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第11話:戻る日常、変わる日常

二見さんと一緒に登校してしまった。僕と二見さんのことが話題になった方が、天乃さんのことが騒ぎにならないと提案されたのだ。だからと言って、手をつないで歩く様な勇気はない。


二見さんの横を歩くだけ。いくらかは会話したけれど、そんなに盛り上がらない。きっと僕のトーク力の欠落によるものだろう。


教室に入った時、僕と二見さんが同時に入ったのだけど、教室内は無反応だった。まあ、モブが一緒でもあまり反応はないのかもしれない。


見えていないのかも。視覚的に見えていないのではなく、意識として見えていないという意味だ。一緒に登校してもインパクトはなかったらしい。


僕は自分の席に着いた。僕の席はほぼ教室の中央。やはり僕は主人公ではないらしい。主人公と言えば、一番後ろの一番奥の席。そこには、二見さんが座っている。つまり、僕の理論が正しければ彼女が主人公という事になる。


教室内のノーリアクションが肩透かしだったので、少し肩の力が抜けた。天乃さんが家を出るのが早い関係で、僕もかなり早く教室に着いた。弁当は普段よりも早く作ってくれたのかもしれない。


徐にスマホを取り出し、ゲームにログインした。


メッセージが山のように着ている。普段はボイチャ(ボイスチャット)もするけど、殆どは文字でのチャット。いつものメンバーにまたよろしくとメッセしていく。


ゲーム仲間の中でも古株の「えんじょう」だけは普段ボイチャだ。ただ、ここは学校。文字でメッセージを打ち込んでいく。



「『えんじょう』またよろしく!」


『「世界」先輩!おひさッス』



ヤツは「えんじょう」。もう一年以上の付き合いになるゲーム仲間。完璧なまでの後輩キャラで僕についてきて、アイテムやゴールド、経験値を稼いでいる。


僕はもうかなり強くなっているので、僕に着いてくれば、死なないし、アイテムの確保もしやすいと言う訳。


後輩キャラで頼みごともうまいから、イベントに誘われることも多く、「えんじょう」は狙いのアイテムをゲットしていた。


僕は、アカウント名を「田端世界竜」にしていた。自分の本名のアナグラム。だから、「えんじょう」から「世界先輩」と呼ばれていた。


「えんじょう」はガチ勢でいつログインしてもオンしてる。多分、ひきこもりか何かだ。ヤツがいるから、今のゲームを続けてるとこはある。


毎月新しいゲームがリリースされるのに、古くからのゲームをやり込むって……



『世界先輩なにやってたんスか?サボりですか?そうですか』


「えんじょう」なんて煽りネームのやつの方が弱いというのは、僕だけだろうか。それともオンラインゲーム界のあるあるではないだろうか。



「色々あったんだよ」


『また遊んでほしいっス』


「またちょくちょくログインするわ」


『今度のイベントできそうスか?』


「なんかあるっけ?」


『ピンク・グレムリンがもらえるっス』


「グレムリンは持ってたろ」


『ピンクっス!ピンク・グレムリン』


「へー、まあ、いいや。今日からまたログインするよ」


『お願いっス』



結局、頼まれ事しただけだ。運営が定期的に出すイベントよりも「えんじょう」の方がイベントっぽい。そう考えると、少し笑みが漏れてしまった。



「お、流星、なんかいい事あったか?」



隣の席の貴行が登校してきた。日葵も一緒だ。このカップルはみんなに認められすぎて騒ぎにならない。



「あ、いや。ゲームのことだから」


「そっか」



貴行はスマホゲームはやるけどMMORPG(オンラインゲーム)はやらないみたい。一緒にやったら楽しそうなのに。



***


朝は起きなかった騒ぎだけど、それは昼休みに起きた。



「流生、今日も弁当?一緒に食おうぜ」



僕が弁当の包みを机の上に出していたので、机を寄せながら貴行が誘ってきた。誘ってきたというか、僕の返事を聞く前に机は寄せてきている。


そして、日葵も当然のように貴行の真向かいの席に移動してきた。教室ではある程度の人が食堂に行くので昼休みは机が余る。割と自由に好きな位置に座ることができる。



「失礼するわね」



目の前の席に、二見さんが現れた。



「おぉ!?二見さん!?」



貴行が驚いていた。ただ、昨日一緒にカラオケに行った仲だ。必要以上に驚いた感じじゃない。



「わぁ、二見さんだ♪一緒に食べよう」



日葵はビッグウェルカムらしい。教室の中は(にわ)かに騒がしくなってきた。ひとつは、二見さんが教室で食事をしていること。普段は昼休みふらりとどこかに行ってしまい、教室にはいなかったのだ。


