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第四十二話 「料理人は惨憺たる思い出を語る」

 北の湖城、ヴァイスヒルシュ城から戻った翌日、王都に居る家族から手紙が届いた。腕を骨折していた弟のルーベルは順調に回復していると書かれていて胸を撫で下ろした。


 早速、こちらの近況を手紙に認め、シーリングスタンプで封蝋し、発送の準備を整えていると、ミシェルも家族への手紙を書くと同時に一応、仕事でこちらに滞在しているので「そろそろ、上司への近況報告を送らないといけない」と言って、報告書の作成に取り掛かった。


 いつも一緒にお茶を飲んでくれるミシェルが、集中して書類に取り掛かりたいと自室に籠ってしまった。今日は一人のティータイムで寂しいと思っていたが、前に庭師のラウルと「一緒にお茶しましょう」と約束していた事を思い出す。折角だから、今日はラウルに同席して貰うことにした。




「良いんでしょうか……。僕、こちらには、あくまで庭師として雇われているのに……」


「細かいこと言いっこ無しよ。私一人でお茶を飲むのも寂しいし、こんな辺境の屋敷で、そんなことを気にする必要は無いわよ」



 屋敷の庭園に置かれたガーデンチェアに腰かけながら、恐縮しているラウルに思わず苦笑してしまう。庭師として雇われているとはいえ元々、彼は伯爵家の子息なのだから、同席しても何ら問題は無いのだが、本人の控えめな性格が気おくれさせてしまっているようだ。


 黒髪の従僕のフィリップと、セバスティアンがお茶を淹れてくれた所で、ちょうど赤髪の料理人が、上機嫌で出来立てのスイーツをガーデンテーブルに置いてくれた。



「さ、今日の茶菓子はレモンピールのパウンドケーキだ!」


「わぁ! 美味しそう!」



 ヴィクトルが作ってくれたレモンピールのパウンドケーキは、皮ごと輪切りにされたレモンと砂糖を煮詰めてコンポートした物を上部に美しく敷き詰めており、香酸柑橘類の香りを漂わせながら黄金色に輝いている。


 そして、切り分けたパウンドケーキの生地には、刻まれたレモンピールがたっぷりと練り込まれていた。噛むたびにレモンの爽やかな味と香りが舌の上に広がる。



「うん! とっても美味しいわ!」


「本当に……。美味しいです!」



 レモンピールのパウンドケーキに舌鼓を打つ、私とラウルを見て、料理人は満足げに口角を上げた。ティーカップを口元へ運べば、フルーティーで爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。



「これは?」


「エルダーフラワーのハーブティーです」



 私の質問に黒髪の従僕フィリップが、にこやかに答えてくれた。それを聞いたラウルがティーカップを口元で傾け、味わいながら飲むとエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、笑顔で頷く。



「万能薬とも呼ばれているエルダーフラワーのハーブティーは風邪の初期症状や、花粉症の症状緩和に有効だと言われていますよね」


「まぁ、花粉症の緩和にも……」


「この辺りだと、ブナの樹が多いですから、もし花粉症の症状が出るようなら、エルダーフラワーを試してみるのも良いかも知れないですね」



 ラウルは庭師だけあって植物に詳しいが、ハーブの薬効にも精通しているのに感心してしまった。香りが良い上、健康にも良いなんて素晴らしいと感銘を受けながら、マスカットに似た風味の爽やかなハーブティーで咽喉を潤す。



「ミシェルも一緒に飲めたら良かったのに……」


「王都に送る報告書や手紙を書き終わり次第、こちらに来ると仰ってましたから直に、おいでになられますよ」


「そう……」



 セバスティアンに説明され返事をしながら、あんまり遅くなるようなら、ハーブティーとパウンドケーキをミシェルの部屋に持って行こうかと思ったが、じきに来るというなら、そこまで気を回さなくても良いかなと思案していると、赤髪の料理人は厚い唇を尖らせながら呟く。



「俺的には、ブレイズが居ない方が嬉しいんだけどなぁ……」


「……前々から、気になっていたんだけど」


「ん?」


「なんで、ミシェルとヴィクトルは仲が良くないの?」



 そう。この辺境の屋敷に来た時、二人はすでに犬猿の仲だった。どうやら学園時代から険悪な間柄のようだが、具体的にどんな因縁があったのか聞いていない。この際だからと尋ねれば、料理人は額に手を当てながら深い溜息を吐いた。



