190、西田城攻略
永禄五年 (1562年) 六月中旬 丹波国 古世城 伊勢虎福丸
「これはな、火消し鎧という。火事が起きた時のための鎧だ」
俺が説明すると武将たちが顔を見合わせる。
「町人、農民に至るまで火消しの組合を作る。武家も加わるぞ。火事が起きた時は皆で消すのだ。物見櫓も作る」
溜め息のような声が漏れた。感心しているようだ。この時代に消防はいない。だから自分たちで作るしかない。
「若、宗助殿が」
掃部助が声を上げた。宗助が青い顔をして部屋に入ってきた。珍しい。
「高山城の内藤安芸守が軍勢二万を率いて八木城に迫っておりまする」
宗助が絞り出すように言った。武将たちがざわつく。やられたな。内藤安芸守め、裏切ったか。
「馬鹿な。内藤には千を率いるのがせいぜいであろう」
丹後が驚いて立ち上がる。
「荒木山城守や須知主水も加わっているようです。国人衆が多く味方しております」
「相分かった。して、桐野河内の左門たちはいかがした?」
「分かりませぬ。忍びでも桐野河内に近寄れぬ有様でございます」
宗助が暗い顔になる。あんまり責めることはできん。内藤安芸を軽視した俺の責任だ。左門たちの無事を祈るしかない。
だが、これは考えてみれば好機だ。北の城はまだ波多野方の城が多い。それらを落としてしまえば、伊勢家の丹波支配は盤石なものになるだろう。
それに新しい家臣も増えた。この者たちの力も試す必要があるだろう。
「分かった。八木城に向かう。ここは大沢内記、そなたに任せる」
「ははっ」
内記が頭を下げる。譜代の内記なら信用できる。ここには三千の兵を置いておこう。残りの四万二千で出陣だ。
永禄五年 (1562年) 六月中旬 丹波国 西田城付近 伊勢虎福丸本陣 伊勢虎福丸
ビュンッ、ビュンッ。
勢いよく弓矢が放たれる。八木城の近くになる西田城。まずはここを攻める。
「新庄城に敵は籠っているようでございます」
村井作兵衛がやってきた。この男は基本自由にさせている。その方が動きやすいだろう。
「ふむ。誘っているのか」
「いえ、どうも左門様たちを気にしているようです。南北で伊勢軍に挟まれていますから」
作兵衛が床几に座る。
「作兵衛、これは宗助という。まだ若い。仲良くしてやってくれ。俺の自慢の忍びなのだ」
床几に座っていた宗助が頭を下げる。
「和田宗助行成と申しまする」
宗助が頭を下げる。へー、宗助ってそんな名前だったんだ。知らなかったわ。
「これはこれはどうもご丁寧に。それがし村井作兵衛繁春と申しまする。諸国を放浪したのち、虎福丸様に惚れ込みました。この方こそ、天下を動かす御仁であると。いやはや、こちらこそ宗助殿と仲良くしたい」
作兵衛がにこやかに言う。忍びに対する偏見がない。なかなかの男だ。
「おお、そうこうしている内に城が落ちましたな」
城から火の手が上がっている。
「いや、落ちたのは三の曲輪だけだ」
俺が否定すると作兵衛が口を真一文字に結んだ。まだ若い。育て甲斐がある。これから実戦は教えていこう。
「若、城方が降伏を申し出ておりまする!」
使番が本陣に入ってくる。予想できたことだ。
「城主・重臣の切腹は許さぬと伝えよ。降伏を許す。伊勢軍に加わると良い」
「ははっ」
使番が元気よく駆け出していく。西田城が手に入った。幸先が良い。これからガンガン城を落とすぞ。




