118話 意思は受け継ぐ
目を開けると、そこは冥界じゃなかった。
体にあった鉛のような重さはなく、頭痛もなかった。
「また……ここに来たのか。」
普通なら、ここがどこか考えるはず。
でも俺はする理由はなかった。
何故ならここに来るのは、二回目だからだ。
「ここはただの夢の中。でもただの夢じゃない。ある「繋がり」でできた空間だ。」
舞台は、ボロボロになったコンサートホールだった。
照明の役目を失った天井。
所々に座る事が出来なくなてしまっているボロボロの観覧席。
木が腐って穴が開いた壁や床。
分厚い雲に覆われた空を見る事が出来るくらいに巨大な大穴が開いたステージの壁。
そんなボロボロなホールのステージにあるロングテーブルの左右の端にある椅子に、二人の人間が座っていた。
「やあ、また会ったね。」
右の端の椅子に座ってる俺。
左の端の椅子に座ってる男。
反対にいる男との対面は、これで二度目だ。
「あぁ、憤怒にいた「あいつ」が俺と入れ替わった時以来だね……【初代勇者様】。」
俺の反対にいる男、初代勇者である浦ノ島与一は笑って俺の返事に答えた。
浦ノ島与一は初代勇者でもあるが、他にもこんな称号も持っている。
―――――剣聖。
その称号は、誰にでもなれるものじゃない。
剣の極地に至った者だけが名乗れる称号。
彼は今の東ノ国の基礎を創った建国者の一人でもあり、パラディエスに侍の概念を与えたことから、東ノ国では「剣聖」であなく「刀神」とも云われている。
彼の伝説は、誰もが憧れた。
「剣聖」という領域に、誰もが行きたがってた。
もちろん、俺もその一人。
その剣に魅せられて聖剣を振り続けた。
「君と会うのはこれで最後になるから、彼に伝言と、君に僕の剣技を教えようかと思ってね。」
「伝言はもらうけど、剣技はいらない。俺は俺のやり方で剣の道を進みたいからな。」
俺の答えが意外だったのか、一瞬だけ驚いた顔をすると、何故か今度は笑い始めた。
「あははは。そう言ってくれて安心したよ。近道をしても、剣の極地には行けないからね。」
なるほど、今のは試しか。
頷けば「偽物」、拒否れば「本物」って見てたんだろう。
剣聖なのに、そんな事するんだな。
まぁ当然……なのか。
「それで、伝言って?」
「あぁその前に、君の中には憎悪はあるのかい?前世の君が後悔してたみたいだからね。」
前世の俺。
つまり虚空邪神ゼロか。
あぁ、前世の俺から聞いてたのか。
だとしたら正直に言うか。
まぁ隠す気なんてサラサラないけど。
「今は押さえ込もうとしてるところ。目が覚めた時には、どうにかなってるといいですけどね。」
この憎悪は過去の俺の残した呪い。
自業自得とはいえ、そこまで追い込まれてたんだなと再認識できた。
「君の憎しみを見たよ。産み親とはいえ、あんな過去を体験していたらそうなってもおかしくはないと思うよ。」
「何ですか、同情ですか?」
「そうなっちゃうね。僕もイザベラに多くの憎しみを持ってたから、昔の自分を思い出した感じになったんだよ。」
「イザベラに……か。」
初代勇者の伝記は、俺も読んでる。
魔女王イザベラは七つの災害を地に降ろして、人間界を恐怖に陥れた。
それに立ち向かった初代勇者は、戦いの末にイザベラを致命傷にまで追い込み、最後の最後で敵の切り札に追い込まれて相打ちになってしまい、両者ともその場で命を落とした。
そして魂は、お互いに別々になって残ってしまった。
初代勇者は戦いの時に取り込んだ“憤怒”の中に―――。
イザベラは神界で魂だけを幽閉―――。
何故イザベラが幽閉という形になったかは不明だが、初代勇者である浦ノ島は、憤怒の中で自分の消滅をずっと待ち続けていた。
『憎しみを永遠に残さないで。』
あぁ…―――ホントその通りだったよ。
お前の言う通りだったよ……エリス。
憎しみを抱いても、あるのは闇だけだった。
約束を守れなくて……ごめん。
「そっちで、イザベラの情報はないのですか?」
「無くはない。でも…確信はないよ。何せ400年も前だからね。」
「構わないです。わずかな情報でも、何かの答えになるかもしれないからな。」
この際なんだっていい。
少しでも力や実力を知ることが出来れば、あとはどうにかなる。
頼むぜ、初代様。
初代様は少し考えて、ある一つの提案を出てきた。
「言葉にするのは大変だし、僕の記憶を君に見せよう。君なら出来るだろう?」
記憶を見るときたか。
確かにそっちの方が楽だし、説明よりも理解度は高い。
問題は俺の方だ。
二千年のブランクがあって出来るのか?
完全に前世の力を持ったけど、すぐにそれが出来るかどうかは分からない。
やるべきか?
