表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/248

33、伊勢邸包囲

永禄四年(1561年) 四月 京 伊勢貞孝邸 伊勢虎福丸


「なるほど、進士美作守様は三好日向守様に(そそのか)されているわけですね?」


「はい。今度は日向守様は伊勢様の所領の召し上げを考えております」


 (いい)(かわ)肥後(ひごの)(かみ)が深刻な表情で言う。肥後守は細川藤孝の義兄(ぎけい)に当たる。細川藤孝の妻の姉が肥後守の正室だ。そして、肥後守はスパイとして、進士美作守の陣営に潜り込んでいた。そして、俺に情報を提供してくれる。三好日向守や進士美作守の悪だくみが筒抜けだ。史実の永禄の変で権勢を誇った進士美作守とその娘・小侍従局を殺したのは三好日向守だ。


 この世界では史実では憎み合っていた三好日向守と進士美作守が手を組んでいるという異様な状況になっている。


 つまり、伊勢が強すぎるのだ。祖父・伊勢伊勢守貞孝。そして孫である俺。俺は三歳だからお爺様が入れ知恵して操っていると考えられている。いや、俺が全部考えて義輝に意見を言っているだけなんだがね。


「美作守様は幕臣たちに呼びかけ、伊勢を訴えよと」


「何と」


 馬鹿のやることは果てしがないな。進士美作守の悪あがきは滑稽(こっけい)だ。美作守の味方をしていた摂津中務少輔と糸千代丸の親子も呆れて、美作守から離れている。


「それと上杉弾正少弼様と能登畠山家の和睦は(とどこお)りなく、進んでおりまする」


 肥後守が言った。上杉と能登畠山家の和睦が済めば、残るは加賀と越前だ。加賀は一向一揆が自治を行っている。越前は名門・朝倉家が治める。足利は本願寺・朝倉両家に使者を送っている。すべては上杉を助けるため。三好長慶は摂津(せっつ)芥川(あくたがわ)山城(やまじょう)に籠ったまま、出てこない。様子見だろうか。三好は本当に滅亡しそうな勢いだ。やはり、川中島の戦いが避けられたのも大きい。六月には斎藤義龍が早死にする。このまま、いけば足利は有利だ。それで幕府内で暗闘が始まっている。伊勢対進士美作守の戦いだ。美作守はどうしても実権を握りたいんだろう。困ったオッサンだ。


「進士美作守様には私への誤解があるようですな」


「そうですな。自身の地位が脅かされるのが恐ろしいのでしょう。必要以上に虎福丸殿を恐れている……。義弟(おとうと)の与一郎が美作守様に虎福丸殿敵に非ずと諫言したのですが」


 肥後守が首を振った。細川与一郎藤孝が仲介に入ってくれたか。それでも駄目だったようだ。進士美作守の意思は固いと見える。三好日向守は焦っている。肝心の長慶は京に出てこないし、松永久秀も長慶の側にいるらしい。頼りの武将たちも各地に散らばっている。今、京で動けるのは三好日向守くらいのものだ。


 美作守が裏で動いているのは分かった。今のところ、こちらからは動かない。泳がして、仕留める。それが一番効果的だろう。













永禄四年(1561年) 五月 京 伊勢貞孝邸 伊勢虎福丸


「大樹と六角右衛門督様の面会は騒ぎが起きたようだ」


 父上が渋い表情になって、言う。今回はお爺様が御所に呼ばれて俺たち親子は屋敷に待機だった。お爺様は御所に泊まるらしい。


「右衛門督様も気性の激しい御方故」


「うむ。しかし、大樹の前で進士美作守を面罵(めんば)するとは。天下国家のため、進士美作守のような(ねい)(しん)を取り除くべきとはな。はっはっはっは」


 父上につられて俺も笑う。馬鹿正直で正義感が強い右衛門督の姿が目に浮かぶ。馬鹿だ。進士美作守を責めることはみんな我慢している。なぜなら、奴が本願寺・朝倉との交渉を担当しているからだ。美作守の権威が低下すれば、本願寺と朝倉がそっぽを向く。反三好包囲網を敷こうとしている時に右衛門督は足を引っ張ったのだ。馬鹿なガキだとしか、言いようがない。


「大樹は怒ったらしい」


「……」


 義輝も馬鹿だな。馬鹿相手にムキになって反論してどうする。話が余計こじれるだけだ。


「まあ婚儀はまとまったがな。先が思いやられる」


 婚儀はまとまったのか。お互いの感情を吐き出してわめく姿が思い浮かぶ。義輝も必死なのは分かるがな。やり方がまずい。三好を四国に叩き出しても内部で対立するのが目に見えているからな。


「上杉の上洛軍は秋には動くであろう」


 俺は父上の言葉に頷く。本願寺・朝倉から好感触を受けている。そこでは進士美作守は役に立っていると言えるだろう。美作守は鼻高々だろう。


「京を治める者が三好から上杉に代わったとしても、伊勢は大樹に忠節を尽くすのみよ」


 父の言うとおりだ。伊勢の主は足利。それに変わることはない。その時だった。襖が開いて、人が飛び込んできた。


「大変でございまするっ、兵庫頭様っ、虎福丸っ」


 母上が部屋に駆け込んできた。


「どうしたのじゃっ、紀子っ」


「外で打ち水をかけていたら槍を持った僧兵が屋敷の周りに集まってきて……」


 ついに来たか。進士美作守に(あお)られた者たちが集団訴訟か。迎え打ってやろう。父上と母上が固まっている。俺は部屋を出る。堤五郎兵衛が廊下で片膝を着いて、こちらを見ている。


「五郎兵衛、家臣たちを集めよ。表門に参る」


 五郎兵衛が返事をした。俺は表門に向かって歩いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