80、三好襲来
永禄四年(1561年) 十月 京 飛鳥井雅教の屋敷 飛鳥井雅教
兄上がポーンと毬を蹴り上げた。皆の目が毬に集中する。
「ほっ」
勧修寺さんが毬を受け止め、蹴り上げる。若いのによくやる。
「はっ、そう言えば、幕臣たちの狼藉困ったものでおじゃります」
五辻さんが愚痴をこぼす。またその話か。皆が暗くなる。
ポーン。
「三淵弾正左衛門と細川与一郎は大人しい者でおじゃるが、他の者は……」
今度は甘露寺さんじゃ。幕臣の横暴に皆ほとほと困っている。
「宮中に仕える我らに無礼千万でおじゃりまする」
苦々しげに今出川さんが言う。
ポーンと毬が蹴りあがる。
「あの者たちが政を行っても、はあ、先行きが暗いわい」
今度は兄上だ。毬を今出川さんが蹴る。ポーン。
「あれが幕臣でおじゃるか。野盗か何かでおじゃろう。ああ、汚らわしい」
五辻さんが顔を歪める。
「三好の時代が懐かしゅうおじゃりますな。修理大夫殿ならこのようなこと、お許しにはなるまい」
私が言うと、皆が頷く。「その通りでおじゃる」「三好の天下が懐かしいの」口々に声が上がった。
ポーン。毬が高く上がった。皆がそわそわする。誰があれを受け止める? 疼くな。体が勝手に動く。
「貴方様!」
妻の高い声が聞こえた。妻が輿から降りて、こちらに向かって速足で向かってくる。侍女たちが慌てて妻の後を追う。
目の前に毬が落ちていた。皆が妻の姿に釘付けになる。妻が私の側に来る。
「和泉に三好の大軍が現れたそうにございます!」
皆がざわつく。和泉は京と近い。六角も畠山もいないのだ。京まですぐやってくるだろう。また三好の天下か。公方には三好を抑えることなどできぬ。力なき公方に振り回されるのはもううんざりじゃ……。
永禄四年(1561年) 十月 若狭国 後瀬山城 伊勢虎福丸
「また逃げたか……」
俺は瑞穂の顔を見る。瑞穂がこくりと頷いた。三好の大軍が和泉に攻め入った。家原城、芥川山城は即座に降伏。その日の夜には京に攻め上った。義輝は戦わず、さっさと逃げ出した。ひどかったのは女房衆を置き去りにしたことだ。お気に入りの小侍従局は連れて行ったが、近衛の娘である正室は置き去り。義輝の母も取り残されていた。また朽木谷に逃れたのだろう。みじめな逃亡劇だ。まあ悪運が強いというか何というか。
「妻や子を捨てて逃げるか……公方も女子供を連れては逃げきれぬと踏んだか」
悲惨なものだ。今回の戦の指揮は三好豊前守と三好日向守が主導していたという。豊前守は平島公方家、もう一つの足利家と仲が良いと聞く。もしかしたら、平島公方家を立てる気なのかもしれん。義輝は一気に力を失った。再起は難しいだろうな。
ただ、俺も京に帰りやすくなる。うっとうしい義輝たちはもういないのだ。三好筑前守は悪い評判がない。品のいいお坊ちゃまだ。三好は義輝をなだめて、京に迎え入れるだろうか? そして上杉は義輝を使ってなだめる。そんなところだろうか。よーし、京に戻るぞ。ここにいても若狭武田も重臣たち同士で仲が悪い。内輪揉めで殺されかねん。筑前守のところに顔を出し、ご機嫌伺いだ。それと逃がしていた桐野河内の住民を使って、特産品を作る。伊勢は桐野河内を失った。ただ、伊勢は他にも領地がある。桐野河内の民にはばらばらに移住してもらった。いずれ桐野河内は取り戻す。伊勢の財力は健在だ。三好の下で生き残ってやる。
「公方様、お可哀そうに……」
瑞穂がぽつりと言った。
「自業自得の面もある。あまり同情はするな」
「……はい」
不満そうだな。義輝って女にモテるからなあ。イケメンで剣豪ときている。抜けてるんだが、そこがいいらしい。人に好かれるお坊ちゃまタイプだ。ただ今は乱世だ。こういう時は三好豊前守のようなタイプが生き残るんだよなあ……。