「ふぅ、そうだな……。天使には話しておくべきだな……。聞くも涙、語るも涙のエピソードを……」


「?」


「あれは学生時代のことだ……。当時の俺は色々あって、多少やさぐれていた。そんな俺が、特に大嫌いだったのは女にモテる、いけ好かない貴族だった……」


「……」


「俺がいつも通り学園生活を送っていると、女子達から黄色い声援を受けながら、剣の稽古をしている貴族の令息が目に入った」




。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。




「キャー! ミシェル様~!」


「今日も凛々しくて素敵だわ~!」


「ミシェル様が手を振って下さったわ!」


「私に微笑みかけて下さったわ!」


「王族まであっさりと倒してしまうなんて流石、ミシェル様だわっ」



 黄色い声を上げる女生徒たちが熱い視線を送る先には、ゆったりとした白のブラウスに、紺色のズボンと革ブーツという姿の、ミシェル様とかいう金髪碧眼の美形が剣を構えて、対峙していた男子生徒を打ち負かしていた。


 実戦形式で試合をしてたらしく、隅の方にはミシェル様が倒したであろう敗者たちが再起不能の屍状態で累々と積み上げられていた。その様子を顔見知りの男子生徒たちが、遠巻きに眺めていたので近づいて疑問を口にする。



「何だありゃあ……」


「おう、ヴィクトル。お前、ブレイズ侯爵家のミシェルを知らないのか……。あいつは有名人だぞ」


「ああいう、熱心なファンが大勢ついてるからな」


「ケッ……。気に入らねぇ」


 眉間に皺を寄せ、悪態をつく俺に男子生徒は苦笑する。


「まぁ、気持ちは分かるが、いくら女子人気が高いとはいえアイツは……」


「この俺が、ブレイズとやらの鼻っ柱を折ってやる!」


「おい。ヴィクトル、お前……」


 男子生徒たちが止めるのを気にせず、意気揚々と侯爵家子息の前に出た俺は、悠然と声をかける。


「よぉ、色男」


「?」



 目の前に現れた俺を訝しそうに一瞥する金髪碧眼。その美貌を間近で見て内心、驚いていた。遠目から見ても明らかに美形だと分かっていたが改めて、近くで見て一瞬、息をするのを忘れるくらい整った容姿をした美少年だったからだ。


 自分には届かないまでも、スラリとした長身、しなやかな体躯。長い手足、抜けるような肌。鮮やかな金髪。長い睫毛に縁どられた、蒼玉色の双眸。高い鼻梁に淡紅色の唇。なるほど、女生徒たちの熱い眼差しを一身に集めるのも納得の美貌である。


 ちなみに、抜けるような肌というのは、要するに透明感があるような白い肌って事であって、決して下ネタ的な意味ではない。俺は相手がいくら美少年でも、男に欲情したりはしないからだ。絶対に、お前には靡かないぞという強固な意志を込めて、眼前の金髪美形に軽口を叩く。



