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第四十六話 「公爵令嬢は亡命について考える」

 第二王子は川に転落した時の傷もあるので動くのが億劫らしく、食事も客室で取っているが、快方に向かっている。本当にグルーテンドルスト国王が、自分の子供であるディートリヒ王子を殺そうとしたのか確かめるべく屋敷を出たフィリップからは、まだ連絡は無い。



 私は居室でソファに掛けながら、傍に控えるセバスティアンが白磁のティーカップに淹れてくれた、薄い琥珀色のハーブティーに視線を向ける。淹れたてで白い湯気を立てるそれは、貧血予防にもなり、健康に良い効果が期待できると言われているネトルティーである。


 熱いお茶で火傷をしないように息を吹きかけてから、ゆっくりと飲めば、心を落ち着かせてくれる優しい香草の風味が感じられた。



「落ち着く味ね……。おいしいわ」


 私の言葉を聞いた老紳士はにこやかに微笑んだ。私はカップをソーサーに置いた後、隣に鎮座している白鳥に話しかける。



「もし、今回の件が誤解であるならディートリヒ王子は身体が回復次第、グルーテンドルスト国に帰れるわ」


「そうなれば、当初の予定通り、王都に帰還次第、父王に事の詳細を報告した後、協力を仰いでジュリアを拘束できる筈だが……」



 そして、恩赦を出す代わりにアルヴィンにかけられた呪いを解く交渉をする。仮に交渉が難航しても、国王命令で有識者に呪いの解呪について調べて貰うなど出来る。



「反対にグルーテンドルスト国王が誤解でもなく、本当に実の息子を殺害するという、明確な意図を持っているのだとしたら」


「最悪の場合、ディートリヒ兄上は祖国を捨て、亡命貴族とならざるをえないだろう……」



 亡命貴族というと聞こえが良さそうだが、現実はそう甘くない。よっぽど有力な他国の王侯貴族を頼って国を出るならともかく、一般的な亡命貴族というのは、収入源が断たれ、経済的に困窮するケースがほとんどだ。


 特にディートリヒ王子の場合、所持していた高価な宝飾品や金銭などを持ち出せた訳ではない。つまり、現時点で他国に亡命して長期間、暮らせるだけの財産は無い。


 おまけに現状で彼を保護している私は実質、王都を追放されてるような身の上で、実家は貧乏な公爵家。とても他国の亡命貴族を長期間、保護し続けるだけの力は無い。



「これは……。考えたくないけど、実父であるグルーテンドルスト国王が、本気でディートリヒ王子を殺そうとしている場合は、かなり厳しいわね」


「兄上が安心して他国に身を寄せられる近い血縁がいれば話が早いのだが、ディートリヒ兄上の母方の実家はグルーテンドルスト国内の貴族……。亡命先として頼れる相手では無い」


「第一王子のジークフリート殿下みたいに、母親が他国の姫だったら、真っ先にそこを亡命先としてあげられるんだけど……。両親が同国の王侯貴族だと、いざという時にこんな弊害があるのね」