いや、二度目はないから今すべきか。
「当たって砕けろ……“神理眼”」
邪神の中で、初めの七柱の邪神だけが持ってる特権。
それぞれの邪神で特権は、それぞれ体の部位で分けられてる。
『脳・眼・耳・鼻・口・手・足』。
この七つが、それぞれの邪神に存在している。
その中でも俺は、「眼」の特権を持っていて、その力は―――――「森羅万象の真理を視る力」。
かつて持ってた“聖眼”や“魔眼”のように、眼の付くスキルの全ての一がこの眼。
これの恐ろしいところは、魔法を一目見ただけで完コピできることだ。
例えば真莉亜が使ってるオリジン魔法。
あれを視ればすぐに同じものができ、更にはオリジナルよりも強くさせることも出来る。
そして俺が今使ってる“神理眼”は、過去や未来を視れる力を持ってる眼。
昔はいつもこれをずっと使ってた。
他は特に使い所がなかったし。
役に立たないものもあったしな。
「どうだい?」
「……少しブレがありますけど、何とか見えてきそうですね。」
さて、記憶の方はどうだかな?
“神理眼”で少しずつ映像となって頭の中に入ってくる中、ようやく彼の最期の辺りまで見え始めてきた。
前に真莉亜と戦った城の中と同じような空間の中に、初代勇者だった浦ノ島与一と、玉座に座って見下している女が映し出されてきた。
多分こいつが……イザベラだ。
フードを被っていたから顔が少し見えずらいけど、二人がその場で睨み合ってるのはすぐに分かった。
ただイザベラの顔、どこかで見たことがあるような……。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
イザベラの顔を見ていると、初代様と魔王の戦闘が始まり、顔は見られなくなってしまった。
それよりこれ……長くなるよな?
ずっと待たせる訳にもいかないし、早送りで見ていくか。
どうせ一度見たら覚えるし、また見たくなれば見れるしな。
「ごはっ……。」
最後のところまで来て、初代様がイザベラに切り札を使われて胸を刺され、初代様が持ってた聖剣もまた、イザベラの胸に刺さって相打ち。
両者ともその場に倒れて絶命した。
うん、伝記の通りに事が進んでいったな。
結局顔は分からず仕舞だけど。
「見させてもらったよ。とりあえずこれだけでも充分だ。」
「そうかい。良かったよ。」
「ただひとつ言えるなら、贈与とはいえ、あそこまで俺の虚空を使いこなせてるのは流石だったよ。」
「本家である君に言われるのは光栄だよ。」
初代様。
お世辞だと思ってるけど、結構マジだからね。
普通だったら神の力なんて制御できるのかなんてほとんどいない。
でもさっきの映像を見てたら、明らかに手慣れた感じで扱ってた。
これはすごいよ、普通に。
多分わかってないと思うけど。
「そういえば、君は神になってるのか? それとも人間のまま?」
「うーん……どっちとも言えないな。ただ神格を持ったから、ステータスは完全に消滅してるし、スキルや加護、称号は全部無くなったけどな。」
神になれば人の域を超える。
つまり人間界や魔界に住んでるあらゆる種族の常識から外れるのを意味し、その常識から作られたステータスは、自然に消滅してしまう。
「ステータスが消えるとなると、魔法や何もかもを失ってしまうのかい?」
「いや、魔法は普通に使える。ただ称号の場合、今の憤怒は俺から離れて、魔族としての機能は失うことになるだろう。」
「それじゃあ聖剣も一緒なのかい?」
「聖剣の場合は、体の一部になってしまってるから、それの方は今のままだろう。もちろん、聖遺物もな。」
地球に戻って最初の電話でそう言ってたし、これは変わらないと思う。
魔法はどうかは分かんないけど、今の使える魔法はサブになって、メインウェポンは虚空になるだろうな。
「さて、最後に伝言だけど、これは君の記憶にはない形になったから、僕から直接過去の君に頼まれたんだ。」
記憶にはない。
となるとあいつのかもな。
あいつはあの時に消滅してるから、恐らくそれだろう。
だったら、聞いとかないと損だな。
「お願いします。」
俺は初代様に頼んで、初代様もそれに答えるように言い始めた。
「彼はこう言ってたよ。『“傲慢”が「裏」で災厄を起こそうとしていた。多分あれは、そっちにも影響を与えちまうだろう。行けるメンバーは限られてるが、何とかしてくれ。』……って言ってたよ。」
「「裏」で災厄を……。」
「裏」ってのが何なのか分かんねぇけど、少なくともそれに“傲慢”が関わってるのは理解できた。
ただ「災厄」ってのに引っかかっちまう。
災厄がこっちに影響する。
つまりそれ程のでかい何かが地球に襲い掛かるってのか。
それって、下手すれば日本の全体にまで及ぼす可能性もあるのか。
待てよ、となると俺以外もありえるのか?
