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第三十九話 「第二王子の胸中」

 長時間、馬車に揺られてカルミア伯の居城にたどり着く。以前まで小競り合いが多かった、センタウレアとの国境近くにある城だけあって、戦になった際、篭城する事を前提に造られたのであろう。丘の上に建造され、一階部分は窓が殆ど見当たらない。石造りの堅牢な城だ。



「城の周囲にある城壁も強固……。もし、ここを落とすとしたら中々、骨が折れるだろうな……」


 そんな感想を持ちながら、カルミア伯の居城に入れば、矢張り客間に通された。訪問すると先触れを出していたので、準備万端といった様子で迎え入れられた。


 現れたカルミア伯は、ペリドット色の眼光も鋭く、濃い茶色がかった金髪に、同じ色の口髭、顎鬚を蓄えた姿は、国境警備の長官という要職に現役で就いているだけあって、四十代半ばに関わらず引き締まった体躯をしている。



「カルミア伯。今日、こちらを訪ねたのは他でもない」


「すでに風の噂で聞いております。ディートリヒ殿下は出奔された母君をお探しだと……」


 東の国境という、王都から遠く離れた場所に居ても、王族の動向を掴んでいる事に感心する。


「耳が早いな」


「国境警備の任についておりますゆえ職務柄、何かと情報が入ってくる物で……」


「なるほど。それなら話が早い……。我が母の行方について聞きたいのだが?」


 そう尋ねれば、対面している顎髭の男は一転、真面目な表情になった。


「ディートリヒ殿下……。私は昔、殿下の母君と大変、親しくさせて頂いておりました。ですが、残念ながら母君の出奔に、私は関わっておりません……。近年は連絡すら取っておりませんでした」


「そうか……」



 カルミア伯がそう答えるのは想定内だった。国境警備の長官を務めている関係で、近年は王都に足を運んでいない。公妾ヘレネと書状を交わしていたような形跡も一切無かった。それゆえ、訪ねるのは一番後回しにしたのである。


 ただ、公妾が東から国外に出奔したと考えるなら、何らかの手助けをした可能性が拭いきれないのと、第二王子である自分が生まれる前、カルミア伯と公妾の間柄は大変親密であり、公妾はカルミア伯をかなり信頼していたと聞いていたから、こうして訪ねたのだが……。



「それよりもディートリヒ殿下……。私は、こうして殿下とゆっくり話が出来るのを僥倖だと思っております」


「……」


 にこやかに話しかけてくるカルミア伯の言を聞きながら、王族に対する、ありがちな、ご機嫌取りの言葉かと内心、うんざりしながらも表面上は出さないようにポーカーフェイスを装っていると、カルミア伯は俺の目を真っ直ぐに見ながら、自身の顎髭を撫でつつ、口角を上げた。



「殿下の瞳。青と水色に緑色が入っておりますが、不思議に思いませんか?」


「?」


「ディートリヒ殿下の母君と父君は青い瞳。母君の父である元宰相閣下は水色の瞳。では、緑色はどこから出て来たのかと……」


「何が言いたい?」


「その殿下の瞳……。緑の色は、私の瞳と、よく似ていると思いませんか?」


「カルミア伯、其方まさか……」


 対峙する顎髭の男を睨み付けると、カルミア伯は忠誠を誓うかのように自身の胸に手を当て、薄緑色の目を細めて囁く。


「ディートリヒ殿下……。私は誰よりも、殿下のお味方であると申し上げたいのです」


「……」


「もし、私の力を必要とされる時はいつでも、お声をおかけ下さい……。必ず、馳せ参じましょう」


「カルミア伯……」


「は」


「仮に、俺の父親が国王陛下でないとすれば、今まで第二王子を名乗っていた俺は、国を欺いた大罪人という事になる」


「!?」


 愕然とするカルミア伯を冷ややかに見て殊更、冷淡に告げる。


「はっきり言っておくが……。俺は野心家の其方と違って、兄上が王位を継ぐのを望んでいるし、其方の力を借りようとも思っていない」


「……」


「先ほどの話は聞かなかった事にする。……邪魔をしたな」


「ディートリヒ殿下!」



 顔色を変えたカルミア伯に呼び止められるが、構わず客間を出る。廊下で待機していた侍従のヨハンが慌てて付き従う。馬車に乗り込みカルミア伯の居城を後にした所で、侍従がおずおずと口を開く。



