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21、拒絶

永禄四年(1561年) 三月 小田原城 付近 上杉政虎の本陣 伊勢虎福丸


「武田との和が成った今、残る敵には北条がいる。幕府より、つまりは幕府の使者たる虎福丸殿より北条新九郎氏政殿を降伏を勧めてはくださらんか。新九郎殿の正室・梅姫は信玄殿の長女。武田との和が成ったのであれば、北条一族を成敗することはできぬ」


「このまま小田原城を包囲すれば、北条新九郎様が自害しかねぬと?」


「左様でござる。それでは武田との和がこじれましょう」


 政虎が真顔になった。北条を討伐したとしても、北条一族を処断すれば、武田との仲がこじれる。というより、戦になるだろう。俺はこのまま撤退でいいと思う。小田原城攻めは悪手だ。攻略は半年かかっても怪しいところだ。その間、北関東の武将たちが兵糧不足で帰国するのは目に見えている。


 俺は政虎の目を見る。政虎も馬鹿じゃない。その間に北条を懐柔する。北条同族の俺という存在を使って、だ。


「北条への使者はお断わり申し上げる」


 諸将がざわついた。政虎はこいつらにとって神様みたいなもんだ。みんな、俺のことを信じられない目で見ている。


「虎福丸殿は義輝様の家臣にござろう。北条を討伐するのは義輝様の宿願のはず」


 政虎の近くに座っている老将が声を上げた。誰だ? 本庄美作守か?


「確かに武田家に上杉攻めをしないように願ったのは義輝様にござる。さりとて、北条は我が伊勢家と同族。同族を滅ぼすはこの虎福丸、末代まで恥を(さら)すことになりまする。それに義輝様の真意は上杉弾正少弼様の御上洛にあり。いつまでも小田原城にこだわっていれば、上杉は北や西から攻められるでしょう」


「む。御館様」


 老将が政虎を見た。


「良い。美作守。私の考えが浅かったのだ。虎福丸殿を使者に送ったとて北条新九郎が虎福丸殿を捕えかねぬ。そうなれば、小田原攻めを続けても、武田が得をするだけだ。もしかしら、武田が越後に攻め入るやもしれぬ」


 政虎が息をつく。


「義輝様の真の狙いは三好であろうな。北条は二の次か」


「私には答えられませぬ。三好修理大夫様とも懇意にさせていただいておりますので」


三好を倒したい、などとは言えんな。俺は三好に恨みはあまりない。だが、義輝は三好を追い払いたい。そのために政虎を上洛させたいのだ。


「ほう。三好長慶とも。虎福丸殿は大名たちを惹き付ける才をお持ちなのではないか」


 政虎が言う。俺は愛想笑いで応じた。あまり嬉しくはないな。


「私も虎福丸殿に興味がある。また京でお会いしよう」


 政虎が穏やかな笑みを浮かべながら、言う。やれやれだな。これで北条を滅ぼさずに済む。














永禄四年(1561年) 三月 三河岡崎城 松平元康


「それは真か。日向(ひゅうが)(のかみ)


「はっ、伊勢虎福丸様の御一行。相模に入られたと忍びが知らせて参りました」


「武田信玄、上杉政虎と会ったか。今川は虎福丸殿に興味なしと見える」


「今川氏真、世評通りの阿呆でございますな」


 日向守が暗い笑みを浮かべながら言う。今川の下で三河武士は忍従を強いられてきた。今は今川の下風に立たなくても良い。織田殿との同盟のおかげだ。そして織田殿の甥御(おいご)が伊勢虎福丸。神童と噂される義輝公の(かい)(とう)よ。会っておいて損はない。いや、得しかない。この乱世、松平が生き残るには尋常の手では生き残れぬからな。


「日向守」


「分かっておりまする。岡崎に虎福丸殿をお迎えしましょうぞ」


 日向守が頷く。やれやれ、俺にもようやくツキが回ってきたか。この好機、逃すわけにはいかぬ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 上杉の上洛の道をつけた。 [気になる点] 武田に上杉上洛時の不干渉を飲ませたが幕府の信用と主人公の名声という意味では今川への攻撃を許可したとして多分にマイナスばかりではないだろうか。 幕…
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