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29話 少女の思い

「……。」


誰もいない部屋の片隅で、思いを寄せていた人と電話を終えた常盤は、画面が真っ暗になったスマホを両手で握りしめた。

最後まで思いを伝えきれなかった事に少しだけ後悔しながらも、彼女の決意は固まっていた。


「お友達との連絡は終わったのか?」


「……お父さん。」


部屋のドアの前にいた父親、常盤(ときわ)翠嵐(すいらん)は娘の電話が終わるまで部屋の前にいて、終わったタイミングで部屋に入って彼女に近づいた。


「夏奈…、本当に父さんたちと戦うのかい?」


「うん、もう決めたの。私も香織も、お父さんたちと一緒に戦うわ。」


彼女の目は本気の目だった。

誰に言われても迷わないその目には、覚悟の一つで満ちていた。


「夏奈、今からでも変えることはできる。考え直すことはしないのか?」


翠嵐は迷っていた。

彼女の意思を尊重している反面、ここで死んでほしくないと父親としての性が出てしまている。


(夏奈はまだ16だ。ここから先は長いし、やりたい事だってあるはずだ。)


彼は知っている。この先が地獄でしかない事を。

神社の当主になってから、多くの部下が死んでいったのを。

昨日会ったはずの人間が、次の日にはいなくなっていた事だって何度もあった。


(妻が死んでから、少しずつ妖術師のほうへ歩んできている。止めるとするならここしかない。)


彼は数年前に妻、夏奈と妹の香織(かおり)の母を妖との戦いで失っている。

死んだ人間は戻らないのがこの世界の鉄則。

戻ってきてほしいと願っても、その願いに神は頷かない。


「ありがとう、お父さん。そっちに行かないように止めようとしてるんでしょ? でもごめんね。もう決めたことだから、私は止めれないよ。」


彼女も妖術師だ。

現当主である常盤翠嵐の子として生まれ、幼いころから妖術をずっと見て覚えてきていた。

無論、母親の最期も知っている。


「お父さんが私を止めようとしてるのは、お母さんみたいになってほしくないからでしょ? それにお父さんが死んだとしても、次期当主である私がいれば、この神社を守り抜くことができると思っている……違う?」


「……そうだ。夏奈も香織も、本当はこっちに来てほしくなった。母さんが死んでから、私が投手としての仕事に本腰を入れないといけなくなってしまい、二人を蔑ろにしてしまっていた。私は父親として……最悪だよ。」


常盤家が長い間この場所を守ることができたのは、妖術師としての家系としてなってからであり、それ以前は普通の大きいだけ(・・・・・・・・)の神社だった。

そしてこの神社の当主は、歴代の常盤家が引き継いでいき、次期当主は長女である夏奈がほぼ確定的になっている。


「…お父さん。なんで私がここまで言われても選択肢を変えないのを知ってる? お父さんが死んでほしくないからだよ。」


「夏奈?」


「私と香織はね、ずっと我慢してたの。お父さんと一緒にいたかったし、一緒に出かけたかった。でもお父さんは、神社の当主としての役目があったから、私たちに構いたくてもそれができなかった。」


「………。」


彼女の言葉は父である翠嵐の心に突き刺さっていた。

全部がその通りだったから、何も言えなかった。

そんな父親の心境を無視して、彼女はこれまで抑えていたものを全部言っていった。


「分かってるの? お父さんが死んだら、私と香織は誰に甘えればいいの? 親でもない誰かに甘えればいいの? 偽物の親に甘えたところで、私たちは全然嬉しくないよ!」


「夏奈…。」


「私はお父さんが大好きなの! 香織も同じよ! お父さんもお母さんと同じように死んでほしくないし、ずっとそばにいてほしいの! それに私たちは……まだお父さんに親孝行ができてないのよ!」