そして、こちらの方がインパクトが大きかったのだろうけど、僕たち3人のグループに入り、4人で食べていること。


この場合、貴行と日葵の集まりに二見さんが入ったという認識だろう。僕は相変わらずあまり目立たない。まあ、それを狙ってこれまで過ごしてきたので僕としては助かる。



「二見さんもお弁当?」


「えぇ、普段一人で食べていたのだけど」


「へぇー、そうなんだ」



貴行と日葵は二見さんに興味津々だ。昨日一緒にカラオケに行ったのもあって心の段差はなくなっているように思う。そういうのも、普段、二見さんはほとんど誰とも話さない。



「どうして、今日は一緒に?」



日葵が二見さんに聞いた。



「それは……」



それだけ言って、二見さんが僕に視線を送った。



「え?嘘!」


「なに!?どういうこと!?」



日葵は気づいたらしい。貴行は気づかなかったみたいだ。



「応援してくれますか?」


「もちろん!」


「え?どういうこと!?」



日葵と二見さんは話が付いたらしい。貴行は一人置いてけぼり。女子二人がきゃいきゃい言いながら弁当を広げる。華やかでとても良い。



「なあ、流星、どういうことか分かったか?」


「あぁ、後でちゃんと教えるよ」


「お前も分かってんのかよ~!」



顔を押さえて大きくのけぞる貴行。主人公は難聴で察しが悪いものとラブコメでは相場が決まっている。イケメンであることと、日葵ほどの美少女が常に傍に入る辺り彼もまた主人公になり得る人物だろう。



「わぁ!二見さんのお弁当豪華!」


「今日は特別頑張ってみました」



確かに、弁当箱を覗いたら色とりどりおかずが並んでいる。



「姉がマウント取ってくるので」



二見さんが僕の方をチラリと見た。僕の手元には天乃さんが作ってくれた弁当があった。その内容も昨日に負けず劣らず豪華な内容になっていた。


さすがにさくらでんぶのハートマークはなかったけれど。これを毎日作っていたら大変だろうに……朝ごはんも旅館の朝食ばりにしっかりしたメニューだし。



「競わなくてもいいのに……」


「そういう訳にもいかないです」



なぜ、彼女は天乃さんに対応心を抱くのか。二見さんとの出会いはそれほど昔じゃない。痴漢から救ったと言っても、それほどの働きをしたわけじゃないし、人がそれくらいで誰かをそんなに好きになるとは思えない。せいぜい「いい人」と思う程度ではないだろうか。


例の痴漢事件の次が昨日のカラオケだ。店までの約30分間話したことくらいしか接点はない。普段教室でほとんど話さない二見さんがあんなに話してくれたのは驚いたけど、まさかその後、告られるとは夢にも思っていなかった。



「なんか、ここに来て急に楽しくなってきたね♪」



日葵、お前はなぜそう能天気なんだ。僕は弁当を食べながら背中に冷や汗だよ。



「流くん~、いる~?」



天乃さんが教室を覗き込んだ。ちょうど僕たちが食べ終わった後くらい。



「わ!五十嵐さんも来た!こっちこっち!」



日葵が招き入れた。彼女は無敵だな。


今朝、二見さんの予想では、天乃さんが様子を見に来るとのことだった。いまその通りになってちょっと驚いている。人が人の行動予測などできるものなのだろうか。しかも、会って数日の浅い関係で。


僕が席で空になった弁当箱を片付けていると、天乃さんが笑顔で話しかけてきた。



「今朝言うの忘れちゃって。今日はお買い物に行きたいの」


「あら?五十嵐さん、そんなのLINEでもよかったんじゃ?」


「あ、二見さん、こんにちは」


「はい、こんにちは」



二人とも笑顔。凄く笑顔なんだよ。そしてすごく可愛いんだけど、なぜか僕の背中の冷や汗が止まらない。


3スターズの2人が集まっているという事で教室中は注目している。すぐそばにいる僕は太陽の横にある月のように完全に誰にも見えていない。



「伝えることは伝えたから教室に戻るわ」



クラスの注目具合から込み入った話ができる雰囲気ではないと察した天乃さんが引くことにしたみたいだ。やっぱり、僕が二見さんと付き合い始めた事を公表するのは得策とは思えない。


そして、彼女の真意も分からないまま。僕は考えがまとまらずにいた。


良いこともあった。昼休み二見さんがクラスの女子から囲まれて話をしていた。彼女はどこか孤高というか、一人だったからいい傾向なのではないだろうか。きっとみんな話しかけたかったけど、雰囲気的に話しかけにくかったのかもしれない。


それが、貴行や日葵だけでなくモブである僕ともにこやかに話していたんだ。ハードルが一気に下がり我も我もと群がっている感じだろう。


「よかったね」という意味でにこやかに二見さんに視線を送ったら、何やら恨みがましい視線を返されてしまった。その口は音は出ていないけど口パクで「う・ら・ぎ・り・も・の」と言っていた。


彼女は人に囲まれるのはあまり好きではないのかもしれない。だとしたら、その点は僕に似ているかもしれない。残念ながら、今の彼女を救う術は僕にはなかった。

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