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第一話


 朝七時頃から放送されているお天気番組によると、本日の天気は曇りのち雨。随時更新されるスマートフォンの天気予報アプリにも、午後の降水確率は70%と表示されている。

 予報通りに、雨がポツポツと落ち始めたのを確認すると、ビジネスバッグの中から折り畳み傘を取り出した。濡れないよう傘を持ち歩くのは、私にとってのマナーだった。


 営業者は外回りが多い。したがって、営業先に提示しなければならない書類や、プレゼンに必要な電子タブレットを持ち歩いている。荷物が水浸しになっては仕事に支障をきたすし、自身が濡れることは自己管理不足と認識される。

 それはすなわち、会社の評価低落に繋がりかねない。


 社員一人一人が会社の顔。

 新入社員研修の際、社長はおろか先輩社員の誰もが口を揃えて言っていた言葉だ。発言の元となったマニュアルがあるのは明白。

 それでも、私の脳裏に強く焼き付いており。今はこうして私自身がそれを意識しているのだ。「従業員が犬のようだった」というイメージを、新入社員に植え付けた以上のメリットを会社は得ているのだろう。

 私個人に関して言っても、社内外で結果が数字として出ているのだし。


 会社による洗脳は、他にもある。私は今日も、つつがなく外回りの仕事を終えてきた。それも、会社の業績アップに繋げるための意識の一種だった。

 私生活で何が起ころうと、会社や営業先には関係のないことである。仕事に持ち込んではならない。

 これも、先輩社員が胸を張って述べていたことだ。

 だから、今日が恋人に振られた翌日であったとしても、いつもの私でいるのである。


 いつも通りに一人暮らしのワンルームから外出し、営業の仕事をこなす。それから、家に帰って身支度を整えるとすぐさま床に就く。

 趣味もないし、恋人も失ったばかりということで、ますます退屈な人間性に磨きを掛けている。


 他者からは、気を使われているのだろう。

 「一人暮らしということは、家事ができるんでしょう?」「趣味や恋人がなくても、貯金ができていいじゃない」といった具合に、当たり障りのない褒め言葉を掛けられる。つまりは、私を通して自立した女性を思い描くのだ。これを真に受けると、私と言う人間も悪くないんじゃないの? そう思ってしまうが、誤りだらけのイメージ先行型の褒め言葉だ。実際は、何一つとして合ってはいない。


 私は、毎日毎日仕事に明け暮れる。それこそ、残業を厭わずに。休日出勤も喜んで行う。

 それだけ働いていると、当然のことながら必要最低限の家事しかできない。

 まあ、仕事人間になったお陰で、大学進学のための奨学金は完済済みだが、ちょっとしたひと財産あった貯金は、雀の涙に変貌した。


 唯一近しいと言えるかもしれないのは、自立という言葉から連想される「しっかり者」という形象か。

 長女である私は、そう褒められることが多かった。

 その上、入社二年目でありながら社内指折りの営業成績を残せている。出来る女として認識されることに成功した私は、将来に期待を持たれていた。


 だが、それも胸を張って得意になれることではない。むしろ短所といってもいい。

 というのも、恋人と別れることになったのも、私が「しっかり者」だったからだ。


 私は、忙しさにかまけた。仕事での成果の代償に、恋人を犠牲にしたのである。


 もっと二人の時間を取ろうという訴えを、仕事という正論で退け続けた。支えあっていきたいという思いやりの心を、自立を盾にして踏みにじった。

 所労を蓄積させた恋人は、ついに別れの言葉を口にするのである。

「お前に俺は必要ない」

 ――そんなこと、誰だって言いたくないだろう。言わせたのは、私だった。


 求められていたものがどういうことなのか、理解はできる。良好な恋人関係を継続するコツの一挙一動を挙げ連ねることだって可能だ。

 身近に例がいるのである。分からない筈がない。

 それでも、自分が実行することを考えると、脳と肉体は鉛のように重くなる。



 だって、そうだろう。

 か弱い美少女が行って、絶大な効果を発揮することだ。

 美に秀でていない。退屈な人間性。気ばかりが強い。

 欠点だらけの私が模倣した所で、キャラクターに似合わないのは明白である。そしてそれは、私の唯一の個性「しっかり者」の埋没に繋がる。

 そうなると、いったい私は何を誇っていけばいいのか分からない。


 別れの原因は私にあることを自覚していて。元恋人に対して罪悪感と反省の念を持っていたとしても、恋愛の終り方がいつも同じなのは、これが理由だった。

 そしてこれからも、どうしようもない性格は改善されないだろう。誰かと付き合うことになっても、間もなくそれは終わりを迎え、「また同じだ」と諦観するのみ。今回のように、退屈な女に好意を持ってくれた男性を徒労させるのだろう。きっと私は、犠牲者を増やし続ける。



