159、守護代拝命
永禄五年(1562年) 一月中旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
「遠路大儀でござったな」
上座に座るのは見知らぬ男だった。義輝ではない。誰だ?
「お忘れかな。高備中守にござる。将軍名代をしておりまする」
俺はじっと男の顔を見た。若い。まだ三十くらいだろう。
「琴姫の母はそれがしの妹でしてな。ふむ……虎福丸殿?」
琴姫は義輝の長女だ。まだ六歳と聞いている。それにしても誰だ。この男は。
「大樹は宮中にて捕らわれました。そして琴姫様に幕府を託され、毛利家を頼って逃げました」
……は? 毛利だと。毛利ということは吉田郡山城か。よくも遠くまで逃げたものだな。
義輝の奴、宮中で捕えられたか。誘き出されたんだろう。三好もあくどい手を使う。義輝でなくとも騙されるな、こりゃ。
「虎福丸殿、三河で松平蔵人を助けて、武田を打ち破ったこと。足利家は虎福丸殿の功に応えねばなりませぬ。大和守護代に任ずる。よろしいか?」
大和守護代。おいおい京から遠く離れているし、三河じゃないじゃないか。大和は松永弾正が治めている。松永の補佐役か。俺の力を削ごうというのか。
「このこと細川与一郎藤孝殿はご承知か」
俺は強く出る。備中がにんまりと笑みを浮かべた。
「もちろんでござるよ。幕臣も皆、虎福丸殿の大和守護代を望んでおる」
「左様か。今は三河で忙しい。大和守護代はできぬ」
俺は立ち上がる。備中が口を開けていた。呆然としている。
「虎福丸殿、将軍家に弓引くつもりか」
「弓など引かん。三河は俺が何とかする。口出しは無用」
俺はドカッと、男の目の前に座った。誰も幕臣たちは動かない。
「ヒィ」
備中が転げる。情けない。三好の名代がこのザマか。俺は背を向ける。
「備中殿、他に言うことはござりまするか」
「な、ない! ヒィィ」
備中が恐ろしい者を見るように俺を見ている。全く小物だな。殺す価値すらない。
「では御免」
俺は足早に部屋を出ていく。小物に構っている暇はない。俺は忙しいのだ。
永禄五年(1562年) 一月中旬 山城国 京 三好義長の屋敷 伊勢虎福丸
「すまぬな。虎福丸殿。大和守護代を引き受けて欲しい」
今度は三好義長本人が頼んできた。居並ぶ家臣団がギロリと俺を睨むように見る。そんなに睨むな。食べてもおいしくないぞ。
「天下は定まった。三好が天下の差配をする。大和の守護は三好にとって欠かせぬのだ。虎福丸殿に頼みたい」
「では三河はいかが相成りましょうや。三河は伊勢家が所領。見捨てるわけには参りませぬ」
義長が笑みを浮かべる。まただ。目は笑っていない。義長は変わった。冷酷な天下人へと変わったのだ。
「大和守護代をしながら三河を守ればよい」
沈黙が場を支配する。三好家の家臣たちも息を飲んでいる。
「虎福丸殿、そなたと戦いたくはない。天下を治めようではないか。義輝様は逃げた。もう力はない。三好と伊勢で共に天下をいただこうではないか」
三好義長は満面の笑みだった。まあいい。譲歩を引き出せた。このまま、三河に戻ろう。戦の指揮は俺が取る。
「守護代のお話、有り難く引き受けまする」
俺は頭を下げた。義長は俺を手に入れたかったのだろう。だから足利を乗っ取った。そう思うしかない。これで義輝の力はなくなった。三好が畿内の覇者になる。まずは今川を討つ。その後で牛久保の牧野を片付ける。
三河では産業を興す。もっともっと儲けるぞ。