「ああ、確かにこれなら女子に、キャーキャー言われるのも分かるぜ……。俺がホモなら口説いてたレベルだ」


「……」


 無言ながら、柳眉を顰めた金髪碧眼に対して不遜に囁く。



「俺と勝負しないか?」


「今日の鍛錬はもう終わりだ」


「ちょ! てめぇ、待ちやがれ!」


 無表情で、そっ気なく横を素通りされ、思わず相手の腕を掴む。



「離せ……。貴様の相手をしてやる義理は無い」


「お高くとまりやがって! 俺みたいなのは侯爵家の令息様は直々に相手するのも煩わしいかよ!?」


 そう叫びながらドン! と手の平でブレイズの左胸を突き飛ばした。


「!」


「ん?」



 手のひらで触れた部分に、違和感を感じた俺は、光の速さで、ぺた、ぺた、ぺた、と確認の為、周辺箇所に触れた。


 突然、胸を触られた金髪碧眼の美形は愕然とし、固まった。そして、その様子を見ていた外野の女生徒たちが騒ぎ出す。



「やだー! ヴィクトルったら信じられないー!」


「ミシェル様に何するのよー!」


「女子に暴力を振るうなんて最低っ!」


「って言うか、ミシェル様の胸を触ったわ! ありえないっ!」



 俺を糾弾する女生徒たちの声に耳を疑い愕然とする。慌てて後ろを向けば男子生徒どもが、片手で顔を口を押さえ、天を仰いだりしながら「うわぁ~」と騒めいている。



「嘘だろ、アイツ!」


「やっちまった!」


「前から薄々、気づいてはいたが……」


「ここまで馬鹿だったとは……」



 俺は俄かに、自分の置かれた状況が把握できなかったが、ドン引きしながら呆れ返っている男子生徒や、女生徒たちの発する言葉を聞きながら、徐々に事態を把握し、自分の右手を見つめ、次に眼前の金髪美形に視線を移し呟いた。



「女?」


「……」


「お前、女だったのか?」


「……」



 金髪碧眼の麗人は胸を触られたショックの為か若干、俯いている。金色の前髪が影を落とし、表情が窺えない。こちらとしては悪気が無かったのだが、客観的に考えて自分に非があるのは理解できたので謝罪し、尚且つ円満な和解に持って行くしかないと口を開く。



「あ、悪ぃ! 完全に男だと思ってた!」


「……」


「えっと……。俺は確かに、お前の胸に触れてしまった! だが、安心してくれ!」


「?」


「ブラジャーの感触はあったけど、お前のおっぱいの行方は全く分からなかった! だからノーカンだ!」



 俺が笑顔で発した、その言葉を聞いた瞬間、金髪美形の目元がビキッと痙攣するのが見えた。


「……っ! 貴様っ」


「!?」


「死ねぇぇぇ!」



。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。



 一般的におっぱいとは、大きければ大きいほど喜ばれ、小さいと貧乳と蔑まれる傾向にあるが、そんな価値観は間違っている。女性のおっぱいに貴賤は無い。両手に余るような巨乳も、ささやかな微乳も皆、等しく尊い。


 この世に生を受け、授乳という形で栄養を与えてくれたおっぱい。成人してからもその大恩を忘れた事は無い。見る者の心を和ませ、触れれば心を癒してくれる。おっぱいとは大きさに関わらず、総じてありがたいものなのだ。


 だから、確認の為とはいえ、仮にも女性の胸を同意無く触ってしまった事に対して、平手の一発や二発、甘んじて受ける覚悟は出来ている。襟元を鷲掴みにされた俺は、迫り来る衝撃に耐えるべく目を閉じ、歯を食いしばった。



。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。



 結論から言おう。ブチ切れたブレイズ侯爵家のミシェルによって、俺は容赦なくボッコボコにされた。てっきり平手打ちをされる物だとばかり考えていたが甘かった。


 まず正拳突きを顔面に受け、鼻っ柱を折られ、そのまま顔面を複数回、拳で殴打された。殴られた衝撃で後ろによろめいた所、両肩を掴まれ鳩尾に膝蹴りを食らい「がはっ!」と息がつまった。


 次の瞬間、見事な回し蹴りを横っ面に叩き込まれ、吹っ飛ばされる。その瞬間、死んだオフクロが天国の門の前で、にこやかに手を振ってるのが見えたが、ドン! と全身が壁に打ちつけられた痛みで、辛うじて意識を取り戻す。しかし、すでに前後不覚に陥っていた俺はグシャリと音を立てて、そのまま地面に崩れ落ちた。



「ちょっ……! 待てっ!」


「……」


「いや、平手の一発や二発ならともかく、ここまでするとは、いくら何でも酷すぎるんじゃないのか!? 普通、限度ってモノがあるだろう!」



 はっきり言うとブラウスの下に、ブラジャーが装着されているという感触はあるにも関わらず、中身の行方が全く分からないから、手でぺたぺた確認していた時は内心、狐に包まれたような心境だったのだ。


 触った感想としては固くて平面。強いて例えるなら絶壁、まな板を触っているようなものだった。百歩譲っておっぱいを触ってしまったのなら、反撃も已む無しと思えるのだろうが、実質、おっぱいを触っていない俺にとって、この仕打ちはあまりにも理不尽すぎる。


