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第十話

 ピカピカに磨かれた銀食器に載せられているのは、とてつもない量のご馳走達。オードブル、スープ、メイン、パンと順を追って出されていくが、一品ずつに留まらない。

 例えば、オードブルには、豚肉と鴨の内臓が使われているパテ・ド・カンパーニュや、二種類の貝とパプリカのマリネ。メインにはガーリックバターソースを掛けた鶏モモ肉のオーブン焼きや、魚介と色鮮やかな野菜を使った蒸し料理。バゲッドと、ハード系のパン二種類、ミニ食パン、丸形のもっちりとしたパン……。

 食べるスピードよりも、新たに皿が追加されるスピードの方が遥かに早い。それを放置していくと、当然のことながらテーブルから溢れてしまう。であるからして、前半に出された料理は、既に下げられてしまっている。


 日本での価値観で言うと、「もったいない」になるのだろうが。さほど罪悪感を抱かずに済んでいるのは、ベイツさんの所で読んだ常識本のお陰だった。

 貴族の食卓は、このように膨大な量が出されるらしい。とはいえ、食べきれずに残ったものは生ごみとなるのではない。主人や客人が食べ終えたものは、使用人へと下げ渡されるというのだ。

 残飯を? と困惑しなかった訳ではない。だが、郷に入っては郷に従え。綺麗に食べることを意識はしたが、下げられていく料理を引き留めることはしなかった。



 趣向を凝らした盛り付けの上に、味も絶妙な料理。それがまたワインに合うものだから、お酒も食事も進んでしまう。

 また、食事に目を向けている間は、テーブル上で交わされる会話に極力参加せずに済むのは、救いであった。


「ルーク、カシュから受けた報告はどうだったの?」

「母上の仰っていた通り、予想以上の出来栄えで驚きました」

「兄上のご指導のお陰です」

「何を言う。お前の日頃の努力の成果だとも」


 カシュヴァールさんの第一印象は、美しくも近寄りがたい人、だった。初対面で、露骨に憤怒されたのである。好印象を持つ方がおかしいであろう。

 しかし、カシュヴァールさんの怒りの表情は、今は見る影もない。マリアンヌさんと。特に、ルートヴィヒさんへ向かって、花が咲いたような笑顔を向けている。きらきらと輝くその目には、尊崇が宿っている。


 一体これは誰だろう。別人とも見まごう雰囲気の違いに、驚愕してしまう。だが、私の驚きをカシュヴァールさんへ悟られてはいけない。この穏やかな空気を、壊してしまいかねないからだ。

 必死に料理へ夢中になり――といっても、実際に夢中になってしまう程に美味しいのは確かだったが――カシュヴァールさんの変貌に、気が付かない振りをする。

 ちなみに、私の行動の意味に気付いているらしいルートヴィヒさんとマリアンヌさん。能う限り、話題を振らないでいてくれるから助かることこの上ない。


 無論、モンセン家で生活をしていく以上。出来うる限り、友好的な関係は築いていきたい。しかしながら、私は所詮、惑星ラーグで生まれ育っていないのだ。モンセン家の皆さんとは、私が地球に帰還するまでの付き合いである。そのような低いモチベーションを奮起させてまで、無理に親しくなる意味があるのか疑問である。

 また、嫌いな人が何をした所で、それはマイナスイメージにしか繋がらない。カシュヴァールさんにとって、今の私はまさにそれである。行動を起こすよりも、空気のようになった方がよほど良い関係と言えるのではなかろうか。


 食事を終えた私は、胃袋と自身の方針立てに満足し。部屋へ戻ろうとしたところで、カシュヴァールさんに一言。


「意地汚い女め」


 と、拾えるか拾えないかの境目の音量で呟かれるのだった。





 本来は、癒しや楽しみの時間を過ごせるはずの晩餐会。そこでどっと疲れた私は、あてがわれた私室へと戻った。

 ここは、驚くべきことにゲストルームではない。私が来るまで何にも使われていなかった、予備の部屋であるようだ。だというのに、バスルームやメイクルーム、寝室までもが個別に設置されている。

 無期限に人を預かれるだけの資産と財力を持っているという時点で、モンセン家が裕福なことは想像していた。しかし、これほどまでとは思っていなかった。屋敷に着いてから、色々な意味で驚かされてばかりいる。

 空っぽだったクローゼットの中に、持ってきた荷物を仕舞い終える。一息ついた私は、紅茶を用意してくれているアンネさんへと問い掛けた。


「アンネさん、聞いてもいい?」

「なんでしょう」

「カシュヴァールさんのことなんだけど、随分ルートヴィヒさんのことを尊敬しているように見えるわ。何か理由が?」


 優しく知的で仕事の出来る兄。無論、この歳で地位を獲得しているのだから狡智に長けた部分もあろうが、身内には甘い部分もあるように見受けられる。自分もこうありたいという目標に、これほどの適任はそういまい。

 しかしながら、彼の敬信はそれ以上のものに思えてならない。


 考えてみれば、カシュヴァールさんが私を睨みつけるのには、一貫性がある。ルートヴィヒさんと私が会話をしていたり、ルートヴィヒさんが私を優先しようとしていたり、といった場合である。

 潔白な兄上が、私という害に染まってしまう。そのように、私を害虫扱いしているのか。あるいは、子どもが母親を取られまいと、必死に食い止めているようにも思える。

 とはいえ、それらは私の推測に留まる。どうにか裏付けができないかと思い、アンネさんに尋ねることにしたのである。


「カシュヴァール様は、親しい方へは深い愛情を捧げる御方です。元々ルートヴィヒ様への尊敬と愛情の念はございましたが、それに加えて、ルートヴィヒ様のご苦労を近くで見つめていらっしゃいました」

「それは……お二人の御父上が亡くなられてからのこと?」

「私どもは、推し当てることしかできませんが」


 何らかの事情で御父上を亡くしたルートヴィヒさんは、襲爵してから領地を任されるようになった。何歳の時にそれが行われたかは分からないが、そのプレッシャーや責任が膨大なものであったことは、おぼろげながらも想像がつく。王国からも評価されるほどに立派に務めを果たしている現在であるが、簡単な道のりではなかったろう。

 それを見てきたカシュヴァールさんは、兄上のような立派な人になりたい。そして、兄上の役に立ちたい、と思っている……。


 つまり、私とルートヴィヒさんが話していて険しくなるのは、ルートヴィヒさんに余計な苦労を掛けるのが気に入らないのか。そして、私を優先しようとするルートヴィヒさんへ食い下がったのは、何の身にもならないマヤ・ハシバに時間を割くよりも自分の成長を見てくれ。きっと、兄上の役に立つから! ということか。


 勿論、あくまでも想像にすぎない。だが、全くの的外れということはないだろうと直感していた。


 これが理由で冷遇される私は、いい迷惑を被っていると言えるだろう。

 それでも、心底から、煩わしい不愉快だと思えないのは。ルートヴィヒさんとカシュヴァールさんの関係が、物語のように美しいからだ。

 兄弟のことを尊敬している? 少しでも役に立ちたい? そんなことは、私にとって有り得ない発想だった。


 姉妹とは、決して分かり合えない。価値観と性質が対立しており、憎たらしい存在。それが、私にとっての妹――……。


 ルートヴィヒさんのことを純真に想うカシュヴァールさん。そして、カシュヴァールさんから向けられる愛情に、慈しみで応えるルートヴィヒさん。二人のことが眩しく思え、やりきれない虚しさが心の中に広がっていった。鼻の奥がツンとし、息が詰まりそうになる。

 だから私は、これ以上考えるのを、止めた。







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