第27話:幸せな日々、強欲と対価
クラスのみんなに二見さんと付き合っていることを公言できて、良いことが2つあった。
ひとつは、朝、堂々と手をつないで登校できるようになったこと。これまでは、どこかコソコソしていたので、精神衛生上よくなったと思う。
「世界先輩、これでもう夫婦と言っても過言ではないっスね」
「いや、それは過言だから」
笑顔でとんでもないことをいう二見さん、時々「えんじょう」。この可愛い彼女が横にいてくれることが僕は嬉しくてしょうがない。
もう一つの良いことは、二見さんがクラスの女子にフレンドリーに接されるようになったこと。
今まではどこか近寄り難い雰囲気があった。これは単なる人見知りから「話しかけるなオーラ」を出し続けていた結果なのだけど、モブの僕と付き合うことで良くも悪くもハードルが下がったらしい。
男子たちには「地上まで降臨してくださった!」と好評。高幡が付き合えるなら俺にもチャンスがあるのでは、と人気は更に上がった。
女子たちは、色々話しかけて、僕を追いかけて桜坂高校に入学した話などが彼女たちの琴線に触れたらしく全力100%で応援してくれることになった。
二見さん的には、周囲との交流はあまり嬉しくないらしいけど、ものすごく好意的になっているので、もう一息でクラスの居心地はさらに良くなりそうだ。
■ 昼休み
昼休みも少し変わった。いつもの様に天乃さんが作ってくれた弁当を持って僕は登校している。そして、当然それを食べる訳だけど、クラス内で僕と二見さんが付き合い始めた事が公然の事実となり、「あーん」にトライするようになってきた。
「流星くん、お弁当は天乃さんが作ってくるわけですので、私のお弁当からおかずをあーんすれば、私のお料理も食べさせることができることに気が付きました」
なんだか分かったような、分からないようなことを言い始めた。
「はい、流星くん、あーん」
「え、いや、ほら、教室だし、みんな見てるし……」
「大丈夫です。それとなく目線を逸らして後でSNSでヒソヒソ話題になる程度です」
「それが嫌なんです!」
二見さんが、箸でインゲンの豚肉巻を摘まんだまま僕の口元に運ぶ。照れくさいので反対方向を向いて逃げてみる。
「やっぱり、持ってきたお弁当を食べるべきよね。私があーんしたら解決ね!」
こっちも訳の分からないことを言って、天乃さんがハーフのスコッチエッグを箸で摘まんで僕に食べさせようとする。あなたは一体どういう立場の人なんですか!?
「おいおい!なんだかいつの間にか教室が甘々してやがるな!」
目のやり場に困って文句を垂れる貴行。
「貴行もあーんしてほしいの?」
「そりゃ、まあ、男の夢と言えば男の夢だし?」
「じゃ、じゃあ、これ。あーん」
日葵がミートボールをひとつフォークで刺し、貴行の口元に運ぶ。はむっと口に運び満面の笑顔の貴行。単なる嫉妬だった!
教室内の女子たちは生暖かくニヨニヨと見守り、男子たちからは刺すような殺気が向けられていた。
■ ホームルーム
「今日のホームルームは、次の文化祭の出し物を決めてくれ」
担任の話だった。とっても平和な話題。要するに、どうでもいい。
司会進行が担任から学級委員に代わり、話が進められていく。誰が考えても、文化祭なんて古今東西、大きく分けて6種類くらいしかないと思う。
「飲食物の販売」、「物品の販売」、「お化け屋敷やプラネタリウムなどの空間演出」、「展示」、「演劇・音楽・ダンス等の発表」、「クイズ大会など参加型企画」の6種類だ。
このうち、アニメなどでよくある「メイド喫茶」は「飲食物の販売」になるので保健所への届け出などあり割とめんどくさい。まあ、食中毒などを出さないためだから当然と言えば当然だけど。
これを避けるとなると、「空間演出」か、「展示」か……その辺りに落ち着きそう。そんなことを考えて「僕とは関係ない」と思っていたら、「ダンス」が候補に挙がった。
どうもクラスでダンスを習っている女子が数人いたらしい。女子でダンスをやりたいと話が進んでいる。嫌な予感がして、後ろを向いてみると、遥か後ろで笑顔が固まっている二見さんがいる。
彼女の席は一番後ろで一番奥。所謂、主人公席。隣も女子なので、誘われているみたい。
