248、利を求める将軍
永禄七年(1564年) 四月中旬 丹波国 園部 伊勢貞孝
久しぶりに京に帰り、その後、園部に来るように言われた。虎福丸は見違えたな。もはや、一軍の将だ。家督を譲っても良いかもしれん。
「二条菊丸の乱はどうなるかと思いましたが、治まったようですな」
倅が言う。九州から琉球にまで行った。明との交易は良い具合に進んでいる。島津は虎福丸の話に乗ってきた。富を分かち合う。そういう話で進んでいる。儂らが九州にいる間、虎福丸は三河一国を手に入れ、丹波の南と摂津一国を手に入れた。
そして、儂らを呼び戻した。といってもずっと九州にいたわけではない。忍んで帰ってきてはいたがの。
評定の間に行くと、虎福丸、庄九郎、作之進、作兵衛が揃っていた。少ない。そう思ったが、口には出さない。
「虎福丸よ、随分と逞しくなったな」
「何の。こうでもなければ高師直のように殺されていたでしょう」
虎福丸が笑い声を上げる。全く恐ろしい孫じゃわい。
「お爺様、父上には京には近付かぬように申し上げます。まだ三好・六角・赤松が仕掛けて参りましょう」
「まだ危ないのか……。分かった。この園部で耐えていよう」
倅が言う。そうだ。幕臣たちの中には伊勢家を疎む者もいる。伊勢家は利を得すぎている。狡い、とな。そなたらも三好家の知行を奪って、贅沢になったくせにの。やれやれ、じゃ。
「もう六角には仕掛けてある。作兵衛」
「はっ、狙いは一向宗にございまする。六角は安い年貢で兵糧不足になっており、そのため米を買いあさって、市中に米が流れぬ由。これを民が、一向宗は不満に思っておりまする」
作兵衛が笑顔で話しだす。これが虎福丸の軍師か。なるほど、頭の良い男よ。
「そこで忍び衆が民を煽ります。これ、すべて六角のせい、と」
「ほほう」
一向宗を使ってやるのか。近江は揉めるだろうな。うまくすれば大乱だ。
「それと若狭ですな。高浜の逸見駿河守らに内応を持ちかけます」
若狭にまで手を伸ばすか。虎福丸の奴、欲張りなことを。虎福丸の顔を見る。ニヤリと笑った。もう好きにさせるしかない。この孫は出来が良すぎる。もう足利の手に収まるとも思えぬな……。
永禄七年(1564年) 八月中旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
「虎福丸殿、聞いておったか」
評定の間で一色式部少輔が聞いてくる。いや、聞いていたさ。勧修寺家の所領に幕臣が乱入した。喧嘩だ。勧修寺家はカンカンになって怒っている。
「式部少輔殿、つまらぬ争いです。武家と公家が争っても何のことあらん」
式部少輔がむっと口元を結ぶ。最近、この手の争いが増えた。菊丸の乱以後、幕臣たちは公家を恐れるようになった。過剰反応だ。堂々としていればいいのに。
「つまらぬ争いとは何だ! 虎福丸!」
「幕府の重臣である式部少輔殿がそのように怒ってはなりませぬ。衆議がまとまりませぬぞ」
奉行たちが困ったように顔を見合わせる。この手の問題が山積みだ。いちいち怒っていても埒が明かぬ。平和になったのはいいが幕臣たちは公家と衝突を繰り返していた。今の将軍は近衛家の人間ではない。それも影響しているのだろう。
「はっはっは。虎福丸の申す通りよ。勧修寺には余が詫びよう」
義益が笑いながら言う。上機嫌だ。正室も懐妊した。幕府も安定している。いいこと尽くめだ。
「朝鮮との交易をしなければならん。余は武の棟梁として利を求む。虎福丸、式部少輔。頼むぞ」
義益が考えているのは朝鮮を通した貿易圏の構想だ。朝鮮国王に使節を送ることになっている。対馬には一色式部少輔らが行くことになった。朝鮮は頑なな国だ。一種の鎖国政策とも言うべきだな。義益はこの扉をぶち破りたいらしい。
うまくいくだろうか。倭寇も出ているらしい。朝鮮は警戒するだろう。俺は近江で一揆を起こすことに専念する。顕如も六角には怒っているようだ。六角の方では後藤但馬守が隠居した。右衛門督と口論になったらしい。蒲生賢秀ら重臣が二人を引きはがしたらしい。近江のコメ不足に火が付くのは時間の問題だ。




