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28話 妖の長ぬらりひょん

「ぬらりひょん…ですか?」


リビングに満たされた桜さんの殺意に呑まれそうな空気の中、呼吸を忘れそうになりながらも、俺は桜さんが追ってる妖の名を口に出した。

真莉亜も突然の殺意に対して、必死な様子で殺意に呑まれないようにしていた。


「―――はっ! す、すまない。奴を思い出して殺意を出してしまった。大丈夫か?」


俺たちの顔を見てようやく自分が殺意を無意識に出してるのに気付いたみたいで、桜さんは我に返って俺たちに謝ってきた。


「はい…大丈夫です。」

「き、気にしないでください。大丈夫なんで。」


俺と真莉亜はようやく殺意が収まったのを機に、大きく息を吸って吐いた。

殺意で押しつぶされそうになっていたが、解放された瞬間に自分たちが生きてるのが不思議に思えるくらいの謎の空気が漂ってしまった。

そして俺は、一つ大きな確信を持ったのは、彼女はただ者じゃない。

獣人と思ってた思考を全部捨て、改めて彼女がいったい何者なのか考えていたら、呼吸を整えた真莉亜がゆっくりと桜さんに声を掛けた。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「あぁ、落ち着いたよ。本当にすまなかった。せっかくこの家に世話になるのに、みっともない事をしてしまった。」


「い、いえ、そんな…」


気落ちした桜さんを見て罪悪感が出たのか、真莉亜は申し訳ないと思ってずっと桜さんを慰めた。

彼女自身も悪意でやってないのは見て分かるし、何より今のは真莉亜の質問で反応しちまったみたいなもんだから、悪いのは確実にこっちの方だ。


「しっかし、ぬらりひょんねぇ……ホントに実在してたんだな。」


ぬらりひょんという妖、もとい妖怪の名前は知ってる。

ゲームなどで見た事があったけど、確か妖怪の総大将のようなキャラで、多くの妖怪を束ねてるイメージ。

だけど実際はどんな奴なのかはあんまり知らないのが事実。

つまり名前は知っても存在自体はよくわかってないが答えだ。


「その妖怪は、いったいどんな奴なんですか?」


少しずつ落ち着き始めてる桜さんに聞いてみると、真莉亜に「もう大丈夫だ」と言って、息を大きく吸ってから吐いて、冷静さを取り戻してから俺の質問に答えた。


「奴は、村に突然現れては人を襲ったりしており、滅んだ村などでは女子(おなご)が奴に襲われたような感じで裸にされていたりした。」


「そんな…酷い。」


「それだけではない。奴の手下である妖たちをも使っては人を殺すように指示をして、人が死んでいくのを楽しんで見ていたりとしておるような最悪の存在なのだ。」


桜さんは下唇を噛み締め、悔しそうにしながら下を向いて俯いた。

それだけで俺は、もうその存在がどれだけ害悪なのかがすぐに分かった。


(この感じだと、かなり深刻な状態かもな。異世界だったら、多少の躊躇いとかがあるかもしれないけど、日本で起きようとしてるのなら、そうはいかないな。)


勇者が終わっても、俺の性格はそのまんま。

ここで見過ごす訳にもいかんよな。


「桜さん、そのぬらりひょんですけど、こっちに来てる可能性はありますか?」


このタイミングで質問しても答えてくれるかどうか気になったけど、桜さんは俯いたまま首を横に振って否定した。


「奴の妖気は妾が一番知ってる。気配もすぐに分かるのだが、この辺りにはないとなると、いないと思っていた方がいいだろう。」


妖気―――昼に感じたあれか。

魔族の魔力に似た感じだったけど、あれはそんなのじゃなかった。

殺意の断片のような感じを出す魔族に対して、あの時感じた妖気は人の感情に近いものだった。

人の憎悪のような、恐怖のような、とにかく負の感情が固まった物が、流水にようにゆっくり流れていくような感じだった。


「このまま放っておいたら、俺たちの生活にも大きく影響を与えるのも時間の問題だな。」


「どうするの、零君?」


真莉亜が俺を向いて聞いて来たけど、そんなのは聞かなくても分かってる事だろ?

