156、大海(おおみ)の戦い②
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 大海 本多忠真
「次は馬場の部隊か。腕が鳴るわ」
木村三七明利、佐野雅楽助泰綱、原田弥左衛門、小柳津助兵衛が頷いた。皆、本多では家老だ。敵は馬場美濃守信春。武田の猛将として知られる。心してかからねば。
甥の平八郎が馬を寄せてくる。
「鉄砲隊を動かす。それで敵の出足を挫く。叔父上、その後で突っ込んでくれ」
平八郎が笑みを浮かべている。今、先陣は榊原がやっている。そこに本多隊が加わる。それで馬場は持つまい。
「分かったわ。馬場美濃は慌てるな」
平八郎が嬉しそうだ。水を得た魚だな。松平は追い込まれていた。それが今や、虎福丸殿を得て、息を吹き返しつつある。虎福丸殿には頭が上がらぬわ。轟音が響いた。馬を走らせる。馬場の軍は大きく乱れていた。
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 大海 伊勢虎福丸
「ふむぅ。武田軍、大きく崩れましたなぁ」
精悍な顔つきの男がぼそりと言った。三好豊前守義賢。三好長慶の弟だが、この三河で蟄居させられている。謀略家で油断できん男だ。今回の武田の三河攻めも豊前守が主導したんじゃないかと疑いたくなる。三好義長では若すぎる。背後で操る黒幕がいるのだろう。ただ豊前も策士だ。俺の前で尻尾は出さない。
「松平は酒井、石川の軍が加わっている。対して武田軍は本軍の義信が出てきた。やはりな、三河の国人衆が戦う気がない」
武田軍は意外と弱かった。というより、松平が強すぎるのだ。武田は北信濃の深志城に武田信繁を配置しているし、秋山信友らが美濃に攻め込んでいる。ある意味、主力部隊はいないし、オールスターではない。やはり、信玄に比べると用兵がイマイチだ。信玄も初期は負け戦も経験している。義信は若すぎる。それに松平には鉄砲隊と弓隊を増強してある。京で手に入れた最新の武具も供給してある。
強くなった松平に武田は歯が立たない。大久保、成瀬の部隊がさらに武田本陣に攻めかかる。織田軍の佐久間、梶川、水野といった諸将も武田本軍を援護するために出てきた飯富の軍と交戦している。
「あの武田が呆気ないものですな」
豊前が呆然としている。武田の強さは畿内にも聞こえている。その武田が防戦一方だ。
「今川氏真が北条兄弟を闇討ちし、伊勢虎福丸に味方した……そういう流言を流しております」
「ハハハ。もう笑うしかないの。全く大した童子だ。そなたは」
豊前が笑い声を上げる。もう笑うしかないのだろう。武田本軍が逃げるように退いていく。勝負あった。もう午後三時くらいだろう。決戦に勝った。これで新しい道が開ける。野心が疼く。もっと三河を豊かな国にしてやろう。そして京に物を運ばせるのだ。伊勢家はもっと豊かになるだろう。