「……ッ‼」


彼女が内に秘めてた本音を出す度に、大粒の涙が零れていって、ついに両膝をついてその場に泣き崩れてしまった。

それと同時に彼はようやく思い出していた。

当主として何もかも神社に尽くしてきたが、自分の娘にはまだ何も尽くしていなかったと。

“当主”としては良くても、“父親”としては最悪。

自覚していたにも関わらず、それに気づけなかった彼は脳裏に一つの言葉が響いた。


【最悪じゃなかった、もっと最悪だった。娘に愛を与えないで、父親と名乗ってたクズに過ぎなかった。】


何も気づけず、無自覚に娘を傷つけていた己を知って、ようやく深く後悔した。

そしてそれに気づいたと同時に、その体は自然に前に進み、娘である夏奈を抱きしめた。


「夏奈…すまなかった。私は母さんが死んでから、ずっとこの神社の事ばかり考えてしまっていた。お前たちがそばにいながら、何もしてやれなかった。本当に……すまなかった。」


「グスッ……おとうさん…」


人は家族を愛し、家族とそばにいないといけない。

それは誰も同じで、自分に親がいて、子がいるように、親も子も家族を愛さないといけない。

時にすべてがそうじゃない事もある。

親が子を愛さない家族もいるが、本物がすべてじゃない。

「偽物」でも家族は愛し合えば「本物」に勝る。

だが本物が愛を失っていなければ、やり直しが効くのなら、また愛し合えばいい。


今ここに、止まっていた家族の愛が動き出していた。


「……香織、入ってきてもいいぞ。」


「ありゃ、気付かれちゃった。気配は消してたけど、そう簡単にはいかないのね。」


翠嵐に言われてドアの陰から顔をのぞかせたのは、夏奈の妹でもあり常盤家の妖術師でもある香織(かおり)が悪戯っ子のように笑いながら部屋に入ってきた。


「ごめんね、ワザとじゃないの。ただ今は言ったら気まずくなると思って空気を読んで部屋の外で待ってました。」


「別に…入ってきてもよかったのよ。」


「いやいやお姉ちゃん、ガチ泣きしてる状態でどうやって入ればいいのさ。私そんな学習能力高くないんだよ、お姉ちゃんと違って。」


香織は膨れた顔で夏奈に文句を言ってると、今度は父親である翠嵐のほうを睨んで口を尖らせた。


「まったくお父さんは、気付くのが遅すぎるんだよ。私とお姉ちゃんの気持ちも知らないで、ずっと神社のほうばっかり仕事して……少しはこっちの気持ちにもなってよ。」


「本当にすまない。しかし香織は、夏奈ほど悲しくはないのだな?」


「私はお姉ちゃんがいたし、お姉ちゃんとは違って内に秘めない“表に出す派”だからね。だからお姉ちゃんよりも少しだけ余裕はあるよ。ああでも、お父さんが好きなのは同じだからね。」


「ははっ、そうやって直接言われると、なんだか照れるな。」


決戦前のこの時間。

最後になるかもしれないこの時間で、ようやく家族らしい会話ができた三人は、その時間だけは平和でいるような感じにさせたかった。

だけどその時間は一つまみ程度の時間。

最後にもう一度確認をするために、翠嵐は二人に真剣な目で問うた。


「夏奈、香織。これから先は帰り道がないのと同じだ。それでも二人は、父さんについてくるんだな?」


真剣な目で聞いてきた父に対して、二人はさっきまで笑っていた顔をやめて、同じように真剣な目で父である翠嵐を見た。


「もう守られてばっかりはしたくない。私は戦うわ、みんなのために。」

「私も同じよ。二人がいなくなって独りぼっちになるのは、永遠にごめんだから。」


二人の覚悟を聞いた翠嵐は、一度だけ微笑むで懐かしむ顔になった。


「そういった顔つきは、母さんにそっくりだな。」


「「お母さんに?」」


二人は今の自分たちが母親に似てるといわれて首を傾げた。

彼女たちが知ってる母親は、普通の家庭にいるような一面しか見ておらず、妖術師だった頃の母親の一面は全く知らない。

だけど彼女たちが知ってる母親は、誰よりも前を向きながら立っていて、つねに二人を甘やかしていた。

父親である翠嵐は、彼女のような誠実さに惚れ結婚し、一緒に妖術師として戦ってきていた。

忘れることのない彼女の生き様が、今の夏奈と香織に出てきたのを嬉しがり、二人が妖術師として誠実に生きていってくれるのを、彼は密かに願っていた。


「当主様、お嬢様方。お話の最中に申し訳ありませんが、ご報告があります。」


部屋のドアから声が聞こえ振り向くと、そこには男性用のスーツを身に纏った一人の女性が立っていて、翠嵐は彼女のほうを向いた。


「どうしたんだ霧島? まさか門がまたどこかで?」


「いえ、現在【妖門(あやかしもん)】が開錠した報告はございません。捜索班から先ほど連絡がありまして、どうやら門から出たのは妖ではなかったとのことで、現在は以上ありません。」