「二見さん、みんなでダンスやろ?」
「私、ダンス苦手で……」
「みんなで練習したら楽しいよ♪」
二見さんが周囲の数人に女子に誘われている。彼女はダンスとか苦手そう……助け舟を出してあげたいところだけど……僕にできることがなさそう。他のになることを祈るのみ。
■ 放課後・読書部部室
放課後の読書部に「お供え」を持って行った。一応、酒饅頭の白と赤を持って来たので、紅白饅頭みたいになった。何となくおめでたい。一連のテスト勝負で勝利したことのお祝いというイメージ。
「姫香さんのお陰で何とかなりました!」
「「「かんぱーい!」」」
和菓子とカフェオレで乾杯した。
「途中から、目的が変わってたね!」
「結果的に僕と二見さんのことをクラスの人に認めてもらえたからOKでしょう」
「私、なんかクラスの女の子から、ものすごく話しかけられるんですけど……」
「それは、ハードルが下がったというか、付き合いやすくなったというか……いいことでしょう」
誰かは「降臨」って言ってたな。それまでは、天界にいた訳だ。そりゃあ、話しかけられないよ。
そして今は、地上に降臨。それだけ身近に感じているという事だろう。僕としても、クラスの女子と二見さんが仲が良いのは嬉しかった。仲が悪いよりはい方が絶対にいい。
「ダンスとか……私インドア派なんで」
文化祭の出し物の事だろう。二見さんが自らをインドア派だからと断るとしたら、ダンスはアウトドアに入るのか?
「流くん、その後猪原くんってどうなの?」
「なんか、学校休んでるみたいです。大見栄切って、過去問まで手に入れて絶対の勝利を信じてた割に、自分で名前を書き忘れて自滅するとか恥ずかしいんじゃないですか?」
「分かりやすい『ざまぁ』になったっスね、世界先輩」
「そうだな」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!そこのそれ!」
二見さんと話していると、天乃さんが話を止めた。
「どうしたんですか?天乃さん」
「二見さん、時々口調が変わってるし、その『世界先輩』ってなんなの!?」
「それは……」
そこまで言ったところで、二見さんがこちらに視線を送ってきた。「話してもいい?」ってことかな?僕はニコリとして肯定を表した。
「二人だけのひみつです♪」
二見さんが秘密にしちゃったよ!長い人差し指を唇に当てながら、いたずらっぽい表情でウインクしてみせた。少したれ目気味の目と合っていてすごく魅力的に見えた。
「むーっ!お姉ちゃん仲間外れ!」
天乃さんが口を尖らせて拗ねている。子供みたいな人だ。どの口が「お姉ちゃん」を名乗るのか。この可愛さも彼女の魅力だろう。
「はーっ、いつになったら静かな部室は戻ってくるのか……?」
目を閉じているように静かな表情で姫香さんが言った。幼女の様に幼く見える外見に反して、この中で最も年上。そのキャラクターは誰もが認めていて、いまやこの幼女を愛玩動物のように考えている人はこの部屋にはいない。三人とも頼りにしている存在となっている。
「結局、猪原くんは謝りにくるまで許さない感じ?」
天乃さんが、猪原のその後を気にしているようだった。取り巻き二人は教室で静かに過ごしている。
「僕は、二見さんにちょっかいかけてきたりしなければ、どうでもいいですけど」
「世界先輩には、また守ってもらっちゃったスね。これは対価として、私のファーストキスを捧げないと……」
「ちょっ!二見さん、みんなの前で言わないでください。恥ずかしいから」
「じゃあ、二人きりの時に……ですね」
二見さんのいたずらっぽいウインクに僕の顔も自然にニヤける。
天乃さんは鼻息が荒い。この話題は早めに切り上げたいところ。
恋人のような姉の天乃さん、後輩のような恋人の二見さん、姉のような先輩の姫香さん。
全ての問題は解決し、僕は、今後平穏で幸せな高校生活が送れると思っていた。
ただ、人は時として強欲だ。僕はたった一つだけ欲をかいた。かいてしまった。
彼女である二見さんに幸せに感じて欲しい、と。彼女の希望を叶えてあげたいと思ってしまったのだ。
何かを得る時は、その対価として何かを失う。僕は彼女の願いを叶えるために、対価として何を失うのか。




