生の診断があるまでダメだと言われて諦めるしかなかった。

 仕方がないので下だけでも着替えて、使っていたレンタルしていたタオルと一緒にパジャマの下を返却ボックスに放り込む。

 棚を動かし、その後ろにあるロッカーからカバンと上着を取りだしベッドの上に置き、退院準備を始めた。

 パンパンにカバンが膨らむにつれロッカーの棚は綺麗になっていき、俺の気持ちも軽くなる。

 俺は余った消毒用ウェットティッシュを使い、しっかり棚を拭き上げ俺がここにいたという跡までも消すように丁寧に掃除する。

 俺が出た後に、看護助手さんが清掃と消毒してくれるのは分かっているが、立つ鳥跡を濁さずの意味と、病院に対する感謝の気持ちから。


 そんな事していたら、後ろから声をかけられた。カーテンの上の網部分を見ると主治医がにこやかにコチラをみていた。


「今日退院ですね。そして準備も万端な様子で」

「本当にお世話になりました」

 そう言うと主治医は顔を小さく横に振る。

「まだまだ佐藤さんとはお付き合いは続きますけどね」

 確かに主治医にはこれからもそれなりの期間、診ていただく事になりそうだ。

 主治医が八時過ぎにやってきたのは外来診療の始まる前という事でこの時間なのだろう。

 それからの会話は昨日までも話してくれた内容の繰り返し。それは問題もなく計画通り治療が進んでいる証明でもある。

 脈や心音を聞き、傷口の確認と何かおかしな所はないかという聞き取り。

 治療の経過は順調である事にはホッとした。

 もう既に何度もやり取りして聞いたものの、一週間は自宅安静となるのは変更はなし。

 やはり即日常を取り戻すとはならずに暫くは自宅安静の日々となるようだ。健康な食生活を心がけてストレスのない穏やかな生活が好ましいと、社会人にはやや難易度の高い指示を受けた。ストレスなく穏やかに仕事が出来れば良いのだが……。面倒くさい取引先とか使えない後輩の顔が頭に浮かびため息をつく。

 次週に予定されている検診までは、自宅で安静生活をする事となった。

 本来なら家でも外出もダメで、昼寝等もして身体を極力安らかな状態を務めるという事だが、一人暮らしの俺は流石に食材の買い物をしないと逆に生存が困難となる。

 また血液をサラサラにする薬を飲んでいるので大出血をするような怪我をしないようにも注意された。

 極力外出は控え無理をしない生活をするしかないようだ。

 とはいえテレワークという形で比較的早く仕事に復帰が出来るのは助かった。生きていくからには働かなければならないから。

 この世界規模で大問題を引き起こしているコロナ。テレワークという新しい働き方を一般化してくれたのは唯一良かった事なのかもしれない。


 先生が許可を出した事で心電図は外して貰えた。看護師との退院後の生活指導や今後の治療スケジュールの相談をしたらもうする事はない。

 十時前後になるという医療費の計算が終わるのを病棟で待ち、計算が終わったという連絡が来たら下に降りて会計。そしたら晴れて釈放となる。


 本日釈放組には、隣のオッサンもいる。オッサンも早々にパジャマを脱いで、黒地に赤い牡丹の花とか鳥の絵のついたの派手な柄のシャツを着ている。

 いかにもという感じのヤクザファッション。こういう服って何処で買ってきたんだろうか? とどうでも良い事をその服装を見て考えてしまった。少なくとも俺が買い物するような店では見たことがない。ヤクザ御用達なショップとかあるのだろうか?


「アホか〜出所祝いだとか言って!

 今の俺が酒とか飲めるか。ちょっとは常識を考えや!」


 いつもより上機嫌な様子でデイルームでオッサンはスマホで誰だかと連絡を取り合っている。荒々しく怒っているようでいて、そのテンションは陽気。その為凄みもさほどない。

 というより俺がこのオッサンの喋りに慣れてしまって鈍感になっているだけなのかもしれない。

 周りの人は退いて、遠巻きにオッサンを見ている。しかもこの階のもう一つの病棟が産婦人科だけに、何人かいる若い女性は明らかにビビっている。


 通話が終わり俺がいるのに気がつきニヤリと笑う。

「兄ちゃんも今日、出所やな〜。おめでとう! 良かったな」

「オッサンこそ、おめでとうございます」

「ああ、ありがとな」

 オッサンはニカリと笑う。

「兄ちゃんは、今日彼女とかが迎えにきてくれるんかい?」

 俺は肩をすくめる。

「同じ会社の友達ですよ」

「なんや、色気ないな~」

 俺は悲しい事に半年前に彼女と別れたばかり。

 またこんな所で色気も要らないだらう。しかし、あんな大喧嘩して別れた彼女にここで今来てもらっても困るだけ。

「オッサンは彼女さんが来られるんですか?」

 と言いながら。そう言えば結婚している可能性もあるから奥さんという事もあるのかと思う。昨日退院したお婆ちゃんの事を思い出す。

 しかしオッサンはハァと大きく溜息をつく。

「来るんは、舎弟や、舎弟」

 そしてチラッと俺を見る。

「あぁ、認めたるわ! ワシ方も今は色気のう寂しい男やて!

 でもな来るのは可愛ええ舎弟なんやで。アホやけど」

 そう照れくさそうに話す様子から、本当に可愛い舎弟なんだろう。オッサンにとって。

「俺だって、態々仕事抜け出して迎えに来てくれる、超良い奴ですよ友人も」

「やろな~」

 そんな事話していると看護師さんが呼びに来る。

 下で会計が終わった事と、ベッドの明け渡し手続きの為。自分のベッドエリアに戻り看護師さんと一つ一つの確認という儀式を行う。

 身体への装着物の取り外し確認。

 薬の受け取りとその使用のタイミングの確認。

 次回診察の予約書の受け渡し。

 退院後の生活の再度説明。

 引き出しや棚を全て開けての忘れ物チェック。

 それが終わると看護師さんは入院中俺の左手にずっとついていた入院患者識別バンドを取り出したハサミでチョキンと切り外す。


 軽い識別証だが、それが外れた事で俺は本当に自由になれんるだという喜びが沸き起こる。手錠を外してもらったような開放感がある。

「入院中色々お世話になりました。本当にありがとうございました」

 看護師さんは俺の言葉にニッコリとした笑顔を返し「お大事にね」というエール言葉を送ってくれた。

 俺は頭を下げて病室を後にする。

 俺は最後に一度富士山を窓から見て大きく深呼吸をする。

 今までここで見た富士山の中で最も神々しい姿に見えた。

 スッカリ顔見知りとなった看護師や看護助手の人に挨拶をしながら廊下を歩きエレベーターに向かう。

 同じように釈放手続きをするであろうオッサンと途中ですれ違った。オッサンはニヤリと笑い俺に向けて指が一本ない手でサムアップをして病室へと入っていく。

 俺は逆にエレベーターへと歩いていった。


次話で完結です。


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