「殿下……。今日はカルミア伯の居城に滞在する予定だったのでは……?」


「その予定だったが、カルミア伯のもてなしを受ける気になれなくなった。予定を繰り上げて、このまま南にあるヴァイスヒルシュ城に向かう」





 ヴァイスヒルシュ城は、何代も前のグルーテンドルスト国王が、この地域で狩猟をする際、滞在する為に建築された城だ。湖の上に建てられ、城へは一本の橋を通過することでしか侵入出来ない為、短期の警護面から言えば十分だろうが、国境近くにある城としては規模が小さく、心もとないように思える。


 当時のグルーテンドルスト国王は自身の威光を、他国に見せつけるためにヴァイスヒルシュ城を建てた為、外観、内部問わず華麗な彫刻が施されているが、辺境の城に過剰な装飾を施すのは、はっきり言って無駄としか思えなかった。


 おまけに長期滞在を想定していないので、城内の高すぎる天井、広すぎる居住空間が仇となり冬場は、暖房が充分に行き届かないという有り様で、現在は最低限の人数を配置し、国が管理しているという状態である。



「幸い、今は本格的な冬ではないし……。カルミア伯の居城に宿泊するよりは、城主不在のヴァイスヒルシュ城の方がよっぽどマシだな……」



 城主不在で普段利用されていないだけあって調度品も満足に揃っていないような城だが、贅沢をする為にやってきた訳では無い。最低限、雨風がしのげれば問題ない。食事も狩猟で鹿や猪などを狩った上で、不足分は近隣の町から買い求めればいい。



 ヴァイスヒルシュ城に到着してからは、白い石造りの螺旋階段を上がって二階の居室へ向かう。幸い、王族が利用する居住区域は、しっかりと清掃が行き届いているおかげで、滞在するのは問題ない。


 居室の壁に飾られた、雄鹿の骨格標本が視界に入るが、観察する気にもなれず、長旅の疲れもあって革張りのソファに腰かけ大きな溜息を吐く。



 カルミア伯の居城で交わされた会話を思い出して、眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。カルミア伯の狙いは、第二王子である自分にクーデターでも起こさせて、王位を簒奪させ、その折りには一番の協力者として力を貸す代わりに、成功の暁には相応の地位を要求したかったのだろう。



「馬鹿な事を……。瞳の色が緑だからといって……」



 革張りのソファから立ち上がり、白い壁にはめ込まれている鏡を覗き込み、自身の両眼を見据える。サファイア、アクアマリン、エメラルドを閉じ込めたような……。と人々に評される自分の瞳に、カルミア伯と酷似した緑色があるのも確か……。そう思っていた時、不意に居室のドアがノックされ、侍従のヨハンが姿を見せる。



「ディートリヒ殿下、食事の用意ができました」


「ああ、今行く。……そうだ。一つ、調べて欲しい事があるんだが」


「?」


「公妾が俺を産む、前後の事を調べて欲しい。当時の公妾と王に関する公的な記録。……あと、当時の公妾に関する噂話なども知りたい」


「殿下がお生まれになる前となると……。かなり、昔の事になりますね」


「ああ。だが、必要な事だ」


 カルミア伯の言葉が事実に基づく物なのか、それとも狂言なのか把握しておかねばならない。


「分かりました……。しかし、公的な記録はともかく、信憑性に疑いがあるような噂話まで、わざわざ殿下のお耳に入れなくとも……」


「いや、それも知っておきたい。どんな噂話でも構わない。情報を集めたら、包み隠さず教えて欲しい」


「……かしこまりました」





 ヴァイスヒルシュ城に滞在しながら、南方で何らかの情報が無いか調べるが、何も掴めないままだった。このまま、何の手がかりも無く、おめおめ王都に帰ることは出来ない……。そう思っていた矢先、思いがけない相手からの書簡を侍従が持ってきた。


