第30話:因子と閃き
僕は真夜中に浮かれていた。初めて文化祭で浮かれていた。普段は参加させられる面倒な行事。ところが、今年は、好きにやっていいと言われたのだから自発的に参加している。
『二見さんを輝かせるイベント』僕の中ではもう、テーマは固まった。
クラスのみんなも悪ノリして、色々アイデアを出してくれた。超ノリ気だ。なんかバカバカしくて楽しい。自分でも高校生らしいと思う程、バカバカしいことを一生懸命やっているのだから。
この気持ち二見さんとも、クラスのみんなとも共有したい。じゃあ、何をすればいいのか……
そんなことを考えながらベッドに入ったので、遅くまで寝られなかった。学校で「僕〇時間しか寝てないよぉ」と謎の短睡眠自慢をすべきなのだろうか。
今朝は目が覚めているけど、目が開かない。ヤバい。目覚ましはもう切ってしまった。目は開かないけれど、スマホのどのあたりを押せば目覚ましが止まるかは指が覚えていた。
横を向いたまま横になっていて、目は開かない、身体も動かない。後は意識が落ちたら完全にアウトな状態だった。
(つんつん)目が開かない状態で誰かが僕の頬を突いた。
二見さん……なわけない。
天乃さんが起こしに来てくれたのだろうか。でも、身体が動かないんだ。やや金縛りに近かった。
その誰かは、僕の背後に横になり首元に頭を埋めた。そして、両手で僕の頭を抱きしめた。
(すーっ)においを嗅がれている。
めちゃくちゃ恥ずかしい。現在進行形で寝ているので、体臭がいつもよりきついはずだ。逃げ出したいけど、身体も動かないし、声も出ない、目も開かない。
……気づいたときにはその「誰か」はいなくなっていた。僕は結局眠りに落ちたらしい。いや、そもそも夢だったのか?
(コンコン……)ドアがノックされた。
「流くん!今日は起きてくるの遅いね!もう起きないとご飯食べる時間ないよ!」
「ぅあいぃ……」
いつも朝食はみんなで取っていた。鉄平さんは仕事で出ていることもあるけど。僕が下に降りないと天乃さんもご飯が食べられない。鉛のように重たい身体をベッドから引っぺがして、下に降りた。
「おはようございまふ」
「おはよう!もう、ご飯食べられるよ」
いつも通りの天乃さんがいた。普通。ホントに普通。やっぱり、さっきのは、夢だったのか……疲れているし、変な妄想が火を吹いたらしい。いけない、いけない。
僕は気を取り直して、朝食を取るのだった。
■ 地下鉄
起きるのが遅くなったことで一つ厄介なことが起きた。一本電車を遅らせたので、めちゃくちゃ混んでる。最近では、天乃さんと一緒に駅に行き、そこで二見さんと合流して三人で登校している。
相変わらず、地下鉄内では扉を背にして二見さんが立っている。その向かいに僕が立つ。天乃さんはすぐ横でこちらを向いて立っている。
お互いの身体がくっつくほどはないので、混んでいると言っても東京の満員電車程ではないだろう。
「混んでますね」
「ごめん、僕が寝坊したから」
「私、夢に出てきましたか?」
二見さんが揶揄うように僕に言う。僕は今朝の誰かに抱き着かれてにおいを嗅がれた「アレ」を思い出した。
「あ、流星くん赤くなりましたね!私は夢の中で何をされたんですか!?」
「いや、何もしてないから!」
慌てて僕が弁解した。
「世界先輩、朝から壁ドンで妄想が捗るっス。鼻血出そうっス」
電車の中では、まさに壁ドンの状態で二見さんと向き合いに立っている。後ろからは押されているので、耐えるためにドアに手をついているのだ。
二見さんは、話してみると本当に面白い人だった。天乃さんも相当面白いけど、二見さんも面白い。似てるのに違う魅力があった。
「流星くんは、背が高くていいですね」
急にどうしたのだろうか。確かに、二見さんと僕では頭一個分背の高さが違う。彼女は抱きしめたら僕の腕にすっぽり収まるくらいの華奢な身体。背が高いよりも今くらいの方が僕は好みだ。
