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第三十八話 「第二王子の行動」

 引き続き捜索させるも、ようとしてアルヴィンの行方は掴めなかった。実の息子が突如、行方をくらましたことを受け、ルイーズ王妃の表情は日々、翳りがちになっていった。俺は父王に提案した。



「父上……。弟、アルヴィンの行方が、ここまで分からないのは、何らかの事件に巻き込まれた可能性も考えられます」


「ディートリヒ……」


「怪しいと思われる貴族の所領を、視察の名目で訪ねながら、アルヴィンの行方を調べたいのですが、お許しを頂けないでしょうか?」



 二度ある事は三度あると言うし、ここで放置すれば再び王家の者が突如、行方不明になるという事件が起こる可能性がある。徹底的に調べなければならない筈だ。嘆願すれば父王は大きく溜息を吐いた。



「そうだな……。王家の者がこの短期間で二人も姿を消し、両人ともお前と関係の深い者だ……。其方が直接、捜索に携わりたい気持ちは分かる」


「では、ご許可を頂けますか?」


「今回は特例として許そう……。ただし、千人の兵を護衛としてつかせること。そして、国外に出る事は許さんぞ」


「護衛に千人ですか?」



 国内のみであるなら滅多な事もなかろうし、少ない人数であった方が、すぐに動きが取れると思っていたのだが、護衛に千人とは……。


 国王や王太子ならまだしも、自分に対して割くには、些か人数が多いのでは無いか? そう戸惑っていると、父王はこちらの胸中を察して軽く頷く。



「アルヴィンの行方が分からない今、もし其方にまで何かあれば、我が妃ルイーズの哀しみが如何ばかりになるか分からぬからな」


「……心得ました」


「ルイーズは其方の事を、実の息子同様に思っている。くれぐれも忘れぬようにな」


「…………はい」




 こうして父王の許しを得て、怪しいと目星を付けた貴族の邸宅、居城、領地を視察と称して捜索する事となった。と言っても、アルヴィンと直接関係ある貴族で、妙な動きがある者は見当たらない。


 公妾ヘレネと、今回のアルヴィン失踪が繋がっていると考えるなら、公妾と親しくしていた貴族の中で怪しい者を当たってみるべきだと考えた。


 数々の男性貴族と親しくしていたと噂があった公妾だが、中でも名門貴族のラークスパー卿と、カルミア伯が特に怪しいと思えた。



 ラークスパー卿に関しては、若い頃は色白で見目よい容姿の貴族であり、一時は公妾自らが、公妾職を辞して結婚するのではないかと、まことしやかに噂が流れたほどの人物である。一方、カルミア伯は教養がある上、兵法にも優れ、国境警備の長官という要職をつとめている実力者だ。




 まずは手始めに王都の邸宅に居る、ラークスパー卿を訪ねると、やたら金メッキの装飾や調度品が目立つ客間に通された。


 もみ手で現れたラークスパー卿は近年、暴飲暴食がたたり、下腹にでっぷりと脂肪がつき、時の流れの残酷さを感じずにはいられない容貌となり果てていた。


 さらによく見れば、卿の白目部分は黄色く濁っており、何らかの重い内臓疾患を抱えているのではないかという印象を持った。



「これはこれは、ディートリヒ殿下」


「ラークスパー卿。今日、こちらに参ったのは他でもない」


「わざわざ、私の所に参られたという事は……。殿下のお母上の件でございますね?」


 口角を上げながらも、ラークスパー卿の目は笑っていなかった。


「うむ……。一時は我が母と、真剣に結婚を考えるほど親密であった卿なら、何か知っているのではないかと思い、足を運んだのだが」


「ディートリヒ殿下……。確かに私は、貴方のお母君。ヘレネ様とは狩猟や観劇、賭博など、何かと趣味が合いましたし、真剣に結婚を考えた時期があります」


「……」


「ですが、昔の話です。ヘレネ様が出奔されたと聞いて驚きましたし、密かに身を案じてはおりますが、ヘレネ様の行方を、私は存じ上げません」


「ラークスパー卿……」


「ヘレネ様が親しくしていた貴族の手引きで出奔したという噂は、私の耳にも入っております。ですが、少なくとも私は、手引きも関与も一切、致しておりません」


「……」


「もし、お疑いなのでしたら、どうぞお調べください。尤も、時間の無駄になるだけかと存じますが」


「噂通り、我が母の手助けをするなど、ありえないと?」


 真剣な表情で問えば、ラークスパー卿は目を見開き、オーバーリアクションで否定した。


「ありえません! ……正直、私は若い女の方が好みでして。殿下ほどの子供を持つ女性と、今さら積極的に、深い仲になろうとは思わないのです」


「……」


 必死に、公妾とは現在無関係だと主張するラークスパー卿が一転、神妙な面持ちになる。


「どうせ、お調べになるでしょうし、白状いたしますが」


「?」


「私には現在、年若い愛妾が複数おります」


「……」


 言葉を失っていると、ラークスパー卿は一方的に熱弁をはじめた。


「やはり女は若いのが一番ですぞ! もし殿下が若い愛妾をお探しでしたら、私が見繕っても……!」


「もうよい……。話は終わったので帰るとする。邪魔をしたな」




 後日、ラークスパー卿の身辺を調べさせた所、ラークスパー卿自身の子供よりも若い愛妾を何人も抱えていた上、自分の愛妾を他の有力貴族にたびたび紹介するといった、高級売春婦の斡旋同然の事をやっているのが判明した。



