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第十七話


 お茶会の実質時間は、一時間余り。とはいえ、その何倍もに感じられた、濃密なひと時だった。話がひと段落するなり、慌ただしく切り上げられてしまったが、ルートヴィヒさんは勿論として、私にとっても歓迎のことだ。

 ルートヴィヒさんは、忙しい人だ。多忙な中で、私との時間を作ってくれた。お茶会が終わったとして、次の予定に追われなければならないのだろう。

 対して私は、と言うと。近々の予定がある訳ではない。だが、長らく続いた話し合いで、ぐったりと疲れ切っていた。ティータイムは本来、休憩時間に該当する筈。しかしながら、勉強の比ではないほどの疲労が蓄積されていた。部屋に戻るなり、ベッドに横たわりたいのが本音だった。


 残り少ない体力を振り絞り、私はルートヴィヒさんを見送った。そして、アンネさんと共に、さあ部屋へ戻ろうか、という所で。ベランダへ、予定外の訪問者があった。


「アンネ、兄上はまだいらっしゃるか」


 凛々しさを感じさせる、澄んだ声が私の耳に届いた。カシュヴァールさんだ。声の持ち主をすぐさま認識した私とアンネさんは、二人して、一拍ほど見合った。そして、頷いた私を合図にして、カシュヴァールさんをベランダへと招き入れるアンネさん。


「今しがたお仕事へと戻られた所です」

「そうか……急いだのだが、やはりか」

「書斎にいらっしゃるかと存じます」

「ん、いや、いいんだ。ありがとう」


 カシュヴァールさんは、アンネさんに、首を振って礼を言う。その際、私が視界に入ったようだ。アンネさんに向けていた落ち着いた声色は、見る影もなくなった。


「ああ、いたのか」

「ごきげんよう、カシュヴァールさん」

「ごきげんよう」


 不躾で嘲笑的な調子ではあるが、私の挨拶に、返答をしてくれる。

 態度を改めるように指導を続けていると、ルートヴィヒさんは言っていた。確かに、凄烈な視線を無言で浴びせていた時を考えると、変化が生じている。


「兄上に手間を掛けさせたお茶会は、楽しめたか」

「有意義なものでは、あったかと」

「それはよかった」


 とはいえ、暗黙の訴えが直接的になったというだけの、移り変わりだ。どちらにせよ、カシュヴァールさんには忌まわしいと思われているのだ。私はそれに対して、ちりちりと胸を焼かれるような思いをするだけ。変化が良いのか悪いのか、判断がつかなかった。


「ところで、よもや、俺の言ったことを忘れてはいないだろうな」

「ルートヴィヒさんとカシュヴァールさんの、邪魔をしない」

「分かっているのに、なぜ実行しない」


 厩舎の前で、カシュヴァールさんに掛けられた言葉。確かに覚えていた。そのため、ルートヴィヒさんとお茶会をする約束を取り付けた際に、カシュヴァールさんから何かしらの反応があることを悟っていた。

 だが、どのような猛攻をされたとしても、大人しく引き受けると決めている。私は、無言でカシュヴァールさんを見つめた。


 そうしていると、気を立てて舌打ちをするカシュヴァールさん。加えて、「これだから嫌になる」と呟いている。独り言だろうし、私に聞かせるつもりはないのだろう。しかし、私の耳は、確かにそれを拾っていた。


「え?」


 これだから、とは何を指しているのか。理解し切れなかった。問い直すも、それが却って神経を逆撫でしてしまったようだ。怒気を帯びた視線を、答えの代わりに浴びせられてしまう。その様は、喉まで出掛かった荒々しい暴言を、ぐっと胸の奥に収めているようにも感じられる。

 そして、暫く沈黙した後。比較的平静を装いながら、カシュヴァールさんは声を絞り出した。


「自覚がないのだろうな。自分が、保護される立場の力ない人間だということを」


 カシュヴァールさんが言うことは、間違いだ。私は、自分の立場を痛いほどに理解しているつもりだ。

 人の世話をすることの多かった私は、モンセン家にいる今のように、世話を受け続ける生活を送ったことがない。その罪悪感は途方もない。とはいえ、無力な私は、モンセン家で何をどうすることもできなかったのだ。


「自立して、邪魔をしないようにとは思っているわ」

「本当に自立しているのなら、俺も兄上も苦労はないさ」


 ミドスタン王国においての自立の一歩が、ルートヴィヒさんが斡旋してくれた仕事、になる筈。とはいえ、今は結果が出ていない。カシュヴァールさんが不満げにしているのも、仕方がないだろう。


「今すぐに、という訳にはいかないかもしれないけれど、気を付けるわ」

「……せいぜい、肝に銘じることだな」


 カシュヴァールさんは、そうしてベランダから去って行った。




「……ハシバ様」


 先刻、カシュヴァールさんについてルートヴィヒさんと話したばかりというのを、アンネさんは知っていた。そのためアンネさんは、気遣わしげに私を見遣った。

 アンネさんが何を言おうとしているのか。言葉にせずとも、分かり切ったことだ。首を振って、必要ないことを伝える。


「大丈夫。誤解はしていないわ」


 カシュヴァールさんの根が善人であることは、冷たく当たられている私でさえ理解できる。そうでなければアンネさんら使用人が彼を慕う筈がない。彼の血筋であるルートヴィヒさんやマリアンヌさんも、きっと酷烈でいることだろう。

 だが実際は、カシュヴァールさんに、皆々が愛情を惜しむことなく注いでいる。そして、カシュヴァールさん自身も、他者に対する誠意と温かさを持ってして、日常を過ごしている。

 以前アンネさんが言っていたように。親しい方へは、深い愛情を捧ぐことが出来る人なのだろう。私が、その例外にいるだけのこと。


 考えてみれば、不思議ではない。私はいつだって、自分とは正反対の位置にいる人と、遠い距離間を保ってきたのだから。身内である妹の美代とも、心の距離は遠かった。カシュヴァールさんとの関係がうまくいかないのは、必然的だ。


 アンネさんを安心させるため、微笑を口角に浮かべた。








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