死神の葬送花
人工の光に青白く照らされた廃校の体育館で【氷の女帝】はひとり幌橋を待っていた。黒いドレスをまといステージの上で古風な装飾の椅子に腰掛けた姿は、まさに居城への不躾な来訪者を見下す女帝、口元には冷たい笑みを浮かべている。そして体育館の中には、彼女が育てた数百の本物の【氷の華】が咲いていた。
「すでに調査は終えている。お前の行動は侵略と認定された。罪を認め処罰を受け入れろ」
幌橋は最後通牒を口にする。たとえ受け入られずとも、たとえ巡らされた罠に飛び込むことだとしても。まあいつものことではあるが、と幌橋は自嘲った。
『こちらの言い分を聞く気はないようね。さて、改めて罪とは何なのかしら。私は生きるために必要なことをしただけよ』
「許すわけがないだろう。地球で生きるというなら他に平和的な選択肢もあったはずだ」
『私は生き方を変えるつもりはないわ。SOSの決めた保護星域なんて、すでに有名無実でしょうに』
「それでもそれを守るのが我々の存在意義だ。抵抗するなら強権をもって排除を執行する」
『やれるものならね。返り討ちにしてやるわ【宇宙の虎】!』
【氷の女帝】という占い師の人気に乗じて、恋人たちの間で流行りだしたものが【氷の華】だった。「ふたりの愛でこの花を育ててみませんか?」という誘い文句に皆が色めき立った。花を咲かせたふたりにはダイヤのペアリングが贈られるという特典と相まって。
【氷の華】は水中花を思わせる円筒形のカプセルに入った蕾だった。栄養剤は日ごとに減っていくため、それを購入者が作って補充し毎日世話をしていかなければならない。
しかし育成が滞り捗らなくなると、ふたりの仲はおかしくなっていく。花が咲いたら結婚しようと言っていたのに咲かないことを理由に先延ばしする相手が信じられなくなる、あるいはただ金が欲しいだけのパートナーの本性を知って失望したり、育成がうまくいかないのを一方に押し付け詰ったりといった具合に。
そして【氷の華】の育成サイトにまことしやかな噂が書き込まれる。「栄養剤に動物の血を混ぜると効果がある」と。さらに「育てる人間の血のほうがより効果が高い」などと噂はエスカレートしていった。
【氷の華】が空中に無数の氷の刃を生み出す。向かって来るそれを幌橋は脱いだジャケットを投網のように変形させてはたき落とす。
『フフフ、それが噂に聞く【魔装】なのね。だけどいつまでそうしていられるかしら?』
女帝の言うように幌橋は防戦一方だった。いくつかの氷刃は投網をすり抜けて白いワイシャツに赤い切り傷を作った。
「精神エネルギーを集めるだけなら、彼らの愛で良かったはずだ。なぜわざといがみ合い、殺し合いまでさせる必要があった?」
『聞いたふうなことをいうのね。純度の高い愛にまさるものはない、その通りよ。そして私は一度はそれに成功した。だけれども愚か者どもは成果に嫉妬して自分たちの価値観で汚し、私の子供を追い詰めて殺したのよ!』
女帝の感情の昂りとともに【氷の華】の攻撃も苛烈さを増す。
「同情はする。しかし報いは受けてもらうぞ。……頃合いだな」
幌橋の言葉どおり、氷刃は勢いを鈍らせ【氷の華】は輝きを失っていく。
『こ、これはどういう……キサマ一体何を』
「アブラムシの一種を改造した昆虫兵器をばら撒いた。植物型の侵略者対策に効果が高い」
『そういうこと……これまでのことは時間稼ぎ……しかしそれだけでは!』
「ああ、後始末のことも考えてある。この虫は体内で強いアルコールを作る。つまり可燃性んだ」
そう言うと幌橋は使い捨てのライターを取り出し、アルコールを染み込ませたハンカチに火を着けた。それを放ると辺りは青白い炎に包まれる。
幌橋はジャケットを羽織り直して炎に焼かれ断末魔の声をあげる【氷の女帝】を見つめた。
『何をキサマ……一緒に死ぬつもりか……』
それには答えず、幌橋はただ立っていた。
「後始末までさせて済まなかったな。鎌やん」
「気にすんな。いつものこったろ」
とあるラーメン屋で幌橋は【製作所】の男と会っていた。男は窮屈そうに体を丸めながらも、器用に箸とレンゲを使って麺をすすっている。
「俺の害虫駆除が役に立つとはな。何かあったらまた声をかけてくれ。だがまあ今度はチンゲン菜以外の野菜が食いたいがな。はっはっは」
店を出た後で豪快に笑うと、カマヤン=ストランスキーは振り返らずに去っていった。
アンナから「どう? あの店美味しかったでしょ」とメールが来ていた。お礼のメールを返して、今度は担々麺ではなくタンメンの美味い店を探してくれるように頼まなければと幌橋はふっと笑った。




