185、見えぬ敵との戦い
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 丸岡城 伊勢虎福丸
「関五郎正重は舞い上がっておりまするぞ。若を負かした、と」
岡部左門が嫌らしい笑みを浮かべて言う。俺もニヤリと笑って返す。うまくいった。俺はわざと陣を引き払った。重臣二人の寝返りは嘘だった。罠だったのだ。途中で気づいた俺は負け戦に見せかけて退いた。このまま相手の罠に引っかかる程、俺は馬鹿じゃない。
「若いな。父親の正山入道はどうだ?」
「倅の舞い上がりに困っているようで」
目に浮かぶな。この親子の温度差は利用できる。
関一族の前に亀山の地がある。城に籠ってばかりいられないだろう。目の前にごちそうがあるのだからな。
「左門、敵は近い内に動く。用心しろ」
「ははっ」
関一族は亀山一帯の制圧に動くだろう。俺は丸岡城でそれを眺める。関一族が調子に乗ったら好機だ。
関一族が動かせる兵力は大したことはない。問題は浪人衆の動きだ。三好に攻められた摂津の国人たちが古世城に集まっている。他の地域からもだ。兵力は膨れ上がっている。さすがは軍神・楠木正成の子孫だ。浪人衆をまとめ上げるのはお手の物というわけか。
兵力は軽く一万は越えるだろう。全く厄介至極だな。
「若、丹後殿が参りましたぞ」
左門が言う。丹後か。桐野河内を任せていた重臣だ。しばらく顔を見ていなかった。というか忘れていたわ。
どかどかと中年の男が入ってきた。甲冑に身を包んでいる。若い男が中年の男の横に並んだ。思い出した。丹後の弟の掃部助だ。
「若、我らを置いていくなどひどいですぞ。桐野河内に百の兵を残し、我ら千の兵を率いて参陣仕る」
すまんな、忘れていたわ。丹後には内政を任せていたし、何と言うか三河で忙しかったしな。うん。
「分かった。亀山を攻めるぞ。丹後、掃部助。そなたも遊軍として陣に加える」
「ははっ」
「はっ」
兄弟が返事をする。桐野河内が空になってしまうが仕方ない。亀山での決戦に備えよう。少しでも味方が多い方がいい。
今岡城の前には曽我部川と言う大きな川が流れている。そこが両軍がぶつかる地となるだろう。関軍が動いた時、それが出陣の好機だ。
永禄五年 (1562年) 六月上旬 丹波国 丸岡城付近 本陣 伊勢虎福丸
「関正山入道の八千が西光寺に布陣。関五郎の四千が常盤橋に向かっておりまする」
宗助が知らせてきた。常盤橋か。渡れば丸岡城はすぐそこだ。
「若、常盤橋に兵を」
蜷川丹後守が眉間に皺を寄せながら言う。分かっておらんな、丹後よ。そなたは全然分かっておらん。
「いや罠だ。五郎ではない。誰か分からんが切れ者がついておるな」
宗助が黙る。忍び衆も裏をかいてきた。相当な切れ者だろう。史実では明智光秀は丹波攻略に手こずった。丹波者は曲者揃いというわけだ。俺は光秀の二の舞は避けたい。
「清水橋を探れ。宗助」
「……はッ」
宗助が本陣から飛び出ていく。敵の別働部隊は恐らく北にある清水橋だ。常盤橋の敵は陽動だろう。時間だけが立つ。家臣たちも黙っている。物音一つない。
「申し上げます! 清水橋に関の大軍が。千は越えておりまする!」
忍び衆の一人だろう。男が駆けこんできた。
「ここは権之助たちに任す。本軍で清水橋の敵を叩くぞ。丹後、掃部助。先陣を任す。存分に暴れて参れ!」
「はっ」
「はっ」
二人が神妙な顔で言う。誰だか知らんが俺を出し抜こうとはいい度胸だ。返り討ちにしてくれる。