「ディートリヒ殿下……。ブランシュフルール公爵令嬢から書簡が届いておりますが……」


「ブランシュフルール?」


「はい。アルヴィン殿下の元婚約者であられた公爵令嬢でございます」


「ああ……。そんな名前だったな」


 書簡を開けて、中にあった書状に目を通せば、思わせぶりなことが書いてあった。



「これは……」


「ブランシュフルール公爵令嬢からの書状に何か?」


「『殿下の探しておられる案件の情報を、お会いした際に直接、お話します』……と書かれている」


「!」


「アルヴィンの元婚約者……。今回の件に関わっていないと思っていたが、ブランシュフルール公爵令嬢か……」


「ディートリヒ殿下……。どうされますか?」


「面白い。会ってみよう」



 どうせ、グルーテンドルスト国内は、すでに調べつくした。父王から国外に出ないように言われているが、ブランシュフルール公爵令嬢が、こちらに訪ねてくるなら何ら問題ない。


 暫く、ヴァイスヒルシュ城する予定だから、いつでもこちらを訪ねて構わないと返事を出せば、ブランシュフルール公爵令嬢は、驚くほど早くやって来た。




 公爵令嬢とは二人きりで話がしたいと告げればヨハンは、何か言いたげに表情を曇らせたが、差し出がましく意見する立場ではないとわきまえている侍従は、指示を了解して退室した。


 ブランシュフルール公爵令嬢が通された客間に足を運べば、菫色のドレスを着た令嬢が客間の壁に掛けられた物に眉を顰めていた。



「また鹿の骨……。この城の主はかなりの骨格標本好きなのね……」


「この城は元々、ここを建設した王が狩りで滞在する為に造られた城だからな」


「!」


「頭部骨格標本が、そこかしこに並べられてるのは、自分の狩猟の成果を後世にも誇示したいと考えたのだろう……」



 俺の声に驚き、振り返った令嬢は、夜明け前の空を思わせる瞳を見開いて驚嘆している。俺に初めて会う者は大概、俺の瞳……。サファイア、アクアマリン、エメラルドが同居するかのような虹彩に驚き、このように言葉を失うので構わず、城についての説明を続ける。



「当時の王が、この城に滞在した日数は数える程なのだがな……。ここは国内外に権威を見せつける為だけに造られたと言っても過言ではない。長期間、滞在するには不向きな城だ」


「……」


「全く余計な物を遺してくれたものだ……。こんな城を維持、管理する子孫の手間を全く考慮していなかったのだろうな」



 実際、滅多に王族がここを訪れることは無く、維持費だけでも結構な負担の上、あまりにも使われていない所為で、調度品や日用品すら碌に揃っていないなど、外観からは想像もつかないだろうなと、うんざりしながら考えていれば、公爵令嬢が薄紅色の唇を動かす。



「貴方は……」


「ディートリヒ。……第二王子だ」



 何気なく植物の意匠が施された灰色大理石の暖炉を触りながら名乗れば、我に返った令嬢は、一瞬で気を取り直し、菫色のドレスの裾を摘まんで優美に一礼した。



「お初に御目にかかります。ファムカ国のエリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールでございます。急な申し出にも関わらず、御目通りをお許し頂き、恐悦至極にございます。


「弟と婚約破棄となった其方と、会う気になったのは他でもない。書状に『殿下の探しておられる案件の情報を、お会いした際に直接、お話します』と書かれていたからだ。……誠であろうな?」


「誠でございます。ディートリヒ殿下が捜索されてる案件、二つの真相をお話できるかと存じます」


「二つ……。だと?」


「はい」



 真っすぐにこちらを見つめる公爵令嬢は、僅かに口角を上げて深く頷いた。



「いいだろう。話してみよ。……ただし虚偽は許さぬぞ」


「分かりました。ですが、私の口からご説明するより、殿下の弟君から直接、お聞きになられた方が早いかと存じます」


「!」


「お呼びしてもよろしいですか?」


「アルヴィンがいるのか!?」


「はい。すぐにお呼びしますわ」



 笑顔でそう告げたブランシュフルール公爵令嬢は、菫色のドレスを翻し、颯爽とバルコニーへ出て行く。思わず眉を顰めながら問いかける。


「同行しているのなら、控えの間に居るのではないのか?」


「控えの間にはおりませんわ。今、湖に居ますので」


「?」


 従者や連れの者は、客間に隣接している控えの間に居る筈だが、そこではなく『湖』とは、どういう事だと疑問に思っていると公爵令嬢は湖面に向かって微笑み、手を振り出した。