 想像して欲しい。まな板に装着されたブラジャーを触ったとしても、そこにエロスな気持ちが生まれないように、俺がやったのは、あくまで純粋な確認作業であって、間違っても性欲を起因とするエロ行為では無かったのだ。この、曇り無き瞳を見て貰えれば分かる筈だ! よって無実を主張した。



「だいたい俺は、胸の在処を探しただけで実際、おっぱいを触った覚えや感触なんて、これっぽっちも無いんだぜ!?」


「黙れ! このクズがっ!」


「ぐえっ」



 うつ伏せに倒れていた背中を、怒りのまま踏みつけられ、俺はカエルが潰れたような呻き声を上げた。どうやら俺の言葉は火に油を注いだだけのようだ……。


 地に突っ伏し、激痛に悶え苦しみながら「うう゛。全治、何ヶ月だこれ?」などと埒も無いことを考え、涙目になる。


 俺は女に対して暴力を振るわない。誠意を持って接するというのがポリシーだ。ちなみに俺の誠意とは目の前の女性は誠心誠意、口説くという事だ。


 しかし容赦なく、的確に、えげつなく急所を狙って連続攻撃を加え続け、未だに怒気を隠そうともしない金髪碧眼に対して「コイツは女じゃねぇ!」心の底から、そう思った。


 そんな俺を足蹴にしながら見下した、ブレイズは冷たく光るプラチナブロンドの前髪をかき上げ、凍てつくような眼差しで呟く。



「そのまま、そこで土に還れ」



。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。



「……という訳で、アイツは学生時代の初対面から、本っ当に酷い奴だったんだぜ!」


「…………」



  ティータイムに聞くにしてはあまりにも殺伐とした思い出を、長々と話してくれた、ヴィクトルの言い分を聞いて、私は絶句状態になりながら、数年前の事を回想していた。



。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。



 ある日、うちに来ていたミシェルが、何時になく気落ちした様子で呟いた。



「エリナは良いよな……」


「?」


「胸のふくらみがある……」


「え? 胸なんて誰にでもあるでしょう?」


「私には無い」


「そんなことは……」



 言いながら改めてミシェルの身体を横から眺めると、それまで意識したことが無かったので、今まで全く気付かなかったが、確かに彼女には殆どの女性にある胸のふくらみが、これっぽっちも無かった。……驚くほど平面だった。


 ミシェルは女性の身でありながら騎士になり、普段から騎士服を颯爽と着こなしている。金髪碧眼で端正な美貌のミシェルが騎士として佇んでいる姿は、それはそれは凜々しく、同性であるのを分かっていても、町の女性達が黄色い声を上げずにはいられない程、魅力的なのだ。


 従姉妹であるミシェルの騎士服姿が、あまりにも格好良すぎて、彼女の胸にふくらみが無い事に全く、違和感を感じていなかった。その事実に、今さらながら気付き、愕然としてしまう。なんと声をかけるべきかと言いあぐねていると、ミシェルは床に視線を落とす。



「ふっ。エリナには『足の甲が見える者の気持ち』は分からないだろうな……」


「は?」



 金髪の麗人は力無く笑った後、視線を真っすぐ下に落とし、自身の足元を切なそうに見つめている。意味が分からなくて私も足元に目を落とすと、かろうじて自分のつま先は見えるが、真っ先に目につくのは自分の胸元である。


 ここで漸くミシェルが言う『足の甲』の意味が分かった。胸のふくらみが、それなりにある女性は普通に立っている時、自分の足の甲は見えないのだ。


 凛々しい麗人と名高く、同性であるの女性からも人気が高いミシェルが、自身の胸にコンプレックスを持っていたなど、夢にも思っていなかったので内心とても驚いたが、胸中の動揺を押し隠し、何とか彼女を励ますべく口を開く。