勇者と魔王が普通の生活を欲すのなら、答えはもう決まってる。

真莉亜も同じ事を思ってるみたいだし、俺から言うとするか。


「桜さん。」


「……何だ?」


「俺たちにも、桜さんの妖狩りを手伝わせてください。」


俺が桜さんに告げると、協力をしようとする俺たちに待ったとかけんとばかりの勢いで顔をあげ、声を荒げて拒絶をした。


「ダメだ! 奴らは普通の人間では敵わないぐらい強い! ましてや、妾でも九尾の力を使って倒せるようなものなのだ! そんな危険な場所に、其方たちを連れて行くわけにもいかない!」


血相を変えながら必死に説得しようとしている桜さんだったが、こうなるのは予想していた俺たちは、お互いに顔を会わせて頷いて、自分たちの正体を桜さんに明かした。


「桜さん、確かにあなたの言った通り、普通の人間だったら危険なのは重々承知しています。でも実は俺たちも、桜さんみたいに特殊な力を持っているのです。」


「……どういう事だ?」


「私たちは桜さんのいる世界でもなければ、この地球でもない別の世界にいた時期があったのです。その世界では私は魔王で、零君は勇者としてお互いが敵同士でもありました。」


「勇者……魔王…?」


二つの存在を知らない桜さんに分かりやすいよう、俺は手を出してその上に氷魔法で野球ボールの大きさの氷を作り出した。

それを見ていた真莉亜も、同じように手を出して炎魔法を出し、それを見ていた桜さんは茫然として俺たちを見てきた。


「それは…妖術なのか?」


「…妖術というのがどんなのかは知りませんが、俺たちは桜さんの思ってる普通の人間ではありません。」


「私たちが何故このような力を持ってるかを、今から全部話します。」


これまで俺たちが異世界で行ってきた事。

役目を終えて元の生活をしている俺と、死んで転生して一緒に暮らしている事。

そして今の俺たちの目的も何もかも全部、桜さんに全部話しきった。


「―――そうか。其方たちも、すでにその若さで多くの修羅場を潜り抜けてきたのだな。」


すべて聞き終えた桜さんは、俺たちのこれまでを知って納得をして、真剣な眼差しで俺たちを見てきた。


「其方たちの意思は分かった。その目を見れば分かる。恐らく其方たちの実力は本物なのだろう。」


「桜さん…」


「だが其方たちには家族がいる。帰る場所がある。なのに何故、自分の命を捨ててまで協力しようとしてるんだ?」


彼女は彼らの覚悟に理解ができていなかった。

何で自分の命を簡単に犠牲ができるのか?

普通なら恐怖に溺れて、「死」を受けいれずに逃げ出したくなる。

彼女の知ってる人間はそれが当たり前だった。

だけど目の前にいる二人は、怯えるどころか協力的で、しかも「死」に対して全く恐怖を抱いた眼をしていなかった。

そんな人間を初めて見た彼女からしたら、彼らは不思議な人物だったのだ。


「何でって言われても、俺たちは普通の生活を望んでいるんです。母さんや妹、それに幼馴染だって、知り合いがいるこの場所に危機が来ているのなら、守りたいのは当然です。これは勇者としてではなく、自分の意思で決めています。」


「私も零君と同じです。ようやく手に入れた普通の生活が壊れそうになっているのでしたら、自分の心を鬼に変えてでも守ります。だって私は、ここが大好きなのですから。」


過去の生き方が違っても、心は同じだ。

どんなに道が険しくても、幸せのためなら進み続ける。

たとえそれが、茨の道だろうとね。


「―――――そうか。」


桜さんは一言そう言って目を閉じて黙り込むと、ゆっくりと目を開けて俺たちに最後の質問をしてきた。


「改めて確認したい。妾に手を貸すという事は、自分の修羅の道に行かせる事になる。死と隣り合わせになる以上、生きて帰って来る保障などできなくなるかもしれない。それでもいいんだな?」