 彼女の視線の先に人影は無い。ぷかぷかと一羽の白鳥が浮かんでいるのみである。唖然としていると、手を振る令嬢に気づいた白鳥が首を伸ばし、大きな翼を広げて羽ばたきだし、勢いをつけて離水したかと思えば空中で大きく旋回して公爵令嬢が佇んでいる石造りのバルコニーに舞い降りた。



「なっ!?」


「驚くことはありませんわ。この白鳥は……」



 屈託なく微笑むブランシュフルール公爵令嬢が、頭を撫でている白鳥は、こちらを上目遣いで、じっと見つめている。妙な違和感を感じていると、その白鳥が一歩前に出て、おずおずと口を開く。



「兄上……」


「その声、まさか……!?」



 俺を『兄上』と呼ぶのは弟だけであり、白鳥から発された声は間違いなく、行方をくらましていた弟の物だった。しかも、よくよく見れば白鳥の瞳は深い蒼色。弟と同じ色だ。


「……アルヴィンなのか?」



 愕然としながら問いかければ、白鳥は知性を感じさせる瞳を煌めかせて頷いた。あまりにも変わり果てた姿の弟を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていれば、立ち話も何ですからと公爵令嬢に促されるまま客間のシングルソファに腰かけた。


 ブランシュフルール公爵令嬢が二人掛けソファに座れば、白鳥は彼女の横に鎮座した。さも当然という顔で、公爵令嬢の横に座る白鳥に一体、何から聞くべきか混乱していると、ブランシュフルール公爵令嬢と白鳥は静かに語り出した。



 行方不明になった日、すでに公妾を手にかけ、箍が外れたジュリアによって、姿を白鳥に変えられ、そのまま城を出た。その経緯と理由を聞いて愕然とした。


 アルヴィンは、弟のジュリアにこれ以上、罪を重ねさせない為……。そして、俺やジークフリート兄上を守る為に、黙って白鳥の姿のまま城を出たのだ。



 その後、グルーテンドルストとの国境近くにあるという、ブランシュフルール公爵家の屋敷近くにある湖で、白鳥と化したアルヴィンと公爵令嬢が偶然に出会い、ケガを負った白鳥を屋敷で治療していた。


 傷が癒えかけた頃、屋敷を訪ねたジュリアが、ブランシュフルール公爵令嬢を害そうとしたのだと聞いて、思わず手で顔を覆い、大きく溜息を吐いた。



「はぁ……。そんな事が……。道理で国中をいくら探しても、手がかりが掴めない筈だ」


「その。ディートリヒ殿下の、お母様のことは……」



 公爵令嬢は、俺が実母を殺害されたと知って、ショックを受けているに違いないと気遣っている様子だが、自分でも驚くほど、心は痛まなかった。



「ああ……。あれと母の関係が良くなかったのは知っていたが、殺害にまで至るとはな……」


「……」


「まぁ『あの女』の身から出た錆だな……。そこまで恨まれた末に殺されたのだから、相応の報いを受けたという事なのだろう」



 正直、実母とはいえ、俺よりも宝石やドレスを愛していた女だった。物心ついた時から、気にかけて貰った記憶は全くと言っていいほど無い。


 俺が幼い頃、留学という名の人質状態で隣国へ行く事になった時には、他国へ送るのを反対したが、公妾も王子と共に隣国へと水を向けられた途端、あっさりと俺を見捨てた事を思い出す。


 実の母子でありながら、情を感じないという意味では『あの女』と俺は似ているのかも知れないな……。と妙に冷静な頭で考えながら、視線を落としていると、白鳥の姿をした弟、アルヴィンが話し出す。