「他国との縁組は最悪の場合に備えて、亡命先確保の意味合いもあるからな……」


「転ばぬ先の杖とはよく言ったものよね……。こういう状況になってから痛感するわ」



 亡命貴族になるだけでも相当、追い詰められてる状況だというのに、その上、他国に頼れる有力者が居ない。財産らしい財産も無いとなると、詰んだも同然だ。



「それにしても……。貴方のお父上はディートリヒ王子を殺そうとするほど疎んでいたの?」


「いや、さすがに父上が兄上の殺害を指示するなど、俄かには信じられない……」


「やっぱりそうよね!?」


「父上と兄上は、とりわけ仲の良い親子関係という訳では無かっただろうが、国王と非嫡出子の距離感だと思えば、特に違和感は感じなかったんだが……」


  嘆息する白鳥の背中を撫でながら、私は優しく励ます。



「ひとまず、この話は置いておきましょう……。全てはグルーテンドルスト国王の意思が確認できてから……。フィリップの報告が来てから改めて考えないと」


「ああ」


「それまではディートリヒ王子をこちらで保護するし、仮に第二王子を捜しにグルーテンドルスト国の兵がこの屋敷を尋ねて来ても、知らぬ存ぜぬで通すわ」


「迷惑をかけてしまってすまない……」


 頭を下げる白鳥に、私は慌てて首を横に振る。


「そんな迷惑だなんて! 困った時はお互い様じゃない。気にしないで!」


「エリナ……」


「まぁ、さすがにグルーテンドルスト国の兵といえど、他国の公爵家の屋敷に押し入って来るまではしないでしょうから、ここに居る限り心配は無いはずよ!」



 ことさら明るく言ってみたが、逆に考えれば、この屋敷を出たらディートリヒ王子の安全は保障できないという意味でもある。


 アルヴィンは聡いから、恐らくその事にも気付いただろうが、そこには触れずに「そうだな……。ありがとう……」と感謝の言葉を述べた後「ちょっと、兄上の様子を見て来るよ」そう言い残し、ぺたぺたと音を立てながら居室を出て行った。




 第二王子の弟であり今回、彼を殺害する指示を出したとされる国王の実子アルヴィンの前で、あまりネガティブな事を言うのは気が引けたので深く話はしなかったが、念の為にディートリヒ王子が亡命するルートや亡命先を複数、考えておくに越した事は無いだろう。


「ディートリヒ王子本人に、希望の亡命先や他国に頼れる親戚や友人がいないか聞いた上で、緊急の事態に備えて、打ち合わせておかないといけないわよね……」


「そうでございますね……。念には念を入れておいて、よろしいかと」


 私の言葉に老紳士は、思慮深そうな瞳を細めて頷いた。常に最悪の想定をして、さらに複数の手が打てるようにしておかないと、こんな状況ではいつ詰んでしまうか分かったものでは無い。


 第二王子がこの屋敷に居るのが知られて、グルーテンドルスト国王が激昂し「謀反人である第二王子を匿ったブランシュフルール公爵令嬢も同罪である!」とか言い出したら大変な事態になる。


 もしグルーテンドルスト王がその気になれば、この屋敷は兵に囲まれて焼き討ち。第二王子ともども私も捕縛、連行され断頭台送りか、そうじゃないなら口封じに、この場で殺されてしまう可能性だって皆無ではない。



 尤も第二王子を捜しに、この屋敷まで本当に兵士がやって来て、強引に「屋敷内を捜索したい」と言った時には、第二王子は一時的に、外から見えない屋根裏部屋に隠れて貰うつもりでいた。


 初代ブランシュフルール家当主が、このような不測の事態を想定したのか、単に遊び心を発揮したのか分からないが、この屋敷には秘密の屋根裏部屋が存在しているのだ。使わない手は無いと思っていたのだが……。



「それにしても、グルーテンドルスト兵に目立った動きは無いのよね?」


「はい。当初は警戒していたのですが、ディートリヒ王子がこの屋敷に来られた翌日『もし王子らしき者を見かけたなど情報があれば教えて欲しい』と捜索の兵が一度訪ねて来たきり、全く音沙汰がありません」


「周辺の川を捜索している兵とかは?」


「はい。少なくとも、大挙して押し寄せてる気配は全く無いです。どうやら国境を越えて、ファムカ国側まで大規模な捜索をする気は無いようでございます」


「……という事は、第二王子は殺害したいが、少なくとも他国で目立つ行動や、争いを起こす意図は一切無いという事よね。……つまり、この屋敷で大人しくしている間は大丈夫な筈」



 だが、楽観的に考えていては駄目だ。常に情報収集しながら周囲に気を配って、最善の手を打てるように思考を研ぎ澄まさないと……。何しろ私は前世で一度、失敗して死んでいるのだ。


 あの時は何も考えずに、事態が最悪の状況になってしまってから、為す術もなく殺された。同じ轍は二度と踏まないように、今生は慎重に行かないといけない。



 しかし、本当に国王が殺す気なら、わざわざ兵を動かして帰城の道中を狙わなくても、第二王子が帰城してしまってから謀反の疑いありとして拘束すれば、身柄を取り逃がすなどという不備は無かったのではなかろうか……。


 実際、馬車は川に落ちて、第二王子は逃げ延びてしまった。不確定要素がある襲い方をしたのは腑に落ちない。どうしても城の外でディートリヒ王子を殺したい理由があったのか、それとも……。



 色々考えすぎてカップの中のハーブティーはすっかり、ぬるくなってしまった。それを飲み干してソファから立つ。外の空気が吸いたくなった私は、散歩がてら屋敷の庭園を歩こうと居室を出た。



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