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35、処分

永禄四年(1561年) 五月 御所 摂津晴門


大草(おおくさ)三河(みかわ)(のかみ)、出仕を見合わせよ」


 義輝様の冷たい声が響く。大草三河守殿が震えながら、平伏していた。知行召し上げはない。それでも出仕を見合わせよか。進士美作守殿や中澤掃部(なかざわかもん)(のすけ)殿(どの)も知らん顔。誰もかばう者もいない。


「僧兵を(そそのか)し、政所を襲撃しようとした罪は重い」


「大樹、それは違いまする」


 顔を上げた三河守殿が義輝様を見る。


「伊勢は三好と内通しておりまする。伊勢虎福丸こそは大樹の佞臣にございまする! 武田と上杉を和睦させた? それがどうしたというのでしょう。武田はこれ幸いと今川に攻めかかるに決まっておりまする! 今川家は足利の家人にございますぞ」


「武田と今川は同盟しておる。それはなかろう。そして虎福丸は余の重臣。それを(そし)ると申すか」


「誹るのではなく、足利に仇なすのは虎福丸にございまする。大樹、どうか目を覚ましてくだされ」


 義輝様が溜め息を()かれた。


「物分かりが悪い。三河守、自らの屋敷に籠り、よくよく考えるが良い」


「大樹!」


 三河守殿が幕臣たちに取り囲まれた。三河守殿が観念して立ち上がる。


「美作守」


「はっ」


 名を呼ばれた進士美作守殿が義輝様に向き直る。


「三河守はいらぬ考えを抱いた。残念なことである」


「御意」


「そのほうは虎福丸のことはどう思うか?」


「公方様の忠臣と心得まする。我ら幕臣も見習わねばと」


 義輝様が満足そうに頷かれた。三河守殿が幕臣たちに連れていかれる。


「虎福丸に不満を持つ者は他におるか?」


 義輝様が周りを見回す。皆、沈黙している。当たり前だ。誰も三河守殿のようになりたくはない。三河守殿は美作守殿に命じられたのだろうか。きっとそうだろう。美作守も狸だ。自分の身代わりに大草三河守殿に罪を被ってもらった。


「これで良い。虎福丸がいなければ今の余はない。皆、虎福丸をいじめるでないぞ」


 義輝様の声が場に響いた。場は暗くなっていた。虎福丸殿はまた襲われるかもしれん。まだ物分かりの悪い者がいそうだ……。












永禄四年(1561年) 五月 御所 伊勢虎福丸


「すまぬな。虎福丸。三河守は出仕を控えるように命じた」


 義輝が申し訳なさそうに言う。政所(まんどころ)に集団提訴しようとした僧兵たちを(そそのか)していた幕臣の大草三河守は出仕を禁じられた。蟄居(ちっきょ)処分(しょぶん)だ。甘ちゃんの義輝らしくない厳しい処置だな。それくらい俺が義輝の中でで重要な存在になっているってことか。


「いえ、幸い、政所の者たちには大事ありませんでしたし」


「そうであったか。兵庫頭(ひょうごのかみ)たちが怪我をしておらぬか。安堵(あんど)したぞ」


 義輝が笑みを見せる。


「伊勢守」


「はっ」


 お爺様が返事をする。この場には他にお爺様と(みつ)淵弾(ぶちだん)正左(じょうざ)衛門(えもん)(ふじ)(ひで)、細川与一郎藤孝、一色(いっしき)式部(しきぶ)少輔(しょうゆう)藤長(ふじなが)がいる。いずれも伊勢の味方をしてくれる幕臣たちだ。


「政所に手を出さぬよう、幕臣たちにはよく言って聞かせた。もう短気を起こす者もいないと思うが」


「公方様の御意向に逆らう者など、幕臣にはいないでしょう」


 お爺様が言う。甘いな。連中が止まるわけないだろう。二の矢、三の矢を放ってくるに決まっている。


「いえ、短慮な者はまだいましょう」


「虎福丸、止まらぬと申すか」


「はい。三好も必死でございます。畠山、六角、小寺、それに四国の長宗我部まで。三好を討とうという動きが諸大名に広がっておりまする。三好は公方様の力を削いでおきたいと考えております。それには伊勢一族を叩き潰そうとするのも無理からぬことでございます」


「余の言うことも聞かぬか……」


「私のことが気に入らぬ者は大勢いますから。私の祖父と父も気に入らぬと思っておりましょう」


「……」


 義輝が厳しい表情になった。そう、状況は深刻なんだよ。追い詰められた三好はなりふり構ってはいられない。義輝の足元、つまり幕臣たちを切り崩しにくる。


「政所の兵を増やしまする。兵を増やせば、こたびのようなことも起きぬかと」


 お爺様が言う。義輝が首を縦に振った。


「そうだな。余も幕臣たちの言うことを聞かせられぬ。困ったことよ。伊勢守、虎福丸。苦労をかけて済まぬな。まあ、上杉が上洛すれば、少しは落ち着くだろう」


 義輝は楽観(らっかん)が過ぎるな。上杉も周囲を敵に囲まれている。特に関東の北条が厄介だ。息を吹き返してきた。上洛は難しくなるだろう。小田原城攻めの失敗が響いている。


「して、虎福丸。本願寺が上杉の上洛を受け入れぬと突っぱねてな。困っておる。本願寺に応じて朝倉も歯切れが悪い」


 本願寺。加賀一向宗のことだろう。加賀は一向一揆の自治国と化している。上杉軍は通らざるを得ない。まあ、越中から飛騨を通る手もある。その場合、飛騨の攻略に手間取る。しかも飛騨は山深い地だ。大軍が通過できない。どうしても越中、加賀、越前を通るしかない。加賀一向一揆を一掃する?

 そんなことをすれば、五年、十年かかる。上杉の進軍にとっては加賀の通過は最も難しいところだろう。


「本願寺に三好の手が伸びているのではないでしょうか」


「余もそう思う。朝倉にも、だ。三好もなかなかやってくれる」


 義輝も困っているようだ。朝倉、本願寺への使いは進士美作守がやっていた。ということは美作守では相手にされないということなのだろう。


 ということは?


「虎福丸。そなたは三条家の家人でもある。三条の姫は本願寺法主の正室よ。その縁で本願寺を説き伏せることはできぬか?」


 また俺が使いか。やれやれ。行くしかないな。本願寺を足利に取り込めば、三好も伊勢への攻撃の手を(ゆる)めるだろう。でもなあ、また公家の衣装か。コスプレはあんまり好きじゃないんだよな……。


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[気になる点] いつになったら幕府から離れるの最初はかかわりたくないんじゃなかっての?
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