「どうせ、ああいう輩はロクでもない事にも手を出してるだろう。徹底的に調べさせよう……」


 そう考え、念入りに調べさせれば脱税、収賄、違法薬物の売買など、呆れるほど悪行が出てきた。特に脱税は、他国の者に財産を譲渡したと見せかける事で課税を逃れるという、証拠をおさえるのが困難な手法が取られていた。



「こんな法律の網を搔い潜る方法を思いつくとは……。新たな法整備も必要だろうな……。一先ず、判明した罪状は全て、父上に報告しておこう……」



 こうしてラークスパー卿の不正行為などが王の知る所となり、今まで脱税していた分を遡って徴収されるのは勿論、他の余罪も徹底的に追求される事となったのだった。





 ラークスパー卿の不正行為を暴いた後、王都を離れた。公妾と親しかった貴族の所領などで怪しい動きがないか調べる為である。


 片っ端から調べさせたが、残念ながら行方不明中のアルヴィンに繋がる手掛かりは一切見つからず、同じく行方知れずの公妾に関しても同様だった。



「目ぼしい貴族は殆ど調べ終わったな……。残るはカルミア伯……」



 地図を眺めながら、目の前に置かれた白磁器のカップに手を伸ばす。琥珀色をした、熱い液体がたゆたうのを眺めながら、芳ばしい香りを楽しむ。


 口元でカップを傾ければ、ほろ苦い味が舌の上に広がる。そして苦みを感じると同時に、疲労で思考力が低下していた頭が徐々に冴えていく。


 出入りの商人から「遥か、南東の国々でコーヒーなる飲み物が大流行しておりまして、飲めば眠気が取れて爽快な気分になります。仕事の合間に飲めば、仕事の効率が上がりますし毎朝、愛飲している者も多いです」そう聞いて試したところ、確かに飲めば、目が冴えるのを実感した。



 コーヒーで思考力が回復した頭で考える。カルミア伯の領地は王都から最も離れた国境に面する。公妾が出奔するなら、国内では地理的に一番、身を寄せやすい環境ではある。


 それに当初から、カルミア伯はラークスパー卿と並んで怪しいと睨んでいた人物である。今度こそ、何かしら手掛かりが掴めるかも知れない。カルミア伯の領地は国の東に位置する場所にあった。地図を見ながら一人ごちる。


「東か……。昔を思い出すな……」



 まだ幼かった頃、グルーテンドルスト国と、東のセンタウレア国との国境地帯で、頻繁に小競り合いが起こっていた。王都の城に住んでいる第二王子という身分では、そのような小競り合いは関係ない世界の話だと思っていたのだが、思わぬ形で我が身に降りかかってきたのを昨日の事のように思い出す。




 ある日、急遽、父王に呼び出された。当時、教育係を務めていたルイーズと共に、父王の元を訪ねれば、母である公妾ヘレネも居た。



「おお、ディートリヒ! よく来てくれた。実は其方に交換留学の話があるのだ」


「交換留学?」



 寝耳に水の話で戸惑うが、父王は満面の笑みで大きく頷く。


「センタウレア国の第二王子と、我が国の第二王子である其方の交換留学だ! 若い間に他国で見聞を広めるのは良いことだぞ!」


「……」



 センタウレアといえば国境地帯で我が国と、たびたび諍いが起こっているのだと、自分の耳にも入ってきている。決定的な戦争には発展してはいないが、決して友好国と言い切れる国では無いはずだ。そんな思いを代弁するかのように公妾が気色ばむ。



「陛下! そんな見え透いた事を言うのは、お止めになって下さい!」


「ヘレネ……」


「先日まで戦があった国にディートリヒを送るなんて!」



 声を荒らげる公妾の姿を見て、その場にいる者は皆、一様に驚いた。第二王子ディートリヒを産んだ後は、子育てなどに無関心で、公妾はひたすら享楽的に生きていたからだ。


 自分の子供と過ごす事より、美しい宝飾品やドレスを愛しており、気に入った宝飾品は金に糸目をつけず買い求め、年間150着以上のドレスを作らせた。正妃ソフィアですら、そこまでの贅沢はしていないと言われている。


 そればかりか、公妾は賭博に大金を費やし、王廷費の支出は莫大な物となっていると陰口を叩かれている。そんな公妾ヘレネの意外な『母』としての表情と意見に、王は驚きながらも諭す。