「周りの人より背が高いので、空気がおいしそうです」
面白いことを考える。二見さんにとって満員電車は空気が悪いのだろうか。僕も175センチだから特別背が高い訳じゃないけど、空気のことは考えたことはない。
「こんなに混んでるんだったら、もう1両足して人をいい具合に分散できないもんですかね」
「確かに分散できたら快適だろうね」
ん?いま僕の中で何かが引っかかった。分散、分ける……切り分ける……
「そうか!その手があった!」
「どうしたんですか!?」
僕の声に二見さんが驚いた。
「どうしたの?大丈夫?」
天乃さんも心配してくれてる。つい声が出ちゃうくらいの閃きだったんだ。
「文化祭のダンス、何とか出来るかもしれない」
「ほんと?何か思いついたんですか?」
「まあね」
■ 教室 LHR
文化祭に向けて1時間丸々打ち合わせや練習で使えるようになっていた。このLHRで作戦を公開した。
「「「ダンスを分ける!?」」」
クラス中が「何言ってんの?」みたいな顔をしている。どうも僕の言葉は理解されずらいことが多いみたいだ。
僕は、一番ハードルが高いのは「ダンス」だと判断した。素人が何人いても3週間ではそこそこのものにしかならない。それを何とかする手段を思いついた。
僕の作戦はこうだ。
曲は大体1曲5分。振り付けは割とハードなので、5分踊り続けられるのは、「一人称代名詞トリオ」の女子三人くらいしかいないだろう。
彼女たちには5分間 教室のダンススペースのど真ん中で踊ってもらう。
他のメンバーは2~3人ごとに30秒だけ踊ってもらう。それだと女子だけでは人数が足りないので、男子も照明係や撮影係などを残して全員投入だ。こちらはサブ。
教室は真っ暗にして、「一人称代名詞トリオ」がスポットライトを浴びながら中央でダンスする。つまりメインだ。
メインがスポットライトの中央で5分通してダンスして、サブは左右に分かれて、30秒ずつ参加する。
参加するときだけ照明を当てるので、それ以外はへたばっていても見えない。30秒だけ踊り切ってもらえばいいという作戦。
左右は30秒ごとに入れ替わり、常時5~6人が踊っているように見える。迫力はそれなりにあるだろう。
これにより、練習のハードルもぐっと下がる。まず、昨日今日始めたメンバーが5分間もダンスし続けるには体力が足りない。3週間ではそこまでに到達できない。
しかも、振り付けを覚えるのに5分もの長さを覚えるにはハードルが高すぎる。うろ覚えになりクオリティが下がる。その点、30秒だけなら集中できるので、楽ではないけれど、何とかなる。
ダンス指導は「一人称代名詞トリオ」に任せればいいだろう。別にこれでプロを目指す訳じゃない。高校の文化祭の出し物だ。それなりのクオリティになっていればいいはずだ。
僕は、できるだけ分かりやすくみんなに説明した。
「いいな!分割作戦!」
「私も無理って思ってた!これならイケそう!」
「俺もダンスやってみたかった!」
とりあえず、受け入れられたみたいだ。練習は大変だけどな。
早速この日から「一人称代名詞トリオ」によるダンス指導が始まった。彼女たちは水を得た魚のようにクラスメイトにダンスを教えていく。
パート分けとかも考えてくれているので助かる。こういうのは内容を分かった人間がやった方が効率がいい。
僕はこの作戦の弱点を既に見つけていた。見ている人が右を見たり、左を見たり、見ている所が定まらないのだ。
せっかくダンスをするのに見られないのは残念過ぎる。しかも、始めて3週間の素人ダンスをそれなりに見せないといけないという矛盾したことの実現が求められていた。
ここは僕の腕の見せ所と言ったことろだろうか。しばらくゲームをする暇がなさそうだ。