 考えるだけで、身も世もないといった風に、肩を落としてしまう。

 はあ、と溜息を漏らしたところで、長らく傘の柄をぎゅっと握りしめていたことに気付く。力が入り過ぎるあまり、血管が押しつぶされていたようだ。血液の循環が阻害されたことにより、指が青白く変色してしまっている。

 柄の持ち手をそっと入れ替えると、その拍子に、不透明の傘地が顔にかぶる。

 電柱の灰色やブロック塀。前方にまっすぐに伸びた白線が、視界から消える。慌てないのは、雨の日には有りがちのことだからだ。


 ただ、いつもの雨の日と違ったのは、降り出した雨に慌てている歩行者があったことだ。

 傘を持っていなかったらしい。ズボンに滴が飛び散るのも構わずにコンクリートを駆けている。それも、雨に濡れないように頭部を服の中に突っ込んで。

 不自然な体勢でいるのだから、前がよく見えないのは当然だ。


 危険行為だ。誰が見ても分かる。そんなことでは、目的地に着く前に何らかのトラブルが起きるに決まっている。

 私の顔に傘地が被っていなかったら、前方から来る歩行者がもたらす危険をすぐさま察知したに違いない。そして、早々に歩行者を避けるなりなんなりしていただろう。

 だが、生憎気が付いたのは、接触直前だった。

 出来事は、全てスローモーションに感じられた。


 走り来た男性と、私の視線がかち合う。

 彼の表情は間抜けの一言だった。ぽかんと口は開かれており、目はビー玉のように真ん丸だ。その瞳の中には、彼と同じく愚鈍な有様な私が映っていた。

 避けなきゃ!

 咄嗟な出来事にも関わらず、このままでは痛みが私を襲うのは予知できた。しかし、素早く横跳びできるほどの反射神経までは持ち合わせていなかった。せいぜい、顔をゆがめて身を縮ませることで精一杯。

 対して、男性はというと被害を最小にとどめる努力を行っていた。両手を上へ挙げながら、腰をくねらせている。そして、身を斜めに傾けるという――必死なのだろうが、珍妙な喜びのダンスのようなものを披露していた。

 身体を小さくした私と、必死で避けようとした彼。二人の努力が合わさり、接触事故には至らなかった。


「痛! すみません、急いでいたものですから……大丈夫でしたか!?」


 痛がる声を上げる男性。原因は、彼の頬と私の傘が擦れたためだった。見てみると、傘の骨によって傷つけられたのだろう。傷からはじんわりと血が滲んでいる。

 そして、彼の態度はひどく狼狽していた。だが、その理由は、怪我をしたことにはないだろう。迂闊な行動によって事故となりかねた。そういった考えが、頭の中で巡っているに違いない。

 本降りとなってきた雨に打たれているにも関わらず、その滴を拭う様子もない。ただ、オロオロとしながら私の返答を待つのみだった。悲惨な有様を見る限りでは、彼の方が被害者のようだ。


