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171、菩薩(ぼさつ)の童子

永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波(たんば)(のくに) ()木城(ぎじょう)(じょう)下町(かまち) 伊勢虎福丸


 ドゴォォォーーーーーン。


「もう一回じゃ。せーのっ」


 兵たちの怒号(どごう)が聞こえる。俺は床几に座って前を見据(みす)える。東の(くる)()に兵たちが殺到した。城内の敵は弓矢も放てない。こちらの鉄砲隊が牽制(けんせい)する。


 もう五度目だ。門が(きし)みを上げている。もう少しだ。


左衛門尉(さえもんのじょう)、入道殿はどうだ?」


「はっ、西曲(にしくる)()を攻めている由」


 香西(こうざい)道印(どういん)入道(にゅうどう)には城の西から攻めてもらっている。この一日で勝負をつける。八木城から逃げた兵の一部が余部(よべ)(じょう)に逃げ込んでいる。波多野は宇津や並河(なみかわ)、赤井といった国人衆に助けを求めている。丹波の国人衆が一つにまとまると厄介だ。


 かつて八木城にいた内藤(ないとう)備前(びぜん)(のかみ)撤退(てったい)を助言したことがある。それくらい丹波国人衆は強い。あの勇猛な備前(びぜん)(のかみ)でも苦戦したのだ。


入道(にゅうどう)殿(どの)に伝令。このまま動かずばこの虎福丸が本丸を落とすとな」


御意(ぎょい)」 


 左衛門尉(さえもんのじょう)が大声を張り上げた。元気だな。八十をいくらか過ぎているがまだ現役でいけるだろう。


 ドッガ―――――――ンっ。門が破られた。ようやった。


「行くぞ―――――――っ」

「ウオォォォーーーーーーーーーーっ」


 兵たちが(くる)()に突撃していく。今回は百姓から徴兵(ちょうへい)した兵も多い。百姓の次男三男、それに町人の五男六男だ。手柄を立てようと躍起(やっき)だ。いいことだ。手柄を立てたら褒美は(はず)んでやろう。女とも遊ばせてやる。


「若、これは」


 (うま)(まわ)りの大沢内記(おおさわないき)が興奮気味に俺を見る。こいつも譜代だ。普段は特産品の開発に従事(じゅうじ)している。


「勝てるな。見ていろ。今日中に落として見せる」


 喚声(かんせい)が上がる。西曲(にしくる)()からも火の手が上がった。入道殿の兵も志気が高い。


 女たちが連れ出されてくる。東曲(ひがしくる)()は落ちた。次は二の(くる)()だ。その次は本丸だな。






永禄五年(1562年) 五月上旬 丹波(たんば)(のくに) 八木城城下町  伊勢虎福丸


「虎福丸様、この新田(にった)右近(うこん)大夫(だゆう)、腹を切ってお()び致す。城兵(じょうへい)の命、何卒(なにとぞ)お助け下さりませ」


 鶴首(つるくび)山城(やまじょう)城主(じょうしゅ)新田(にった)右近(うこん)大夫(だゆう)が自身の切腹を条件に降伏を申し出てきた。俺は受け入れた。昼には決着がついていた。新田(にった)右近(うこん)大夫(だゆう)は息子四人と共に切腹すると言っている。取り合えず俺は五人を本陣に呼び付けた。


(みなもとの)八幡(はちまん)太郎(たろう)義家(よしいえ)が先祖に持ちまする。しかれども、波多野に膝を屈し、陪臣(ばいしん)として(つか)える身。主君からは一族もろとも討ち死に覚悟で虎福丸殿を足止めせよ、と下知されました。それがし、娘が二人人質に取られており申す。それに孫娘も三人。家臣たちの女房衆、母親に至るまで。腹を切らねば人質がどうなるか。可愛い娘たちと孫娘でござる。この右近大夫、そして倅どもも腹を切って、波多野に忠義を見せたく(そうろう)


 右近大夫は憔悴(しょうすい)しきった顔で話す。弱小国人衆の辛いところだろうな。要するにこいつらは捨て駒だったのだ。ひどいことをしやがる。新田の一族なんて全国にいる。この連中は傍流なのだろう。


「腹を切ることは(まか)りならぬ。この後、そなたらは京の屋敷に連れていく。生きるのだ。籠城戦、見事に(ねば)ったではないか。その腰の強さで奉行をして欲しい。伊勢家はな、新参(しんざん)でも良いのだ。なに、人質は安心しろ。俺の忍び衆が助け出す。とにかくそなたらは斬ったことにする。偽の死体も用意する。しばらくは屋敷の下に隠れていてくれ」


 右近(うこん)大夫(だゆう)が目を開いた。


「な、何と。敵である我らに慈悲深い。菩薩(ぼさつ)のような御方(おかた)じゃ」


「だろう? 俺は足利の家人(けにん)だ。新田はかつて共に幕府を倒した仲間だ。一緒にやろうぜ。慈悲のない波多野なんか捨てろ」


 右近大夫が(うなず)いた。後ろの四人の右近大夫の息子たちも(うなず)く。うん、いい人材が手に入った。新田は()醍醐(だいご)(てい)忠節(ちゅうせつ)を尽くした。ということは朝廷の覚えもめでたかろう。こいつらを家臣に加えた俺のことを帝も評価せざるを得ない。朝廷も俺を意識せざるを得んというわけだ。まさに一石二鳥だ。フフフ。


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