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36、石山本願寺

永禄四年(1561年) 五月 石山本願寺 顕如


「伊勢虎福丸だと?」


 下間刑部卿頼(しもづまぎょうぶきょうらい)(れん)が頷いた。隣にいた(けん)()の顔も強張(こわば)っていた。伊勢虎福丸。義輝の側近として台頭している童だ。あの斎藤道三の孫とも聞く。美濃の斎藤(さいとう)治部(じぶ)大輔(たいふ)(よし)(たつ)の甥ともいう。父親を殺した血塗られた家系だ。大坂では伯父・斎藤義龍に似て、酷薄(こくはく)な童だと噂されている。鬼が取り()いているとか評判は散々だ。


 その虎福丸が何用だ? 前に来た進士美作守は上杉との和睦を進めに来たので追い返した。悔しそうな顔が痛快であったな。民を救っているのは私だ。義輝ではない。義輝にはそんな力はない。幕臣たちもまとめ切れぬ。御台所とも仲が悪いと聞く。


 本願寺には公家の九条家がついている。妻は九条家の猶子(ゆうし)だ。九条は三好の後ろ盾となっている。三好長慶の父は本願寺が討った。それでも、三好とは手を組む。長慶も力がない。その後を十河(そごう)(くま)(わか)(まる)(かつ)ぐ。熊若丸は長慶の甥だ。熊若の母は九条の姫。ということは私の妻と同じよ。九条という縁で結ばれた私と熊若丸で政を行う。足利は頼りない。武家の棟梁とは呼べぬ。


 部屋を出て、評定の間に向かう。刑部卿と顕悟が従う。

本願寺は各地に拠点がある。伊勢、そして足利の狙いは越中と加賀だ。上杉に越中と加賀を通過させる。上杉は嫌いだ。虫が好かぬ。上杉とは八十年に渡って戦っている。仏敵に間違いない。和睦などできるわけがない。奴らが加賀・越中の主となれば一向門徒は弾圧されるだろう。


 評定の間に公家姿で(しゃく)を持った童が座っていた。微笑んでいる。これが童か。三歳か。信じられん。そしてなぜ公家姿なのだ? 童の後ろに男たちが座っている。伊勢家の家臣たちだろう。


「虎福丸殿。京よりよく参られた」


「顕如様と一刻でもお会いしたく参りました。願いがかなって嬉しゅうございます」

 

 私は虎福丸を見る。本気か? これが三歳の口上とは思えん。


「私に会いたいとは光栄にございます。先頃、将軍家より進士美作守殿が参られた。上杉軍の上洛を助けよとのことだが」


「はい。公方様は上杉弾正少弼様を高く買っておられまする。上杉様が上洛すれば、天下の諸侯は争いをやめるであろうと。そのためにはどうしても上杉様の上洛を成し遂げなくてはなりません」


 虎福丸は微笑みを消そうとはしない。なるほど、噂通りよ。武田信玄殿や上杉政虎が認める程の神童。交渉ごとにも強いと見える。ただ、譲るわけにはいかぬ。上杉が上洛した後、本願寺に敵対することは火を見るよりも明らかだ。加賀や越中の門徒を守らなければならぬ。


「上杉は信用なりませぬ。組むことはできぬ」


 私の言葉に虎福丸殿は身動き一つしない。さすがに(きも)が座っている。


「どうしてもできませぬか」


「できぬ。門徒たちに槍を捨てさせることはできぬ。門徒たちは武家による政に嫌気が差している。武家は争いばかり。年貢を取るばかりよ。我ら本願寺の方が加賀を治め、善政を敷いている」


「……」

 

「将軍家に逆らうわけではありませぬ。それでも加賀を通すことはできませぬ」


 虎福丸が口を開いた。


「それでは加賀の門徒と上杉様で戦になりまする」


「致し方ない。愚かな上杉と戦うしかありませぬ」


「顕如様、上杉と戦うということは将軍家と争うということでございますぞ」


 虎福丸が声を低くしてきた。


「私のこの衣服をご覧くださりませ。私は三条家の使いも兼ねて参りました。三条家も顕如様と上杉家の和睦をお望みでございますぞ」


 三条家? 妻の実家だ。なぜだ? 三条がなぜ足利の肩を持つ。


「乱世を終わらせるのは三好修理大夫様ではなく、上杉弾正少弼様。三条様がそのように考えられたからだと思いまする」


 む。心の内を読まれたか。しかし、九条家からは上杉を通すな、と言われている。ここで引き下がるわけには。


「公方様の言われる通り、和睦を」


 九条、三好を裏切ることはできぬ。沈黙が続く。待て。上杉軍が進軍して来ればどうなる? 越中、加賀の門徒たちが捕らわれる様子が目に浮かぶ。女が助けを求める声。家が焼かれ、(ひざ)を着く百姓たち。上杉に抗した愚劣な法主、顕如……。クッ。グヌヌヌッ。


「避ける戦は避けた方が良いのではありませぬか?」


 そうだ。その通りだ。加賀を明け渡すのではない。進軍を許すだけだ。加賀の一向門徒に血を流させるよりはそのほうが……。しかし、不思議だ。前に来た進士美作守の時はこのような気持ちにならなかった。あの男には大局が見えていない。しかし、この童には加賀一向門徒の姿が見えている。心から私に和睦を進めている。戦は避けた方が良い。ここは足利に合わせるか。


「分かりました。上杉と和睦し、越中、加賀の門徒に手を出させませぬ」


「御決断いただき、ありがとうございまする」


 ニヤァと虎福丸が笑みを浮かべた。勝った、そんな感じだ。今回は勝ちを譲ろう。だが次は……。


「法主、それは」


 刑部卿が声を上げた。坊官たちも私を見る。


「加賀の門徒に苦しい思いをさせることはできぬ。足利将軍家とは争わぬ」


「……」


 刑部卿は何も言わない。他の者たちも同様だ。虎福丸は平然としている。三歳の童に説き伏せられるとはな。笑いたくなる。思わず(ほお)が緩んだ。


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― 新着の感想 ―
こればっか
[一言] 領地開発はいつから始まるのだろうか?
[気になる点] 以前の信玄との交渉でも感じたが本文を読んでる限りそれらしい説得要素もないのに急に交渉相手が納得するシーンが再び出ました。 現実的な損得など引けないような要素が絡み説得で態度をころころ変…
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