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97、尊性尼(そんせいに)の婚儀

永禄四年(1561年) 十一月上旬 山城(やましろ)(くに) 京 御所 伊勢虎福丸


「よくぞ帰った。虎福丸。近う」


 俺は義輝の目の前に移動した。幕臣たちは静かなものだ。


「寂しかったぞ。虎福丸。そなたが側にいてくれぬと、な」


 義輝が笑みを見せる。幕臣たちの多くは冷ややかだ。俺が三好に内通してるなんて噂も出ているしな。全く、馬鹿どもの相手はしていられん。


御婚儀(ごこんぎ)が破談になったと伺いました」


 義輝の義妹である尊性(そんせい)()の婚儀が破談になった。六角家に嫁ぐ手はずだったのだが、六角は三好と敵対することをやめなかった。それで破談になったのだ。


「仕方あるまい。六角は手の付けられぬ暴れ者よ」


 義輝は憮然(ぶぜん)としてそう言う。嘘つけ! 内心では喜んでいるんだろう。義輝は近衛家の姫たちを(うと)ましがっている。気の強い女が多いからな。それに比べてアイドルフェイスの小侍従(こじじゅう)烏丸(からすま)の姫は自己主張も強くなく、自分を(なぐさ)めてくれる。ただ、俺は正室の由宇(ゆう)(ひめ)と仲良くした方がいいと思うがね。公家衆の心象(しんしょう)を良くするには五摂家筆頭の近衛家は窓口として、便利だ。義輝も分かっているのだろうが、どうしても自立したい、自由にやりたいという気持ちが強い。そのせいで妻とも仲が悪い。


「次の嫁ぎ先なのだが、赤松はどうなのかと話が出ている。ま、名門よな」


「赤松は六角の家臣ですぞ」


 名門赤松家も今は六角家に下っている。


「それがな、虎福丸殿。赤松は近衛の姫を側室に迎えれば、寝返ると申してきたのじゃ。それに赤松(あかまつ)出羽(でわ)(のかみ)殿(どの)には男子が一人いるのみ。他にも子がたくさん欲しいのじゃろう」


 三淵弾正左衛門が助け舟を出すように解説する。へー、赤松が寝返る、ねえ。信用できんな。どうせ六角の罠だろう。赤松出羽守の嫁は細川晴元の娘だ。細川晴元は六角のところにいると言われている。六角、細川が赤松を(えさ)に三好を罠にかけようとしている。おそらく義輝も(みつ)(ぶち)(ふじ)(ひで)もこのことを知っているんだろう。とんだ狸たちだ。どうしても三好の力を削ぎたいんだな。


「左様でございましたか」


「うむ。そこでな、尊性尼を赤松までそなたに送り届けてもらいたい」


「私が、ですか」


「そうだ。(みつ)淵弾(ぶちだん)正左(じょうざ)衛門(えもん)たちでは六角も通さぬであろう。ただ、童であるそなたであれば、尊性尼を送り届けても手を出せぬと思うのじゃが」


 一理あるが……。下手したら、六角に殺されるのは俺だ。


「尊性尼も怖がっておってな。警護には虎福丸をつけると言ったら喜んでいたが……」


 尊性尼の美しい顔が頭に浮かんだ。俺を頼りにしてくれるの有り難いが、無理難題だぞ。これ。


 俺は義輝の顔を見る。そして考える。義輝も三淵藤英もグルで俺を罠に()めようとしている? その可能性はある。義輝は讃岐の香川家を利用しようとしている。赤松を味方につけることで三好は得をするが、足利にとっては損をする。そのことを俺に熱心に勧めるということは俺を六角領に向かわせ、六角に俺を拉致させる。俺を六角陣営に引きずり込む。忠義者の三淵藤英が考えそうなことだ。これは俺に対する罠か……。


「謹んで、お役目、引き受けまする」


「おお、虎福丸よ。引き受けてくれるか。予は嬉しいぞ」


 義輝がニコニコしている。幕臣たちもほっとしたように()め息をついた。厄介な奴と思われているんだろう。まあいい、尊性尼は赤松に送らない。伊勢で保護しよう。その方が安全だ。


「大友と毛利の和議なのだが、まとまりそうもない」


 義輝が不意に言った。余程気にしているんだろう。苦い表情をしている。


「双方ともに忙しいと言い訳しておってな。与一郎が安芸郡山城にいるのだが、なかなか話がまとまらぬ」


 なるほど、細川藤孝が不在なのか。それで義輝たちも尊性尼の嫁入りなんてことを考えたんだな。


 義輝たちのブレーキ役である細川藤孝がおらず、長老たちは関わりたくないと黙ってしまっている。おかげで三淵たちのやりたい放題というわけだ。


「毛利陸奥守は長門に兵を動かした。大友も丹生(にぶ)山城(やまじょう)に兵を集めておる」


 義輝が苦い表情になった。もう戦は止められそうにない。義輝としては山名や斎藤のように上洛させて武家の棟梁であることを示したいのだろう。


「致し方ありませぬ。大友は弟を毛利に殺されたようなものでしょう」


「む……それもそうよな」


 大友(おおとも)(よし)(しげ)の弟・大内義長は毛利に滅ぼされた。毛利に自害させられたのだ。このことで大友は毛利に怒っている。


「ままならぬものよ」


 義輝が溜め息をつく。義輝は三好を倒したい。そして世を平穏にしたい。その思いが強い。史実の家康がこれをやった。大名たちも従った。義輝に家康の代わりができるだろうか? 無理だろう。幕臣に人材がいないわけじゃないが、朽木谷に逃げる体たらくじゃ、世間は三好(みよし)筑前(ちくぜん)(のかみ)(よし)(なが)を頼りにする。俺は義輝の苦しそうな表情を見ながらそう思った。


Twitter始めました(https://twitter.com/SO0AxdKeCHZ5Qo8)。ここでは作品を作るための資料収集などを呟いています。活動報告にもリンクが張ってありますのでご覧ください。

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[一言] 3ヶ月ぶりの更新お待ちしてました。
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