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第十四話『武芸者アニス=アールビアノ』

 ――アニス=アールビアノ。


 設定上のジョブは武芸者。ヘルミナの剣闘士と並んで、前衛での活躍が期待される役回りだ。


 剣闘士が鋭利な技を以て敵を貫くならば、武芸者は一撃の業によって敵を両断する。互いに一長一短はあるが、純粋な破壊性能だけで言うなら武芸者に軍配が上がる。


 アニスはそれを象徴するように、長い太刀をするりと鞘から引き抜いた。鈍い輝きに満ちたそれは、まさしく暴力の可視化であった。

 

「さぁさぁ。己を入れて貰おうか。銅貨三枚を払えば良いのだろう?」


 アニスは後ろで纏めた頭髪を風に靡かせ、鉄柵の中へ入っていく。悠々とした足取りは、彼女が全くバイコーンを恐れていない事を示している。


 観客は勿論、クランの連中も瞳の色が変わった。誰もが、アニスはただの腕自慢ではないと判断している。


 それもそのはず。彼女の設定レベルは三十と異郷者にもひけを取らない。自陣営に引き込めば、それだけで平均レベルは大きく底上げされる。


 ゲームアテルドミナにおいて、異郷者たるプレイヤー達は自分のレベルを上げながらも、有力な現地人を勧誘し、クランを増強する事で勢力を拡大させる。


 通常のプレイでは異郷者の数は限られ、攻略には現地人の協力が必須であるからだ。


 その一面だけを切り取るなら、アニスは是が非でも勧誘したい相手と言える。


 だが。

 

「……ヴァレット、こっちに寄ってくれ」


「え。何よグリフ、珍しいじゃない」


 ヴァレットの腕を引いて、彼女を一歩下がらせる。やけに過剰反応をされたが気にしない。


「アレが君に紹介したかった当ての一人だが。正直に言って、比較的不味い奴を引いちまった」


「はい?」


 怪訝そうにするヴァレットを引き寄せたまま、囁くように言う。


「トラブルメイカーなんだよ、彼女は」


 アニスの堂々たる姿を見た。白と紺で彩った和装。紫がかった頭髪は美麗の一言であり、自信に満ち溢れた相貌はヴァレットの鋭利さとは違う彩りがある。華がある顔立ちと言う奴だ。


 横顔が夕陽を浴びて、強い輝きを帯びていく。


「二角獣バイコーン。悪辣にして堕落に満ちた獣よ。この己の前に立ちはだかった事を悔いるが良い。そうして喜べ! 魔女殺しの英雄が子孫、アニス=アールビアノの手にかかれる事をな!」


 アニスの芝居がかった口上に観客がますます盛り上がりを見せる。


 次々とバイコーンに打ちのめされていく男どもより、華麗な女武芸者が勇ましく立ち向かう姿の方が人気があるに決まっている。


 それに――彼女が口にした『魔女殺し』という単語。アテルドミナにおいては、これは特別な意味を持っていた。


 魔女とは即ち、アテルドミナにおける人類の天敵。旧時代における大陸の覇者であり、人類の支配者であった者ら。


 今でこそ人類は大陸に君臨しているが、歴史全体を見れば魔女にくびきをつけられていた時代の方がずっと長い。


 そんな魔女を打ち滅ぼし、人類に栄華を取り戻した英雄達。誰もが語り、誰もが憧れる御伽噺。


 無論、その末裔を名乗る輩は数え切れないほどいるし、真偽も分かったものではないが。それでも見世物としては盛り上がる。


 アニスの呼吸を見て、もう一歩下がった。


「ちょっと。どうしたのよ。こんなに下がる必要があるわけ」

 

 観客が前へ前へと押しかける所為で、アニスの姿が小さくしか見えなくなってしまった。


 ヴァレットは抗議するように唇を尖らせたが、首を軽く横に振って応じる。


「ヴァレット。君、トラブルメイカーの意味は分かるか?」


「そりゃあ、トラブルを起こす輩でしょう」


「字面通りならそうだ。だが本質的には少し違う。トラブルを起こすだけなら普通の人間だって幾らでもするさ。だがそれは、偶然その人間の手元にトラブルの材料が揃ってただけだ。造る者(メイカー)ってのはそうじゃない。材料が彼女の手元に集まって来る奴の事を呼ぶんだよ」


 職人でも一流になれば、自然と手元に必要なものが寄って来るという。

 