「ジュリアは公妾ヘレネ殺害のみならず、エリナの殺害も企て、自ら手を下そうとした」


「ああ。自国の人間のみならず、他国の公爵令嬢の命まで狙うとはな……。最早、放置する事は出来ない。一刻も早く、身柄を抑えるべきだろう」



 完全に、灯台下暗しだった……。一番最初にジュリアが怪しいとは思ったが、よもや白鳥に姿を変えられてるとは夢にも思っていなかった為に、見当違いの場所を調べまわっていた、自分が滑稽すぎて軽く項垂れる。



「兄上……。公妾の遺体は土の下だとジュリアは言っていた」


「案外、王都の城内に埋められてるかも知れないな……。帰ったらすぐ父上に報告しよう。怪しい場所を捜索させれば、意外とあっさり見つかるやもしれん」



 俺の言葉に白鳥が強く頷く。殺人として罪を追及する為にも、公妾の死体は見つける必要がある。差し当たっての目標は定まった。



「そうと決まれば、王都に戻るが……」


「?」


 じっと見つめると白鳥は、きょとんとした様子で小首を傾げた。


「アルヴィン……。お前も、王都に帰らぬか? ルイーズがとても心配している……。いつまでも、ブランシュフルール公爵令嬢の元に身を寄せる訳にもいくまい」


「……」


「ジュリアとは顔を会わせないようにすれば問題なかろう?」


「俺は……」



 アルヴィンは俯いて黙り込んだ後、横にいるブランシュフルール公爵令嬢をチラリと見る。おや、と思っていると、白鳥の様子を見かねた公爵令嬢は口添えする。



「今の段階で、この姿のまま王都に戻るのは、気が進まないようですし……。私の方は、このまま滞在して頂いても問題ありませんが……」


「そうか。……まぁ、そうだな。突然、白鳥の姿で王都に帰るのも気が引けるか」


「……はい」



 迷い無く、ゆっくり頷くアルヴィンを見て確信した。ブランシュフルール公爵令嬢が、ジュリアに命を狙われたから心配なのもあるだろうが、彼女の傍を離れたくないから、弟は王都に帰りたくないのだと……。それに気づいて、思わず笑みが零れた。



「一先ず、安否が分かっただけでも、良しとしよう」


「兄上……」


「ともあれ、生きてくれていたのは幸いだった。これでお前の母君に報告ができる」



 一先ず、自分が城を出た目的……。アルヴィンの所在と無事を確かめる事は出来た。完全とは言えないが、吉報を持って帰れる事に安堵していると、白鳥は神妙な面持ちで話す。



「母上には……。よろしくお伝え下さい」


「分かった」


 鷹揚に頷いた後、ふと思いついた事を実行すべくソファから立ち上がる。


「ブランシュフルール公爵令嬢」


「はい?」


 公爵令嬢の至近距離まで近づき、彼女の顎をクイと上向きにする。驚きで令嬢の瞳が大きく見開かれる。それに気を良くして、互いの睫毛が触れそうな程、至近距離まで顔を近づけ囁く。



「其方の瞳は、まるで宝石のようだな」


「!」


「あ、兄上っ!?」



 これ以上ない程、口と目を開き愕然とする白鳥の様子に、くつくつと笑いが込み上げる。俺の知っている弟アルヴィンは、この程度の事で、そこまで取り乱したりはしない。


 つまり、この公爵令嬢は弟が取り乱すほど、大事な女性という事である。仕事一筋だったアルヴィンが……。口元を手で押さえるが、笑いで震える肩まで抑える事は出来なかった。



「ディートリヒ殿下……。お戯れはおよしになって下さいませ」


「いや、本心を言っただけなのだが……」



 完全に、からかわれたと思った公爵令嬢は柳眉を逆立てているし、白鳥も俺の意図に気付いて、憮然としている。



「兄上……」


「悪かった。お前の母君には、確かに伝えるから許せ……」


「……」


「ジュリアを拘束し次第、そちらに連絡する」



 恨みがましい目で俺を見つめる白鳥が、面白くて仕方なかったが、これ以上からかうのは流石に不味いと気づき、ことさら真面目な表情で告げて客間を出た。

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