93、虎福丸の領地開発
永禄四年(1561年) 十月下旬 山城国 京 飛鳥井雅教の屋敷 伊勢虎福丸
目の前に座ったのはよく似た男が二人。中年だが、男前だ。飛鳥井家当主の飛鳥井雅教とその兄・松木宗満だ。雅教は
にこやかな笑顔を浮かべている。松木宗満も同じだ。
「ようこそおいでくだされた。竹若丸から聞いておじゃりまする。商いに殊の他、熱心とか」
ふーん、竹若丸の奴、俺のことをそんな風に伯父に伝えていたのか。この一年、富を蓄えたからな。蔵の中は銭がぎっしりだ。やはり交易は儲かる。
「他の公家たちから羨まれておじゃりますよ。竹若丸が金持ちなのは虎福丸殿のおかげでおじゃると。金を分けてくれと」
「まあ、そのようなことを言ってくるのですか?」
叔母上が驚いたように声を上げた。
「はい。冗談でおじゃりましょうが」
ニコニコした雅教が答える。人たらしというか、感じの良い人だ。
「むう。私は三歳の童子に過ぎませぬ。買い被りというものでございます」
俺が言うと兄弟が笑い声を上げた。あまり金持ちだと妬まれるからな。ここはとぼけておこう。
「明日、有馬郡に行きまする。帰って来るかは分かりませぬ」
「有馬郡、六角の領地の近くでおじゃりますな。危ないのではおじゃりませぬか?」
「今は毛利と尼子の和議が進んでおりまする。それで有馬郡が戦になることもありましょう」
兄弟が驚いた顔になった。毛利や尼子のことまで公家たちもさすがに知らないか……。俺には伊勢忍びがいる。人数も増員したし、関東の北条から毛利、尼子の情報まで網羅している。九州にはお爺様と父上がいるから文で様子がわかる。どこも揉めている。静かなのは北条くらいだ。
「毛利が……ということは浦上家は毛利に潰されますか?」
松木宗満が不安そうな顔になって、聞いてくる。毛利は領土拡大政策を進めている。浦上を攻撃することは有り得るだろう。
「そこまでは行きませぬが、浦上が身動きできなくなれば、六角は我らを攻めてきまする。その時は戦になる」
二人とも表情が硬くなる。戦は終わらん。六角も波多野も畠山も諦めが悪いからな。しばらくは戦も続くだろう。兄弟は幕府への不満は言わなかったが、公家たちの間で幕府の評価、いや武家の評判は悪いことは承知している。この時代、公家たちの領地を武家は平然と犯している。荘園は儲かるからな。義輝の家臣たちも例外じゃない。これが義輝と朝廷の不仲につながっている。
ただ俺は違う。公家たちの領地は公家たちのモノだ。俺は彼らと敵対したくない。それを言うと、飛鳥井たちはほっとしたようだった。伊勢は頼りになる。幕臣にも話の分かる奴がいる。そう思われたらなら良かった。特に飛鳥井は帝の寵姫の実家だ。仲良くしておくのに損はあるまい。
永禄四年(1561年) 十月下旬 摂津国 有馬郡三田城 伊勢虎福丸
大広間に伊勢の重臣と有馬の重臣たちが並ぶ。有馬家の当主の身柄は大和の松永義久の所に預けられた。有馬の家臣たちは俺の家臣に編入された。これからは仲間ということになる。
「伊勢虎福丸だ。よろしく頼む」
有馬の重臣たちが返事をした。侮る色はない。俺を恐れているようだ。無理もない。
「与次郎よ」
「はっ」
「民の仕事を作り、彼らを飢えさせるな。有馬を豊かな地にするのだ。播磨や摂津の者たちが羨むようにな」
「ははっ」
与次郎が返事をする。まずは特産品を盛り立てる。他の伊勢領でやっていることと同じだ。税金を安くして、米も民に配ろう。戦続きだったからな。民に休息が必要だ。有馬に、三田城に人を集める。敦賀から来た明の物を有馬で売るのもいいだろう。南蛮寺を誘致するのもいい。有馬は活気づくぞ。また三好や六角から妬まれるだろう。それと播磨・備前に忍びを多く送り込む。兵を強くし、戦に備えよう。
あと浪人の登用。人材も豊富にしなければ。ふう。やることだらけだ。忙しくなる。
堅苦しい話が終わって、酒宴が始まった。有馬の者たちと仲を深める。俺は酒を飲まないが、家臣たちは喜ぶ。俺も家臣たちと胸襟を開いて語り合いたい。有馬の地はもっともっと豊かになる。想像するだけで嬉しくなってくる。俺は笑いを嚙み殺し、平然を装った。




