27、非礼
永禄四年(1561年) 三月 尾張清洲城 伊勢虎福丸
「伊勢と織田、そして水野で商いをやっていくというのはいかがでしょうか」
俺は信長と水野藤十郎に提案してみる。津島に熱田、常滑、取り引きには最適な港があるし、特産品も多い。
伊勢が織田・水野と組めば、その利は計り知れない。信長は伊藤惣十郎という御用商人と付き合っている。
「伊勢には石鹸、木彫り細工などの特産があります。これを尾張・三河に売りたいと考えています」
「む。伊勢の品は尾張でも評判であるぞ」
信長が頷いている。良かった。乗り気のようだ。
「義伯父上、国を大きくするのは商いでございます。学問も富まなければできませぬ故」
「甥御殿の申す通りよ。伊藤惣十郎に甥御殿を引き合わせる」
話の分かる男だ。これで伊勢はさらに富むことができる。
「ところで六角のことだが、甥御殿は何も聞いておらぬか」
「野良田の戦いで浅井に敗れてから、六角は勢いを失っています。斎藤との縁組みを当主右衛門督が進め、父親の承禎入道は反対。右衛門督は幽閉されました」
「そのことは忍びより聞いている。右衛門督は幽閉を解かれたと聞いたが?」
「まあ当主をいつまでも押し込めておくわけには参りませぬから。ただ六角は公方様にすり寄っております」
「六角右衛門督は斎藤治部大輔と同盟し、斎藤治部大輔の娘を娶るつもりでした。しかし義伯父上も知っておられる通り、斎藤治部大輔は自分の父・道三公を殺しました。六角家では隠居の六角承禎入道が斎藤との縁組みに反対しました。当主に力はなく、隠居が政を行っています。六角右衛門督が政をすることはありますまい。承禎入道も年老いてくれば、政からも手を引くでしょうが、六角と斎藤が組むことは当面は有り得ぬかと」
「ふむ。右衛門督は不満であろうな」
「はい。右衛門督は筆頭家老の後藤但馬守賢豊と揉めております。いつ刃傷沙汰になるやもしれず」
「そこまでか」
「はい。右衛門督もあまり賢くはありませぬから」
俺が言うと、信長と藤十郎が笑い声を上げた。
「俺としては斎藤と六角が組むと厄介だからな。六角には揉めてもらったほうが何かと都合が良い」
信長が立ち上がる。
「さて、夕餉にしよう。昨日狩った鹿の肉がある。甥御殿も藤十郎殿も召し上がると良い」
俺たちは返事をする。頭は良いが、話して見ると案外話しやすい。気さくな性格なのかもしれない。織田とも商いができる。尾張の次は近江だな。六角の家中に探りを入れる。鈴奈たちとは別れてしまったからな。鬼の一族に警護させよう。
永禄四年(1561年) 三月 近江観音寺城 伊勢虎福丸
尾張では数日信長と遊んだ。楽しかったわ。熱田や津島も見せてもらった。鷹狩りにも同行した。エネルギッシュな男だ。陰の気のある上杉政虎とは違うな。
尾張は活気に満ちている。それに比べると近江の民は表情が暗い。六角が浅井に負けたのが響いているのかもしれん。俺は宿に泊まり、六角家当主・六角右衛門督義治に面会を申し入れた。
史実では筆頭家老の後藤を殺した右衛門督だが、この世界でも評判は悪い。女に溺れ、政に興味を示さないらしい。さらに家臣たちと言い合いになることもしばしば。お利口さんの北条氏政とは違う。父や重臣たちのやり方が気に食わないのだろう。
それにしても返事が遅い。いつまで待たせるつもりだ? 馬鹿はこれだから困る。俺は将軍家を代表して来ている。それを待たせるとは将軍家に弓引くと同じぞッ……って一喝してやりたい気分だわ。
「虎福丸殿。六角家よりの御使者が」
伊勢与七郎が知らせてきた。俺は与七郎に使者を通すように言った。
「六角家家老・三雲三郎左衛門定持にございます。こたびは公方様の御使者を待たせて真に申し訳ござりませぬ」
三雲定持。六角家の甲賀忍者の元締めだ。しかし、顔つきは険しい。将軍家の使者を待たせているのだ。気が気ではないのだろう。俺が義輝に六角家は無礼だったと言えば、六角家の立場は悪くなる。
三郎左衛門は焦っているのだろう。それでも右衛門督が足利の使者に会いたがらない。なぜなんだろう? 俺は嫌われているのかな。
「六角右衛門督様は何と?」
「御使者には失礼ながら、会いたくないと駄々をこねられまして……ただ、ご安心ください。我ら家老衆が御使者に会うように説き伏せました」
「会いたくない……右衛門督様は公方様を蔑ろになさるのか?」
三郎左衛門が身を固くした。責められると思っていなかったか? 俺を待たせた罪は重いぞ。右衛門督、しっかりけじめはつけてもらうからな。




