161、牛久保城攻略
永禄五年(1562年) 一月下旬 三河国 牛久保城 城下町 伊勢虎福丸
「ふむ。間に合ったか」
俺が本陣に入ると皆が驚いている。京より強行軍で来たからな。牛久保は重要拠点だ。領地に加えれば領内は発展するだろう。
「若、ここは危ないですぞ」
二郎左衛門が心配そうな顔をしている。やはり岡崎城でじっとしているわけにはいかん。今川は強敵だ。俺が何とかしなければ。
「二郎左衛門、城を攻めるのか?」
「御意。総攻めに致しまする」
力攻めか。単純だが頑固な牛久保衆には丁度いい。二郎左衛門が采配を振る。本多平八郎、菅沼、鳥居、それに大久保といった軍勢が一斉に城に攻めかかる。さらに織田軍の水野、牛田、神谷、梶川といった軍勢も攻めかかった。五万を越える大軍だが、動いているのはほんの一部だ。二郎左衛門の本陣も悠然と構えている。
一刻ほど戦が続いた。なかなか城の守りが固い。城門を突破できない。
金森、丹羽の軍勢が猛攻撃をかける。
「二郎左衛門、京より攻城兵器を持ってきた。使うと良い」
「ありがたき幸せ」
京で職人たちに作らせたのは攻城用の櫓だ。タイヤもついているので移動もできる。鉄砲隊、弓隊が上空から攻撃する。伊勢家にしかない自信作だ。
パーン、パーン。鉄砲の音が響く。攻城櫓が六台、一斉に攻めかかった。
大きな槌を何人もの兵が抱えている。あれは本多平八郎の軍だろう。
城門が破られた。松平・織田の連合軍が城内に侵入する。
「申し上げまする! 真木越中守ら家老衆、十人、切腹を申し出て参りました。城兵の命と女房衆は助けて欲しいとのこと」
使番が本陣にやってきた。二郎左衛門が俺を見る。
「家老たちの首はいらん。それよりも伊勢家のために働くのだ。そう伝えよ」
「はっ」
使番が笑顔で馬に飛び乗る。牛久保城は落ちた。牧野の家臣たちは降伏した。攻城兵器のおかげかな。今川氏真め、悔しがっているだろうな。次は吉田城だ。今川の大軍は叩き潰す。俺を敵としたことを後悔させてやろう。
永禄五年(1562年) 一月下旬 三河国 牛久保城 大広間 伊勢虎福丸
「越中、面を上げよ」
「はっ、守護代様」
中年の男が顔を上げた。牧野家家老の真木越中守、これといって特徴のない男だ。だが、五万の軍勢に退かずに戦った。胆力は並み外れている。
「越中、吉田城までの道案内を申し付ける」
「お断りいたしまする。今川殿には恩義がございますれば」
「何と!」
「おのれ牧野の家老の分際で虎福丸殿に無礼であろう!」
国人衆たちが怒る。越中がニヤリとした。
「おやおや今川殿に仕えて二百年。恩あればこそ、裏切るなど恩知らずにも程がありましょう。犬や猫でも恩を受ければ返しましょうぞ」
「おのれ、無礼なり!」
菅沼新八郎が立ち上がった。越中が鼻を鳴らす。おいおい、穏やかじゃないな。今は同じ伊勢家臣なんだ。仲良くしてもらわんと困る。
「待て、新八郎殿、俺を斬ってから越中を斬ってくれ」
俺は新八郎のところに歩いていく。驚いた新八郎が困った顔で座った。
「新八郎殿も越中もよく聞け。三好が畿内を治め、天下は定まりつつある。応仁の大乱より長く戦が続いた。それももう終わるだろう。今川が三河を治めれば、松平は滅ぶ。織田もだ。それでどうなる? また戦が続く。いつまでも幕府に力なくば、世は乱れたまま。菅沼も真木も一族ごと根絶やしにされるぞ」
座が静まる。
「ここは虎福丸に任せて欲しい。幕府の威を、いや伊勢家の威を知らしめる。そのためには新八郎殿も越中も揉めていかん。さて、二郎左衛門、今宵は宴と致そう。酒を振る舞え」
武将たちがざわつく。何を驚いているんだ。これから新しい三河国を、豊かで強い国を作るのだ。そのための前祝いだ。皆、遠慮はするな。好きなだけ食べて飲むがいい。