「はい、大丈夫です」


 正直な所、問題ないと言えるほど好調ではなかった。

 突然の出来事に対する驚きと恐怖。それから解放されたことによって得られた安堵感。瞬く間に感情が変化すると、疲れがどっと押し寄せてしまう。

 ともあれ、幸いにも私に怪我はなかったのだ。私は、彼の謝罪を受け入れた。


「よかった……本当に、失礼しました」

「いいえ、こちらこそ」


 トボトボと、落ち込んだ様子で帰路につく彼を、私は見送った。雨にも関わらず、急ぐ様子を消滅させている。

 私は、背中が視界から消えた所で、一息をついた。高鳴る鼓動を落ち着かせてからでないと、先を歩く気にもなれなかったのだ。

 さすがに座り込む訳にはいかないが。ブロック塀に体重を預け、休憩するくらいは許されるだろう。

 冷たいブロック塀に手を伸ばし、肩を落とす。


 と、そこで、ふと気が付く。

 シトシトと濡れたコンクリートの感触がしないのである。


 湧いた疑問を目視によって解消しよう。そう思った私は、腰をねじらせる。その反動で、地表に預けていた体重が壁側へ移ってしまう。

 体勢が崩れたとしても、本来なら大した問題ではない。せいぜい、ブロック塀と私の身体が接触するだけのはず。

 なのに、なぜか、塀がそこにはなかった。




 初めに見えたのは、暗闇。

 夜でもない限りあろう筈がない光景だ。


 もしや、私は夢や幻覚を見ているのだろうか。瞬きを繰り返すことで正気に戻ろうとするが、変化はない。それでは、と。この不可解な現象の理由の、ヒントとなりえるものを探そうとした私は、眼球を上下左右に忙しく動かした。

 そうしてようやく探し当てたのは、光の穴だった。


 微かにそこから覗くのは、コンクリートにまみれた風景。確かに、私が先ほどまでいた場所だ。

 見慣れたそれは、ゆっくりながらも、確実に遠ざかっていく。光の穴が、小さくなっていく。


 もしかして、私、暗闇の中に落ちている?

 ようやく、自分がどこかに向かって沈んでいることに気が付くと、途端に頭の中はパニックに陥る。身体も固く、強張ってくる。


 品質の悪い、壊れかけのロボットにでもなったよう。脳に必死に命令をしても、なかなか身体が自由にならない。指を動かすだけでも、一苦労だ。息切れをするほどに四苦八苦し、やっとのことで腕を前後に振ることに成功する。


 さて今度は、動いた腕を使って、建造物の何かに捕まらなければならない。真っ暗だから周囲を把握できていないだけで、電柱や看板などがあるはずだ。


 緊張のあまり、冷たくなった指に神経を集中させる。そして、何かの感触がすることを祈り続ける。だが、何にも当たらない。

 それどころか、運動によって空気の流れが変化したことすら感じ取れない。


 状況を、打開しなければならない。なんとかしなければならない。

 このままでは不味いことになるという予感はするというのに、頑なな身体と思考が私の邪魔をする。呆然としながら、小さく小さくなっていく光の穴を見つめることしかできない。


 そんなことだから、光の穴は、やがて私の視界から消えてしまう。完全なる闇と静けさが、私を迎えたのである。

 じっとりと私に忍び寄るのは、恐怖と焦りだった。


 声を出して助けを呼ぼうにも、乾ききった唾液によって舌と喉が機能しない。唇も小刻みに震えるだけで、役立たずだ。

 目を瞑ることで少しでも恐怖から逃れようとするが、次第に胸がつまり、苦しくなる。呼吸をしようと息を荒げさせるが、解消には至らない。

 ハアハア、ハアハア、ハアハア。

 それでも、無音だった空間でようやく自身の生の音を聞くことができたのだ。身体的苦痛とは対照的に、精神は安堵していた。


 全神経を、呼吸音に注ぎ込む。恐れからの逃避を、何分、何時間続けたのだろうか。明暗から遮断された空間にいると、時間の感覚が狂ってしまう。これが更に続くことを考えるだけで、発狂してしまいそうだ―――。

 だがそれは、何の前触れもなく唐突に、終わりを告げた。




「あっ」


 突如感じた空気抵抗。風が頬を触り、一つに括った髪が靡き、うなじをくすぐる。

 暗い所から明るい所へ出たことにより、激しい眩しさを感じる。一時的に使い物にならない目だったが、土と草の匂いは感じ取れる。

 凡庸なそれが感動的なツールに思えて、じんわりと胸に喜びが広がる。だが、どん! という、鈍い音と、私が地面に叩きつけられた強い衝撃が、現実に引き戻させる。


「うっうう……」


 芋虫のように身体を丸める。ジンジンと全身に痛みは広がっている最中だが、こうしていると、次第に苦しみも落ち着く気がした。予想通り、呻き続けること暫くして、私はようやく痛みを逃がすことに成功した。