「あ、ミシェルって剣の鍛錬とかするからじゃない?」


「剣の鍛錬……?」


「ええ。脂肪って筋肉になるって言うでしょう? 剣の鍛錬さえ止めれば、胸も出てくるんじゃないかしら?」


「そうかな……」


「きっと、そうよ!」



 以前、ミシェルが「どんなに鍛えても筋肉が付きにくい体質なんだよなぁ」とボヤいていた気がするが、そんな細かい事には蓋をして、落ち込む従姉を必死に励ました。



。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。゜+。・゜+ *.。



 「胸の在処が分からなかった」などという、ヴィクトルの心無い言葉を聞いて、以前から自身の貧乳問題に悩んでいたミシェルが、どれだけショックを受けたか考えると、私はこめかみを押さえずにはいられなかった。


 大切な従姉の心を傷つけたであろう、無神経な料理人に思わず、白い目を向けるのが止められない。そして、自分の旗色が悪いと察知したヴィクトルは全力で釈明をはじめた。



「イヤ、俺だってちょっとは悪いと思ったさ! 仮にも女の胸をいきなり触った訳なんだからな! だから平手打ちの一発くらいは甘んじて受けようと思ったんだよ!」


「……」


「そしたら奴は左手でいきなり俺の服の襟元を掴んだかと思うと、躊躇なく俺の顔面をメッタ撃ちにしてきたんだぜ!? 信じられるか? 平手打ちじゃなくて、拳でグーパンで、メッタ打ちだぜ! 何発も! さらにパンチの衝撃で倒れかけた所を膝蹴り&回し蹴り! しかもブーツでだぞ!」


「……」


「ボロ雑巾のように地面に崩れ落ちた俺を、まるで道端にぶちまけられた、酔っ払いの嘔吐物でも見るかのような視線を向けながら『土に還れ』と言い放ったんだ! つまり『死ね』って言われたんだぜ? 人を半殺しにして『死ね』とか、アイツは本当に酷い奴なんだよ!」



 赤毛の料理人による、必死の弁明を聞き終えた私は、深い溜息を吐いて呟く。



「確かにミシェルも多少、やり過ぎな面があったんだろうけど……。元はと言えば、ヴィクトルの自業自得じゃないの……」


「ええっ!?」



 驚く料理人を横目に、私の傍に鎮座している白鳥も、うんうんと頷いている。そして周囲もそれに同意する。



「フォロー不可能な位、自業自得ですね……」


「本当に……」


「ほっほっほっ。自業自得ですな」



 眉根を寄せた庭師と、黒髪の従僕も呆れながら呟き、老紳士がにこやかにトドメを刺した。ヴィクトルはたまらず呻く。



「んなっ! なんで皆揃って、俺が悪者みたいに言うんだよ!?」


「どう考えても悪者じゃない! 一方的に突っかかって、女性の胸を触っておきながら、開き直るとか」


「いや、違うんだよ! 本当に俺はアイツの胸の在処が、分からなかったんだぜ!? ……うっ! 何だ、この寒気は!?」



 ゆっくりと振り返れば、そこには金髪の麗人が怒りに震えていた。



「貴様……。一度ならず、二度までも……」


「げっ! ブレイズ!」


「よっぽど、また地面に這い蹲りたいようだな」


「イヤイヤ! そんなことは……」



 顔面蒼白で、ぶんぶんと首を横に振り、必死に否定する料理人に構わず、ミシェルは自身のレイピアを鞘からスラリと抜き、剣の切っ先をヴィクトルの眼前に突きつけた。



「あの時、きちんと私の手で、土に還しておくべきだったな……。いや、今からでも遅くない」


「ちょ、助け……」



 料理人は周囲の者たちに助勢を求める視線を漂わせる。フィリップは従僕、セバスティアンは家令。彼らは職務上……。いや、職務と関係なくても、私やミシェルの肩を持つだろう。そして、日頃から何故か、料理人に当たりの強い白鳥がヴィクトルの味方になる可能性は無い。


 この中で唯一、自分を擁護してくれそうな庭師ラウルに狙いを定め、料理人は懇願の眼差しを向ける。同じ男だし、人当たりの優しい彼なら、きっと窮地に陥っている自分を助けてくれる! そう思ったに違いない。


 料理人に見つめられている事に気付いた庭師は、エメラルドグリーンの瞳を優しく細め、小首を傾げて、にっこりとヴィクトルに明言した。



「ギルティですね」


「そ、そんなぁぁぁ!」



 有罪宣告を受けた哀れな料理人は直後、金髪の麗人によってフルボッコにされたのだった。



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