98、備中(びっちゅう)の貴公子
永禄四年(1561年) 十一月上旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
義輝との評定の後、三淵弾正左衛門に呼ばれた。部屋には俺と弾正左衛門しかいない。
「平島公方家の者と会われましたな?」
弾正左衛門が非難まがしい目を俺に向けてくる。
「会いました。豊前守様の紹介でした故、無下にもできず……」
「幕臣たちの中には虎福丸殿が豊前守殿と謀反を企てていると言う者もいます」
「伊勢家は諸大名と付き合いまする。それ故、平島公方家だけ付き合わぬというわけにも……」
「その言い分も分かりますがな。しかし、平島公方家はまずい」
弾正左衛門がぐいっと身を乗り出した。何なんだ、怖いぞ。
「公方様も心配しておられます。虎福丸殿が平島公方家に靡くのではないかと」
義輝が心配している……? まーた上野主殿たちが良からぬことを吹き込んだな。しっかし、義輝ももっと良い側近を持てばいいのにな。いや、良い側近がいたらいたで揉めるか……。足利直義と高師直みたいに……。
「その心配はいりません。私は三好豊前守は油断ならぬ男と見ています」
俺が言うと、弾正左衛門が驚いていた。俺が三好豊前守の味方だと思ったか? 奴は信用ならない。何たって、細川讃岐守を殺して阿波国を乗っ取った男だからな。兄の長慶とは違う。謀将といっていい。
「そうですか。平島公方家は虎福丸殿を利用しようとするでしょう。お気をつけ下され」
弾正左衛門の目は真剣だ。平島公方家が俺を利用する? アハハ。面白い冗談だ。逆に俺のために利用してやろう。俺が笑みを浮かべると、また弾正左衛門が驚いたようだった。
永禄四年(1561年) 十一月上旬 備中国 青佐山城 大広間 細川通薫
「クックック。重畳よ。重畳」
美津がおかしそうな表情で俺を見ている。
「殿、文には何と?」
「これを読め。小早川中務大輔は当主殿を説き伏せたとある」
文を美津に渡す。美津は可愛い女だ。そして穏やかで賢い女だ。側に置いてもうるさいことは言ってこない。そこがいい。
「……香川右衛門大輔殿を毛利は守る、と。これは戦になるのでは?」
俺は笑う。美津が心配そうな顔になった。
「そうだ。遠からず戦になろう。九州では毛利と大友が揉めている。東国では上杉と武田の仲が悪くなった。香川右衛門大輔殿が起てば、流れは変わろう」
「讃岐は戦になりましょうか」
「なる。そこで六角、畠山、波多野で三好を討つという話になろう。右衛門大輔殿が三好を痛い目に遭わせることになる。三好が負ければ、次は毛利の時代よ。大友、尼子を滅ぼし、毛利が上洛する。公方様はお喜びになろう」
「毛利が天下を……。六角ではないのですか」
「フフ、美津よ。六角では俺を重用せぬ。だが、毛利ならどうだ? 毛利陸奥守殿は俺のことを気に入っている。俺は細川頼之の末裔だからな。毛利にしてみれば、俺は寄騎にして損がないのだ。備中を手に入れることも夢ではない」
俺は笑みを浮かべる。愉快よ。このまま備中に引っ込んでおれん。公方は頼りないし、俺が管領になっても良い。今の世は下剋上だ。弱き者になど任せておけぬ。
しかし、足利も余程人がいないと見える。三歳の童子を摂津有馬に向かわせるとは。ただ、この童子、侮れぬ。民に新しい仕事を与えて、人を集めている。これから有馬は豊かになるだろう。伊勢の重臣たちが賢いのか、それとも……。いや、考え過ぎか。いくら何でも三歳の童子が政のことを考えるとは思えぬ。重臣たちがやっているのだろう。ただ、この童子がいる限り、播磨、摂津で戦は起きないだろう。童子の動きをよく見ておかねばならぬ……。
お久しぶりです。曲者細川通薫登場。キャラはとても濃いです。