 さて、次は視力を取り戻さなくては。数回目弾きさせると、視界がはっきりとしてくる。ぼんやり確認できた土色は、やはり土と砂の撒かれた地面だった。


 どうやら私は、あの暗闇から無事脱出できたようだ。そして、そのまま重力に従って地上に落下したのであろう。

 訳の分からない現象。これは、いわゆる神隠しの一種であろうか? 激しく混乱したものの、どうにか助かったようである。

 若干の安堵を感じつつ、むっくりと起き上がる。目に入るのは、スーツを派手に汚した土色だ。黒に明るい茶色はよく目立った。スーツを軽く叩きながら、改めて自分の有様を確認するが、酷いの一言に尽きる。湿ったスーツに付着した土は広範囲で、いっそのこと「こういうデザインなのよ」と開き直ることを考えてしまうほど。クリーニングで全て綺麗になるといいけれど……。もしかしたら、買い替えなければならないかもしれない。


「失礼、よろしいですか」

「はい?」


 スーツに嘆いていた私は、突然の声に動揺してしまう。慌てて声のした方向を確認すると。

 頭の先からつま先までを、鉄か何かの金属で覆った十名足らずの人間が並んでいる。冷たい鎧によって、顔すらも隠されている。表情が読めないため、何を考えているのか確認ができない。だが、彼らの視線が総じて私に向けられていることは感じ取れた。

 加えて、全員が揃って腰あたりに手を添えている。どういうポージングなのかと思いきや、ブルーの宝石が埋め込まれた剣があるではないか。

 ごくり。口内に水分は無いに等しかったが、反射的に喉を鳴らしてしまう。


「ミドスタン王国へようこそ、異世界からの来訪者」


 ただ事ではなさそうな雰囲気に、警戒を抱かずにはいられない。だけれど、そのような私の雰囲気を感じ取った様子もなく、先ほどと同じ声が、改めて私の意識を向けさせる。

 少し高めの声質だが、ゆっくりとした話し方が落ち着きを醸し出している。声の持ち主は、その場にいる得体のしれない人間の中で、唯一鎧に覆われていなかった男性だった。

 緩やかなウェーブのかかった赤髪のボブヘアーから覗くのは、数種類の黄色い宝石が使われたピアス。笑顔の見本として相応しいほどに綺麗に上がった口角は、彼の雰囲気を緩和しており、他人に好印象を持たせるだろう。しかし、紅柿色のローブを身にまとい凛と佇む様は、彼が人を牽引する立場にいることを理解させた。


「貴方がこうしてミドスタン王国へいらしたのには、事情がございます。我々は貴方に危害を加えるつもりはありませんので、まずは私の話を聞いていただけますか?」

「……抵抗するつもりはありません。ですが、皆さんがお持ちの武器のために、落ち着けません。せめて、手を放して下さいませんか?」


 テレビやドラマ以外で、他者を傷つける目的で生産されたものなど見たことがない。レプリカであったとしても、大の大人が揃って私に振り上げたことを想像するだけでゾッとする。


 赤髪の彼と私の視線が、数秒間交わった。それを通して、純粋な不安を読み取ったのだろうか。赤髪の彼は、彼の近くに立っていた一人の鎧の男へ向かって頷いた。それを受けて、鎧の男全員が一斉に武器から手を退ける。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。ご協力頂けること、感謝致します」


 鎧の男達の連帯の精度を考えると、大した問題ではなく。不審な行動を私が見せた途端に切りつけられるのは目に見えている。しかし、それでも多少の安心感には繋がった。内心でほっと息を吐いていると、赤髪の彼の月目が深まった。考えを見通されたのだろうか。