「戦とまではいかぬ。小競り合いだ」


「体の良い人質である事にかわりないですわ!」


「そうは言うが……。今は軽い小競り合いで済んでいるから良いが、このまま何も手を打たずに放置しておけば、大きな被害が出るやも知れん。それは両国とも望んでおらぬ」


「……」


「二国間が友好関係を築いていく証に、両国の王子を互いの国で、一時的に預かるとすでに決まっておるのだ」


「そんなっ! こんな幼い王子を単身、他国に寄越すなんて!」


 なおも食い下がる公妾に、王は神妙な面持ちで語り出す。



「……それなんだがな。センタウレア国側の第二王子の母も、王子一人をこちらにやるのは反対していてな」


「!」


「それで、どうしてもセンタウレアの第二王子をグルーテンドルスト国に滞在させねばならないなら、子供と一緒に母親もついて行きたいと言ってるそうなのだ」


「なっ!?」


「ちょうどセンタウレア国の第二王子の母親は公妾でな……。我が国の公妾もディートリヒと共にセンタウレア国へ行くなら……」


 幼い我が子が心配なら一緒についていけばいい。そう勧める王に公妾は顔色を変えた。

 

「嫌です! 何で私が人質にならないといけないんですのっ!? 冗談ではないわ!」


「……」


「人質は第二王子同士と決まってるなら、そうすればいいでしょう!? センタウレア国の公妾が勝手にこちらへ来たいと言っているのに何故、私まで巻き込まれないといけないのですか!? 私は絶対に行きません!」



 幼い王子一人を他国に送るのを猛反対していた公妾ヘレネだったが、話の矛先が自分に向いた途端に、あっさりと公妾は我が子を見捨てた。あまりの変わり身の早さに、その場にいた者は全員、閉口した。


 そして、国の為とはいえ、父王から外交の道具として扱われる事にショックを隠し切れなかった。尤も隣国と平和的な道を模索する中での手段なのだから、国王としては恐らく、正しい判断なのだろう……。


 それにしても今さらながら、公妾は実の子より、自身の保身が優先だったのを目の当たりにして、流石に唖然とした。そもそも、王子をセンタウレア国にやりたくないと反対していたのも、ディートリヒにもしもの事があれば、王子の母親であるという地位を失ってしまう危機感からだったに違いない。



 過去の歴史を鑑みても、王子として生まれたからには、このような形で他国へ行く可能性があると、頭では理解していたつもりである。しかし、いざ自分がその立場に置かれると、胸中の不安が増してくるばかりだった。


 何しろ、センタウレア国と本格的な戦にでもなれば、自分は留学扱いから一転、人質となり最悪、殺される可能性があるのだから……。内心の不安に押しつぶされそうになっていた時、一人の女官が一歩、前へ出た。



「お待ち下さい!」


「!?」


 声を上げたのは正妃の女官を務め、現在は王子の教育係をしているルイーズだった。



「それならば、私が……! 私がディートリヒ殿下と共に、センタウレア国に参りとうございます!」


「ルイーズ……」



 危険を顧みず、国外にまで随行したいと懇願してくれたのは、その場でルイーズだけだった。彼女の優しさに幼いながらも心を打たれた。



 しかし、結論から言うとルイーズが、センタウレア国に随行する事は無かった。後日、ルイーズが王の子供を身籠っている事が判明したからだ。



 身重となった以上、出産前後はとても第二王子付きの女官として働くことは出来ない。また、王の子を出産するルイーズをセンタウレア国へ送ることは出来ない。二重の理由で随行は不可能となり、ルイーズは項垂れた。



「申し訳ございません……」


「ルイーズ。いいんだ……。産まれてくる子の為にも、これが最善だ」


「ディートリヒ殿下……」


「それより、身体を大事にして元気な子を産んでくれ」


「はい……」



 紫水晶色の瞳に涙を浮かべるルイーズに別れを告げ、父王の指示通り、センタウレア国へと向かった。幸い滞在中に、国境の諍いが悪化するような事は無く、数年間の留学生活を無事に終えることが出来た。


 帰国して再会を涙ぐみながら喜んでくれたルイーズと、幼いアルヴィンに会った時には、この弟とルイーズの事だけは、何を置いても守ろうと心に誓ったものだ。



 尤も、その後、誕生したジュリアに関しては、会うたび親の仇でも見るかのような目で睨みつけられていたし、二人での会話もほとんど無かった為、ジュリアには全く情が湧かなかった。



 公妾が消えた後、アルヴィンから、実はジュリアの性別は男であると打ち明けられた時は驚嘆したが、同時に何故ジュリアが長年、怨敵でも見るかのような目で俺を見ていたのか納得出来た。


 自分の人生を狂わせた公妾の子供も、同様に憎かったに違いない。しかし、それを知った所でジュリアに対し、取り立てて憐憫の情が湧くことは無かった。


 アルヴィンの方はいつまでもジュリアが、女の姿のまま過ごしきれる物ではないと考え、病気を理由に暫く人目を避けた後、女性としては病死した事にして、ジュリアに男性として人生をやり直させたいと考えていたようだったが、ジュリアが首を縦に振らないと途方に暮れていた。



 過去の事を思い出していたら、手元のコーヒーはすっかり冷めていた。芳香が失われた苦い琥珀色の液体が入った白磁器のカップを召使いに下げさせる。そして、明日以降のことについて思いを巡らせた。

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