163、吉田の戦い
永禄五年(1562年) 一月下旬 三河国 吉田城近く 伊勢軍本陣 伊勢虎福丸
「今川本陣、吉田城の方角に逃げております。井伊軍もです」
「逃げる気か」
二郎左衛門が呟く。いや、体勢を立て直す気だろう。今川はまだ兵力を温存している。
「大久保軍を出します。菅沼軍もです」
「良い。左様せい」
俺が言うと二郎左衛門の顔が強張った。気を張るな。リラックスが大事だぞ。
大久保軍、菅沼軍に伝令が送られる。追撃だ。ただ北条軍がそろそろ動くだろう。北条軍には長沢松平、野依玄蕃、榊原の軍が抑えに回っている。北条軍はじっとしている。不気味だ。
「二郎左衛門、今川本陣を突く。小平太を呼ぶのだ」
榊原小平太、榊原の次男坊だ。後方の遊軍にいるが、前線に出たがっていた。千、預ける。ここに夏目次郎左衛門を付ける。根性のある武将だ。二人で本陣を側面攻撃する。
「御意」
北条は動かない。今だ。今川さえ崩してしまえばいい。北条は逃げるだろう。
地鳴りがする。榊原の遊撃隊が出ていったようだ。
「北条の様子は?」
「静まり返っておりまする」
北条は機会を逸した。これで勝てる。
「頼むぞ。小平太」
俺は呟くように言うと、また床几に座った。
永禄五年(1562年) 一月下旬 三河国 吉田城近く 伊勢軍別動隊 堤千代丸
本陣に入る。今川の連中が驚いていた。本陣が割れる。井伊の旗印が遠くに見えた。そそくさと逃げ出している。逃げ足の早い奴らだ。
「行け――――ッ」
小平太殿が声を張り上げる。槍部隊が進んでいく。騎馬部隊もだ。今川軍は騎馬武者たちも逃げている。
「今川氏真、恐るるに足らず!」
槍を上げる。喚声が上がった。志気が高い。今川軍は押される。こちらは武田との戦いで鍛え上げられている。
「北条が動いたが、もう遅いわ」
小平太殿が笑う。北条の大軍が動く。若のいる本陣が狙いだろう。だが遅い。もう今川本陣が崩れる。
「よーし、鉄砲隊、一斉に撃て――――――――ッ」
轟音が響いた。本陣の幕が見えた。馬腹を蹴る。もう終わりだ。俺たちは勝ったんだ。
永禄五年(1562年) 一月下旬 三河国 吉田城近く 伊勢軍本陣 伊勢虎福丸
「ふ、ハハハハハッ」
笑いがこみ上げてくる。今川本陣を榊原小平太が突いた。今川軍は氏真を守って退却した。
それを見た北条軍も兵を引っこめた。そしてゆっくりと退いている。追撃はしない。長谷川、庵原、浅井、岡部、朝比奈といった今川軍も撤退する。武田軍も慌てて逃げていく。また西尾辺りに逃げるのだろう。
「お味方、大勝利にございまする」
二郎左衛門がにっこりと笑った。俺も笑いが止まらん。これで吉田城も手に入るだろう。重要な拠点を手に入れた。松平は強くなった。そう実感する。武田、今川、北条の大軍を追い払ったのだ。あとは家を建て直し、内政に力を注ぐ。儲けた銭を京の伊勢家に送る。しばらく三河は静かになるだろう。温かくなるまで商いに力を入れる。商人の数を増やそう。特産品の販売にも力を入れる。
「二郎左衛門、吉田城へ行くのだ」
「はっ」
二郎左衛門が吉田城への進軍を命じた。俺は笑いながら輿に乗り込む。気分がいい。勝ち戦は心地よいな。