「……正直な所、現状が全く理解できておりません。そちらは私よりも状況を把握されているようなので、一通り説明して頂けたら助かります」


 彼の態度が気に障らないわけではない。だが、私より彼が上手にいることは明らかである。

 そして何よりも、彼が言っていた――異世界? 王国? ファンタジー小説に出てきそうな設定の羅列に頭が混乱してしまい、まともに考えられそうになかった。


「勿論です」


 赤髪の彼は、心得ていると言わんばかりにしっかりと頷いた。そして、仰々しく。どこか手慣れた様子で語り始めたのであった。


「それでは、お話させて頂きます。まず、この世界についてですが――……」




 表面の80%が水で覆われている、惑星ラーグ。

 そこは、中心となる五つの王国が、政治や経済、軍事といったバランスを保ち、平穏に治められています。

 しかしながら、その惑星ラーグも、一時は絶望の最中にありました。強大な魔力を行使し、世界を支配しようとする悪しき人物。魔王が現れたからです。


 世界を己のモノにするにしても、地上には力のない人間が何万といる。それをひとつひとつ潰していくのは面倒だ。

 それならば、と考えた魔王は、惑星ラーグの80%を覆っている水に目を付けました。


 常人にとっては、水の世界に進出するなど不可能な話です。ですが、魔王の力をもってすれば、造作もないこと。瞬く間に、惑星の80%は魔王の手に落ちました。

 惑星の80%が魔王のモノとなり、もはや世界は魔王のモノと言ってもいいようなものでした。

 しかし、完全を求めていた魔王は満足しません。残りの20%に手を付け始めたのです。


 五大王国は、どこも例外なく水で囲まれています。つまりは、魔王に完全包囲されているのも同じ。

 王国は次々と壊滅状態に陥りました。


 そんな中で、王国の人々の最後の希望だったのは、魔王の手から救ってくれる勇者の存在でした。

 五大王国が結束し、勇者を心から求めた結果。ついに勇者を探し出す「召喚魔法」が編み出されました。


 召喚された勇者達は、皆がそれぞれ、惑星ラーグの常識を覆すような知識や技術を持っていました。

 我々の魔法と、勇者が我々に与えた力。これを融合させることによって、今までを遥に凌ぐ力が完成しました。

 その力によって、長らく続いた魔王との戦いは終焉を迎えます。惑星ラーグは、再び平和を取り戻したのです。


 しかし、その弊害が判明したのは間もなくのことでした。

 召喚魔法は、こちらの世界と異世界への道を作ることで成り立つ魔法です。

 勇者を迎えるために、道は幾度も繋がりました。これによって、開かれた道が塞がらなくなるどころか、新たに道が出現するようになりました。

 つまり、予期せぬ勇者を招くようになったのです。


 再び五大王国は結束し、魔法の開発と改善を繰り返しました。

 魔法は進歩し、迷い込む勇者は確かに減りました。それでも、完全とはいきません。

 異世界と道を繋げることを制限している今でも時折、勇者が迷い込んでしまうのです――。




「つまり、私は迷い込んだ勇者であると?」

「はい」

「……お話して頂き申し訳ないのですが、突拍子がなさすぎて、なんと言っていいのか」

「鵜呑みできないのは当然でしょう」


 完成度の高いコスプレ集団が言う、異世界や王国。そして、魔王や勇者や魔法といった、非現実的なワードの連続。

 頭の柔らかい学生や、ファンタジー作品に親しみのある人間なら理解が早かったに違いない。だが、生憎私は頭が固い方に該当する。大ヒットした魔法学園のシリーズ映画すら、一作目しか観ていない。

 質問したいことは、山ほどあるはずだ。だというのに、あり過ぎる故に、質問項目が出てこない。私の頭は、パンク寸前だ。


 赤髪の彼は、そんな私の心境を理解しているようで、何度か頷いた。そして、またしても鎧の男へ合図を送ると、それを受けた男が赤髪の彼から離れた十数秒後。


 馬蹄の音がしたかと思うと、大きな四輪がついた馬車が牽かれてきた。木で小型の部屋を模った造りとなっており、後方には革で作られたフードがある。フードを開けると景色が望めるのであろうが、今はしっかりと閉じられている。小さな窓もあったが、厚手のカーテンで覆われていた。


「馬車で三十分ほど行くと城下に入ります。今は混乱なさっていると思いますが、馬車でゆっくりして頂ければ、多少なりとも考えも纏まられるかと」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 現代ではすっかり見なくなった、馬車。観光地に行けば置いてあるのかもしれないが、少なくとも私は、本物を見たのは初めてだ。

 それを当然のように野外で用いているという状況に、私は頭を更に痛めた。

 だが、疲労が蓄積されていた私は、赤髪の彼の言うことに黙って従うことしかできなかった。







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