第三十三話 「公爵令嬢は第二王子に会う」
「当時の王が、この城に滞在した日数は数える程なのだがな……。ここは国内外に権威を見せつける為だけに造られたと言っても過言ではない。長期間、滞在するには不向きな城だ」
「……」
客間に現れた貴公子の両眼は、サファイア、アクアマリン、エメラルドを瞳に閉じ込めたかのような、見たことも無い美しい虹彩だった。ただでさえ見目麗しい容姿に加えて、この神秘的な瞳。思わず言葉を失う。
「全く余計な物を遺してくれたものだ……。こんな城を維持、管理する子孫の手間を全く考慮していなかったのだろうな」
面倒そうに呟く、美貌の貴公子に確信を持ちながら問いかける。
「貴方は……」
「ディートリヒ・フォン・グルーテンドルスト。第二王子だ」
「お初に御目にかかります。ファムカ国のエリナ・アンジェリーヌ・ド・ブランシュフルールでございます。急な申し出にも関わらず、御目通りをお許し頂き、恐悦至極にございます」
一礼しながら思い出す。学生時代、同級生が第二王子の美貌を絶賛していたが、実際、目の当たりにすれば、女性が色めき立つのも納得できた。内心、緊張しながらも何とか挨拶をした私に、金髪のディートリヒ王子は告げる。
「弟と婚約破棄となった其方と、会う気になったのは他でもない。書状に『殿下の探しておられる案件の情報をお会いした際に直接、お話します』と書かれていたからだ。……誠であろうな?」
「誠でございます。ディートリヒ殿下が捜索されてる案件、二つの真相をお話できるかと存じます」
「二つ……。だと?」
「はい」
ディートリヒ王子の中では行方不明の弟、アルヴィン王子に関する情報が、元婚約者である私から、何か少しでも聞ける可能性があると思っていたのだろうが、こちらはそれ以上に伝えたい事がある。深く頷けば、ディートリヒ王子は冷ややかに見つめる。
「いいだろう。話してみよ。……ただし虚偽は許さぬぞ」
「分かりました。ですが、私の口からご説明するより、殿下の弟君から直接、お聞きになられた方が早いかと存じます」
「!」
美貌の王子の両眼が、驚きで見開かれる。
「お呼びしてもよろしいですか?」
「アルヴィンがいるのか!?」
「はい。すぐにお呼びしますわ」
笑顔でそう告げて颯爽とバルコニーに出る私を、ディートリヒ王子は訝しげに眉を顰める。
「同行しているのなら、控えの間に居るのではないのか?」
「控えの間にはおりませんわ。今、湖に居ますので」
「?」
私が第二王子の問いに答えながら眼下に視線をやれば、ちょうど近くの湖面に浮いているのが見えた。手を振れば、白鳥は気づき頭を上げた。
さらに手招きすれば白鳥は頷き、翼をバサバサと広げ、水面を滑るように助走して勢いをつける。小鳥などと比べて、身体が重い白鳥は急に飛ぶことが出来ない。
勢いがついた所で離水して飛び立ち、空中を大きく旋回して、私が居る石造りのバルコニーへ舞い降りた。突然、目の前に現れた白鳥に第二王子は目を見開く。
「なっ!?」
「驚くことはありませんわ。この白鳥は……」
私が説明する前に、白鳥は真っすぐにディートリヒ王子を見つめ、ゆっくり口を開く。
「兄上……」
「その声、まさか……!?」
驚きを隠せないディートリヒ王子に、私と白鳥は事情を説明した。アルヴィン王子が行方不明になった日、何があったか……。辺境に来て私と出会い、その後、ケガを負って屋敷で治療していたこと。
ジュリアが屋敷に訪ねて来た時の事も……。全て聞き終わると、美貌の王子は片手で顔を覆い、大きな溜息を吐いた。
「はぁ……。そんな事が……。道理で国中をいくら探しても、手がかりが掴めない筈だ」
「その。ディートリヒ殿下の、お母様のことは……」
実母を殺されたと知り、ショックを受けているであろう王子に言葉をかけるが、ディートリヒ王子は眉ひとつ動かさず答える。