「そうか…よかった。」


彼女からの報告を受けて、翠嵐はひとまず落ち着きを取り戻した。

その様子に表情一つ変えなかった女性、霧島は続けて翠嵐に報告をした。


「それともう一点、先ほど稗田(ひえだ)家の当主様がこちらの方にご到着なせれました。」


「稗田家が? 予定よりも早くないか?」


妖術師の家系であり、五大派閥の一角を務めてる稗田家が予想よりも早く来たことに三人は困惑していたが、現状が危険な状態である以上、到着してくれたことに疑惑が混じりながらも喜んだ。


「ともあれ、今来てくれたのはありがたい。正面玄関に来ておるのか?」


「はい。すでに本殿前にてお待ちになられておりますので、どうかご同行をお願いします。」


「あぁ、分かった。」


霧島に言われてから三人は、来客している稗田家当主を待たせないように早々とその場を後にして、待ってくれている本殿前に向かった。


「おぅ、久しいのう翠嵐。息災で何よりだ。」


神社の正面である本殿前に来ると、一人の老人が彼らが来たのに気づいて振り返った。


鵬祭(ほうさい)殿! わざわざ来てくださってありがとうございます!」


五大派閥の一角である稗田家当主、稗田(ひえだ)鵬祭(ほうさい)が待ってくれていて、翠嵐は来てくれたことに感謝して鵬祭と握手を交わした。


「5年ぶりに会うが、娘と同様、前よりも随分と逞しくなっておるようじゃのう。」


「鵬祭殿こそ、お元気そうで何よりです。付き添いの者がおられませんが、まさかお一人で?」


「いやいや、一刻を争う事態じゃからのう、付き添いを置いて一人で早々と来てしまったのじゃよ。他の派閥の者はまだなのか?」


「はい…、数日前に政府の方から連絡がありまして、どうやら来られるのはあと水城(みずしろ)家の当主だけみたいです。磐見(いわみ)家の当主は病のため来ることができなくなってしまい、稲妻(いなづま)家の当主は連絡がついておられないそうです。」


「そうか……なら今現在は儂と常盤家の者でどうにかするしかないのだな。」


翠嵐から話を受けた鵬祭は周囲を見渡し、今の状態でどうにかしないといけない現実を目の当たりにして目を細めた。


「とりあえずまずは、中にお入りください。長旅でお疲れだと思われますし、少し休まれて行ってください。」


「ふむ、そうさせてもらうとするか。(のち)の作戦も、これから話さないといけんからのう。」


翠嵐は鵬祭に休むように提案し、この後の作戦を話し合いを兼ねて、鵬祭は彼の言葉に頷いて作戦本部のほうへ向かっていった。


「夏奈、香織、二人は作戦までに準備をしていてくれ。」


「「はい。」」


彼女たちも鵬祭を見送った後、これから始まろうとしている作戦の準備をため、妖術師の道具が置いてある蔵に走っていった。

妖との開戦が間もなく始まろうとしている神社では、春の夜風が不気味さを増すかのように吹いており、空にはそれを見届けようとしている満月が孤独に輝いていた。

【妖術五大派閥】

風・火・水・岩・雷の妖術をそれぞれで操っている妖術師。

日本の各地に拠点を持ってる妖術師の派閥であって、それぞれが地方に分かれて国の秩序を守っている。

公には公表されておらず、世間では妖術師の認知をしているのは政府のお偉いさんの一部だけで、国からの指示を受けて活動をしている。

普段はそれぞれの神社として活動しており、隠れながら活動しているため、妖術師になるためには当主の許可がないとなれない仕組みになっている。

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