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第二十話


 私は、ルートヴィヒさんから掛けられた言葉を思い出していた。「誠実に飾らずにいることを、大切にしてほしい」これは、修道院の子ども達のためのアドバイスではなかったのか。私が成長するための、助言だったとでもいうのか。ルートヴィヒさんまでもに。誰も彼もに、未発達な子ども扱いをされているようで。体中に、燃えたような熱さが籠る。


 酷い人達だ。特に、ルートヴィヒさんは酷い。

 以前、半ば強制される形でルートヴィヒさんへ生い立ちを話す機会があった。それによって、私の不甲斐なさをさらけ出すこととなった。これではいけない。なんとかしなければ。きっと、そう思ったルートヴィヒさんは、今回の解決策を提示したのだろう。しかしながら、だからこそ、酷いと感じてしまう。


 私がいつ、頼んだというのか。私は、この性格を変えたいだなんて一言も望んでいない。

 ルートヴィヒさんの言うように、家族とのしらがみを取っ払った私になって。カシュヴァールさんの言うように、弱さを自覚した私になって。そのように今更変わって、何になるというのか?

 私は、私という自己を崩壊させるだけだ。そうなると、私はどう立っていけばいいのか。どうやって人と接していけばいいのか。私は、常に私という存在を意識してきた。そして、淡々とそれに向かってきた。蓄積が全てリセットされた様を想像するも、空白が頭の中に広がるだけ。私にとっては、変わるということは、まるで出口のない道を昼夜問わずに走り続ける絶望だった。


 本人の希望に反して、それを強要していたということは。私以外の誰か。この場合は、ルートヴィヒさんひいてはモンセン家に有益であるということだ。


 かつて私は、ベイツさんのもとでブルジョワ制度に該当することへ同意した。その内容は、公には私を勇者として扱うこと。そして、勇者は貴族に守護されるというものだった。

 つまりは、異世界人である私には、勇者となることで身の安全が与えられる。勇者を守護する貴族には、勇者を守護する者という地位が与えられる。

 それにともなって、貴族の誰かと会う機会があれば、勇者として振る舞うことを了承した私。


 だが、家族関係すらも上手くいっていない不甲斐ない私を、他家の貴族に会わせることなど出来ないとルートヴィヒさんは考えたのではないか。それはつまり、勇者を守護することによって得られるメリットを充足できないということだ。

 また、メリットどころか、指輪を染める危機すらも私は孕んでいた。

 ルートヴィヒさんは、私を守護することを、なんとか利益に変えたいと。少なくとも、危機だけは排除させたいと思っていたに違いないのだ。


 カシュヴァールさんの非難は受け入れるが。それでも、私に掛けた出費を回収するかのように、人を操った策を練るだなんて、非道ではないか。


「酷い人達」


 思いがけず、私は本音を口にしていた。


「なんだと」


 聞き捨てならないというように、カシュヴァールさんは私に挑んだような顔を向ける。カシュヴァールさんは絵画のように整った容貌をしているものだから、悪魔的と言えるかもしれないそれだった。


「酷いと言ったの」


 彼を前にして、半端に誤魔化すことなどできそうにない。諦めて、溜息と共にはっきりと発言する。


「断っておくけれど、モンセン家のために変わるつもりはないから」

「何の話だ?」

「だから……利用されることは了承したけれど、性格までもを変えるつもりはないということよ」


 貴族と面会するといった特殊な機会がなかったとしても。モンセン家の屋敷内でさえ、情報規制の範囲外の者と対面している折には、勇者マヤ・ハシバとして振る舞わなければならないのだ。

 モンセン家に利益を与えられなかったとしても、私は常に譲歩している。これ以上、譲るつもりはなかった。


「お前を? いつ利用したと言うんだ」

「私を公の場に引っ張り出していないから、利用していないとでも?」

「むしろ、私達がお前に利用されているようにしか思えないが」

「私にも悪い所はあるけれど、事実私が被害者である以上、利用されているという意識は拭えないわ。モンセン家に利益があろうとなかろうとね」

「……」


 そもそも惑星ラーグの人々が、無関係の者を巻き込もうと思わなければ、今私はここにいない訳であるし。

 怪訝にとぼけるカシュヴァールさんに、つい苛立ってしまう。私の物言いも、比例するというものだ。


「それに、私の自覚のなさを罪だと言うのなら、カシュヴァールさんにも罪はあるわ」


 勇者を守護することには負担が掛かる。同じように、口を噤んで勇者となることにも負担が掛かるのだ。

 カシュヴァールさんの理論でいけば、私の立場を考えもしないカシュヴァールさんも罪人だ。


「あなた、勇者を、やってみなさいよ」


 真っ先に頭に浮かんだのは、OKY。お前、ここに来て、やってみろ――企業の海外駐在員の、現地本社間におけるやり取りでの心の内を隠語にしたものだ――を言いたかったのだが。誰に伝わる訳でもないし、あまりにも乱暴な言葉づかいであるかと、流石に自粛した。

 だが、地球に来て勇者として振る舞ってもらえれば、私の気持ちが否が応でも分かるであろう。


「……」


 私の言うことを黙って聞いていたカシュヴァールさんは、沈黙を守っている。何を考えているのかは、能面のような顔からは読み取れない。

 カシュヴァールさんの反応を、暫く待っていた私であるが。時間が経つにつれて、吐き出した言葉の数々に、恥ずかしさ。そして、平静さから来る後悔が芽生え始めていた。


 思い出してみれば。ここは、モンセン家の玄関ホールではないか。誰に聞かれるかも分からない場所で際どい話をしていたことに気付き、一気に血の気が引く。

 不幸中の幸いで、事情を知らない者からすれば何のことやらサッパリといった会話内容であっただろうし、異世界といったような決定的なキーワードは出していない筈。

 とはいえ、間一髪で回避したというだけである。歓迎されたことでは、当然ない。今更取り繕うことなど出来そうもないが、気休めとして、わざとらしい咳をした。ゴホンという音に反応したカシュヴァールさんは、物思いに耽けていた目に光を宿した。


「お互いに、話過ぎましたね」

「……ああ、引き留めてしまったな。部屋に戻ると良い」

「はい。それでは、お休みなさい」

「……お休み」


 私の含意を受け取ったらしいカシュヴァールさんは、私が動きやすいようにと、退席を促した。

 そうして、無事に部屋へと戻った私は、やることもせぬまま、ぐったりと椅子に腰を下ろして押し黙った。瞼を閉じればすぐにでも夢の世界へと旅立てそうなほどに疲労困憊な筈なのに、どうしてかそういう気分になれなかった。

 私は、そのままの体勢で、暫しぼんやりと宙を眺めていた。









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