「ああ……。あれと母の関係が良くなかったのは知っていたが、殺害にまで至るとはな……」
「……」
「まぁ『あの女』の身から出た錆だな……。そこまで恨まれた末に殺されたのだから、相応の報いを受けたという事なのだろう」
実母を「あの女」と呼び、冷淡に言い放つディートリヒ王子の瞳に、哀しみの色が見受けられず驚く。どうやらディートリヒ王子と実母である公妾ヘレネの間に、一般的な親子の情は存在していなかったようだ。
公妾ヘレネは、ジュリアの母親をいじめていたそうだし、評判の悪い実母に対してディートリヒ王子も以前から思うところがあったのかも知れない……。そんな第二王子の反応が想定の範囲内だったらしく、白鳥は構わず弟の罪状について言及する。
「ジュリアは公妾ヘレネ殺害のみならず、エリナの殺害も企て、自ら手を下そうとした」
「ああ。自国の人間のみならず、他国の公爵令嬢の命まで狙うとはな……。最早、放置する事は出来ない。一刻も早く、身柄を抑えるべきだろう」
「兄上……。公妾の遺体は土の下だとジュリアは言っていた」
「案外、王都の城内に埋められてるかも知れないな……。帰ったらすぐ父上に報告しよう。怪しい場所を捜索させれば、意外とあっさり見つかるやもしれん」
トントン拍子で話が進んでいく。この分なら、ディートリヒ王子が王都に戻り次第、ジュリアを拘束出来そうだ。
「そうと決まれば、王都に戻るが……」
「?」
ディートリヒ王子はじっと白鳥を見つめ、諭すように告げる。
「アルヴィン……。お前も、王都に帰らぬか? 義母上がとても心配されている……。いつまでも、ブランシュフルール公爵令嬢の元に身を寄せる訳にもいくまい」
「……」
「ジュリアとは顔を会わせないようにすれば問題なかろう?」
「俺は……」
白鳥が俯いて黙り込んだ後、横目でチラリと私を見るので一応、私の意見も話す。
「今の段階で、この姿のまま王都に戻るのは、気が進まないようですし……。私の方は、このまま滞在して頂いても問題ありませんが……」
「そうか。……まぁ、そうだな。突然、白鳥の姿で王都に帰るのも気が引けるか」
「……はい」
長い首で、ゆっくりと頷く白鳥に、美貌の王子は微笑する。
「一先ず、安否が分かっただけでも、良しとしよう」
「兄上……」
「ともあれ、生きてくれていたのは幸いだった。これでお前の母君に報告ができる」
満足そうに微笑む王子に白鳥は神妙な面持ちで話す。
「母上には……。よろしくお伝え下さい」
「分かった」
鷹揚に頷く王子と白鳥を見ながら思いの外、なごやかに話が進む様子に安心していると、不意にディートリヒ王子が私に視線を向ける。
「ブランシュフルール公爵令嬢」
「はい?」
ディートリヒ王子は靴音を鳴らして至近距離まで近づいた。と思っていたら、私の顎をクイと上向きにさせ、微笑して金色の長い睫毛が触れるかと思う程の至近距離で囁く。
「其方の瞳は、まるで宝石のようだな」
「!」
「あ、兄上っ!?」
目を見開き愕然とする白鳥を見て、ディートリヒ王子は自身の口元を押さえた。さらに俯きながら肩を震わせ、笑いを堪えきれないと言った様子だ……。
どうやら、王子の冗談だったらしい……。美形が間近で、微笑みながら見つめて囁くとか、心臓に悪過ぎる……。
「ディートリヒ殿下……。お戯れはおよしになって下さいませ」
「いや、本心を言っただけなのだが……」
そう言いながらも、口に手を当て、笑いが堪えきれてないディートリヒ王子に、白鳥の方は憮然としている。
「兄上……」
「悪かった。お前の母君には、確かに伝えるから許せ……」
「……」
ジト目で第二王子を見つめる白鳥を愉快そうに眺めた後、ディートリヒ王子は告げる。
「ジュリアを拘束し次第、そちらに連絡する」