憤怒の中にあいつがいたんだったら、華怜や母さんもいるのか。
時期が来たらメンバーは慎重に考えないといけないな。
「さて、やるべき事は全て終わったし、僕もそろそろここを出ていくよ。」
初代様は椅子から立ち上がると、ステージを降りて観覧席の後ろにあるドアの方へ向かって行った。
「やり残したことは、全部終わりましたか?」
俺は歩いていってる初代様に質問をした。
何故かドアへ向かってる初代様の背中が、悲しく見えてしまったからだ。
神の眼は使ってない。
俺の意思で言った言葉だ。
「……一つだけ、あるね。」
初代様はこっちを向かずに答えた。
顔色は伺えなかったけど、俺には分かる。
多分、後悔していると思ってる。
あんな終わり方をして、後悔しない訳がない。
初代様はこっちを振り向かず、自分の心の内を話してきた。
「僕は東ノ国を……オーエドを最後まで見届けることが出来なかった…。あの人たちに全てを任せてしまって……終わってしまった…。それだけが……僕の唯一の心残りだよ。」
―――――東ノ国オーエド。
『引き裂けた道』からやって来た日本人が創りあげた、もう一つの日本。
その国では侍という概念が建国してからずっと存在し、日本発祥の空手や柔道、剣道などを使った戦闘を駆使した戦いをしている。
俺も剣の修行でそこに行って、剣技の基礎を教えてもらったから、思い入れがある。
王都にはいない、本音で話し合える親友が多くいる。
あの場所は、地球の日本よりも心地いいのは今でも覚えてるくらいだからな。
「俺で良かったら、頼みを聞いてもいいですよ。」
「いや、君にこれ以上重石を乗せるわけにはいかない。君は君の信念をずっと貫いて欲しいよ。」
うん、予想はしていた。
この人はそういった感じの人に見えたからな。
少しだけ言い方を変えてみるか。
「なら俺は【虚空邪神ゼロ】としてではなく、人としての【白崎零】として、あなたの意志を受け継がせてください。俺の憧れであった、あなただからこそしたいんです。」
神としてでは無く、人として。
勇者としてでは無く、侍の血を引いた者として。
「ここにいるのは、白崎零だ!」と言わんばかりに、かの人の意思を聞きたい。
俺の本心で。
「………なら、一つだけ頼んでいいかい?」
「なんなりと。俺に出来ることなら。」
「僕は……オーエドが好きだ。桜が満開に咲いたあの場所が……大好きなんだ。君は、あの場所が好きかい?」
「えぇ、俺も好きですよ。大好きです。」
「そうか……。だったらもし……君があの場所が好きなのなら、オーエドを……僕が好きだった場所を……頼んでもいいかい…?」
オーエドを頼む……か。
その言葉は、信頼できる人にしか言えない言葉だろう。
そして俺に言ったということは、俺を心から信頼してくれたってことで解釈してもいいだろう。
(ごめんなさい、エーリッヒ王。)
心の中で信頼している王様に謝り、俺は最初から決めてたことを言った。
「その意思、しかと承りました。でしたら俺も、6代目勇者として、あなたに伝えます。」
俺は椅子から立って、初代様がいる方へ向いて最後の別れを言った。
「今日限りで、あなたは初代勇者という名から、永遠に解放されます。これから先の未来は、俺たちに任せてください。長い勇者の務め、ありがとうございました!」
俺は最大の敬意を込めて、初代様に激励の言葉を送った。
最初の勇者。
その重圧は、歴代の勇者の中でもはるかに重い。
周りからの期待も大きく、体が押しつぶれそうになっただろう。
だからこそ、誰かにこう言われたかったはず。
俺は、そう思ってしまった。
「あ……ぁぁ……。」
ずっとドアの前で止まっていた初代様は、背中越しでも分かるくらいに震え、嗚咽のような声を出し始めた。
「ホントに君は…ズルいよ…。ずっと涙は出さないって決めてたのに……その言葉で…抑えきれなくなっちゃったよ…!」
初代様はこっちを向いて文句を言うのかと思っていたら、その顔には怒りの感情はなく、涙を流しながら笑っていた。
まるで、欲しがっていた物がようやく手に入ったかのような感じの表情に見えた。
この人の最期は、独りだった。
俺のように、最後に別れをしたあの時とは違い、本当に独りぼっちだった。
だから欲しかったんだろう。
そう言ってくれる人を。
自分を終わらせてくれる人を。
そしてようやく、見つかったんだ。
「ありがとう……そしてさよなら、僕を救ってくれた勇者様。最後に君に会えて…よかったよ。」
「また会いましょう、【刀神】浦ノ島与一殿。今度は、あなたの愛したオーエドで。」
彼は最後に満面の笑みで歩いて行き、ドアを開けてその先にある光の中へ飛び込んでいった。
俺は一人になったステージで初代様を見送り、眠りから覚めるため、再び暗闇に飲まれた。
【浦ノ島与一】
初代勇者
かつて取り込んでた“憤怒”の中に魂を置き、虚空の神格にいたゼロの記憶と共に、白崎零を待ってた。
普段は心優しい性格なのだが、悪には絶対に許さない。
最期は零によって救われた。