 アニス=アールビアノは、間違いなく一流のトラブルメイカーだ。


 アニスは口上を語り終えるとともに、重厚な太刀を振りかぶりながら迷いのない足取りでバイコーンの間合いに入る。


 場所はバイコーンの正面。何時も通り、間合いに入った相手を反射的に蹴飛ばせば良い――そう判断した獣の前脚を、アニスはいとも容易く太刀で捌いた。


「ヒヒィンッ゛!」


 避けるのではなく、捌く。バイコーンが幾度蹴り上げ踏みつぶそうとしても、アニスの太刀捌きを超えられない。魔性の蹄を真正面から見定め、すんでの所で軌道をずらす。


 何たる美技。クランの冒険者たちさえ、その艶姿には口が塞がらない。


 バイコーンは徐々に後退を強いられ、背を鉄柵に預ける形となった。


「バイコーンよ、貴様の不幸を己が嘆いてやろう! その墓場の前でだがな!」


 バイコーンの両脚が太刀に弾かれ、勢いよく跳ね上がった瞬間。


 もはやアニスは懐に入っていた。


 必殺の間合い。その台詞はゲーム上でもよく流れる彼女の専用台詞。


 最悪だ。心の底からそう思った。あの女、やっぱりやりやがった。


 この口上を言い放った後、アニスが行使するアビリティはただ一つ。


「――アビリティ発令『金色一閃』ッ!」

 

 名の通り、金色の如き閃光がアニスの刀剣から放たれる。バイコーンの漆黒さえ塗りつぶしそうな眩いばかりの一撃であり、アニスが誇る必殺の一振り。


 『金色一閃』は自身の持つ全能力を攻撃性能に振り向ける。後先を考えず、全力の一撃を相手に叩き込む最高に武芸者らしいアビリティだ。


 欠点はただ一つ。


 攻撃性能に特化する余り――命中性能が著しく低い事。


「あ――」


 アニスの惚けた一言が、空を舞った。彼女の黄金の一撃は、間違いなく相手を両断する。


 ――今回の場合は、簡易闘技場となっていた鉄柵そのものを両断し、完全に崩壊させた。


 ゲームだとただミス表記が出るだけだが、ここだとあらぬ方向に飛んでいくのか。厄介度が跳ね上がったな。


 当の本人のアニスは、しょぼんとした哀しそうな声を出す。


「また外してしまった……」


 しかし彼女の感情はさておき、街中でそんな真似をすればどうなるかは明白だ。


「ヒゴォ、ォオォオオオ゛ッ゛!」


「おいふざけんな!? 何が英雄の子孫だ!」


「逃げろ! いったぁ!? 道塞いでんじゃねぇ!?」


 当然、バイコーンが暴れ出して大騒動トラブルになるに決まっている。


 事前に離れておいて、本当に良かった。


 腕は確かなのだが、その決め技の命中率が最悪で、引き起こすイベントも大騒動トラブルばかり。それがアニス=アールビアノがプレイヤーから忌避される最大の理由だった。


「ちょっとグリフ!? 貴方これが分かってたわけ!?」


「分かってたわけじゃない。八割くらい確信してただけだ」


「それを分かってると言うのよ!?」


 失敬な。何が起こるかまでは予想してなかった。大騒動トラブルを予見していただけだ。


 バイコーンから逃げ回り、荒れ狂う人波に押されながらヴァレットが叫ぶ。

 

「っ、ぅ。とにかく、あの子をなんとかしないと――!」


 都市の外へと向かう人の波。だがヴァレットはあろう事か、波に抗って広場の中心に向かって進み始めた。


 即ち、怒りと興奮で暴れ回るバイコーンの下へ。思わず、口を開いていた。


「ヴァレット」


「行くわよグリフ。ここは私の都市で、私は領主。騒動を治める義務があり、人を守る約定があるのだから」


 いとも易々とヴァレットは言い切った。そうして騒動の渦中へと自ら踏み込んでいく。


 俺はどんな表情をしていただろうか。笑っていたか、それとも意外そうに眼を丸めていただろうか。自分の表情が見れないのが惜しい。


 反応したように、ヴァレットが頬を崩す。


「どうしたの。貴方の主人が、行くと言っているのよ」


 一つ、間違いなく言えるのは俺は嬉しかったのだ。


 ――正直を言って、俺は自分自身が立派な人間だと思った事なんて一度も無い。


 仲間を集めてアテルドミナを作ったのは、ただ俺が望む世界を形にしたかったからだし。実際のところ、俺が拘ったのは魔導や魔性といった好きな部分の設定ばかり。


 他の連中が手を貸してくれなかったら、何も出来なかった自信がある。


 完成した後もアテルドミナに関わり続けたのも、自分の好きな世界に居続けたかっただけの事。精神的な引きこもりと言っても良い。


 俺自身がそんな人間だからこそ、嬉しかった。


 俺の主人であるヴァレット=ヘクティアルは、たとえ将来的に絶対悪と呼ばれる存在であれ。


 ――間違いなく誉れを捧げるに相応しい、眩ささえ覚える輝かしい人間だ。


 人波に紛れて魔力の外殻を解除し、ヴァレットの手元に戻る。


 そうしてから言った。声にはやや、感情が含まれてしまったかもしれない。


「ああ。行くとしよう。君についてきて正解だった」

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― 新着の感想 ―
あれ程抱えてたここまで買ってきた荷物って、この見世物シーン入る直前まで持ってたと思うんですけど、いつの間にかどっかに置いてきました?
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