「「はい。」」


曇のない声で負った俺たちに根負けしたのか、桜さんは諦めたかのように息を吐いて、すでに冷めてしまっていた残りのお茶を全部飲んで、俺たちを見てきた。


「―――分かった。厚かましい事ではあるが、どうかよろしく頼む。」


「「ありがとうございます!」」


桜さんからの許可が出て、俺たちは一緒に妖狩りの協力をすることになった。

それからは話はスムーズに進み、まずはぬらりひょんの特徴、その手下である妖と幹部がどんなのかを細かく教えてくれた。


幹部となってる妖は3体。

鬼・鵺・髑髏がそれぞれの場所を支配しつつ、下っ端の妖たちを動かしてから領域を広げていってるようにしているとの事だった。

逆にその3体を倒せば、戦況はこっちに一気に傾き、活路を見つけられると予想しているみたいだ。


「確認ですけど、生存者はいますか?」


俺は念のために聞いた生存者の確認だったが、桜さんは何も言わずに首を横に振った。

生存者がいないという事は、もう助けられる命は存在しない。

つまり残っているのは、桜さんと同じ妖狩りをしている二人だけだって事が分かった。

はっきりと現実を教えられて下を向いた俺たちだったけど、まだ二人いる事に希望を抱き、その人たちだけでも助けようと意思は固まった。


「幹部の妖たちは、何か弱点とかはないのですか?」


「いやある。幹部の3体は人間と同じで、首か心臓を斬れば倒せる。」


「弱点はその2つだけでいいのですか?」


「あぁ。先代の巫女が幹部だった妖を討ち取った際に、妖は首か心臓を斬れば殺すことができると言っておったから、間違いないだろう。」


首か心臓か…。

聖剣でどこまで通用するかどうか分かんないけど、やれることはしよう。

また血を流しあう戦いになるが、戦いになればそれが当たり前なんだ。

自分たちの平和のためにも、また戦おう。


「それじゃあ早速だが、周辺の調査は2時間後の夜10時から開始だ。後、もし妾と同じような巫女を見かけた場合は、妾の名を出してくれ。そうすれば他の二人もすぐに理解してくれるはずだ。」


「「はい。」」


俺たちはこれからの行動のために準備に取り掛かろうとしたけど、俺の持っていたスマホから着信が掛かり、「委員長」と名前が出ているのが分かって電話に出た。


「もしもし?」


『白崎君、常盤です。今は大丈夫かしら?』


「あぁうん、大丈夫だけど。どうかしたの?」


少し元気が無さそうな委員長の声に疑問を抱いたけど、委員長が続けてきた事でその思考はすぐに放棄された。


『実はさっき緊急連絡が入って、来週の月曜日は休校になって、みんな自宅待機してほしいみたいなの。』


「自宅待機? 何で急になったんだ?」


『詳しくは聞いてないから分からないけど、さっき先生から真剣な声で言ってきていたから、多分学校で何かあったのかもしれないわね。』


突然の自宅待機に戸惑ったけど、もしかしたら妖が何か変わっているのかもと思い、委員長に聞こうとした。

だけど今の自分たちの正体を悟られたくない思いが出てきてしまい、質問しようとした思考を捨て、何時もやってる連絡網のやり方で電話した。


「そうか。連絡ありがとう。どこか連絡しておいた方がいいか?」


『ううん、白崎君が最後だから、他のところには掛けなくていいわ。この事は神崎さんにもちゃんと言っておいてね。』


「あぁ、分かった。それじゃあまた学校でな。」


『……うん。さよなら(・・・・)、白崎君。』


委員長は電話を切ったが、俺は最後に言った言葉の違和感にすぐに気が付いた。


(委員長、「またね」じゃなくて「さよなら」って言ってた……やっぱり何か嫌な予感がする。)


俺の予想が当たって欲しくない事を祈りながら、真莉亜に明日が休校になったのを伝えた。

すると真莉亜から、先に従者たちの様子を見に行きたいと言ってきて、俺も一度見に行こうと考え、予定より早い段階でみんなに会いに行くようにした。


(調査まであと2時間あるのなら、時間には間に合いそうだな。)


準備をする前に、まずはリラたちに会いに行く方を優先して、リビングから出ていこうとした時、桜さんがふと俺たちにある事を聞いてきた。


「ところで其方たちは、夕餉はもう済ませたのか?」


「「……あ。」」



ギュルルルルル……



桜さんたちに言われて、俺たちはまだ夕食を食べていない事に気付き、タイミングを計ったかのように腹の虫が鳴き出し、二人で顔を赤くさせながら軽くご飯を食べるために近くのコンビニまで走った。

この章の黒幕を誰にしようか悩んだのですけど、悪くて有名な妖怪でこれが出てきたのでこれにしようと思いました。

ちなみに予定では他の巫女も後から登場させようと思っております。


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