153、岡崎城防衛戦
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城城下町 堤勝長
「殿、岡崎に火の手が……」
「遅かったか」
岡崎城の方から火が見えた。留守役の者たちがいたはずだが。
千代丸が渡城の方に援軍に向かった。岡崎城に来てみたらこの有様だった。許せぬ。武田め、どこまでも卑怯な者たちだ。
徒武者を突撃させる。武田の軍勢は民家に押し入っているところだった。
「不届き者を斬れ」
武田の軍勢が慌てて退いていく。追いかける。逃すことはない。
銃声がした。鬨の声が上がる。城の方からだ。岡崎城は落ちていなかったらしい。城から打って出たのだろう。大久保大八郎殿が留守を預かっていた。大久保勢が突っ込む。我らもそれに応じて武田勢を攻める。
槍合戦になった。弓隊が出て援護する。
第二陣の松井左近殿の軍勢が加わる。武田勢が押された。一人、また一人と逃げ出す。
昼前には勝負はついた。
「おお、刑部殿っ」
大久保大八郎殿が馬で駆けてくる。馬廻り衆も一緒だ。
「いやぁ、武田が攻めてきた時には討ち死にを覚悟しましたが、助かった。ありがとうございまする」
大八郎殿が笑みを浮かべる。勝ったのだ。岡崎から敵を追い払った。
「武田め、今川氏真の手を借りたのでしょうが、油断ならぬ奴」
「真に。まさか南から攻め寄せるとは」
危なかった。しかし、若は武田と今川の策に気づいていた節がある。相変わらず、恐ろしき御方よ。諸葛孔明のような軍師の才まで持ち合わせておられるとは。やはりあの御方は凄い。戦国の世を生き抜くだけの強運の持ち主だ。
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 大広間 伊勢虎福丸
「もう虎福丸殿ってば、母は生きた心地がしませんでしたよ」
田原御前が俺を抱き寄せた。いい匂いがする。松平元康の義母である田原御前はこの松平家を差配する姫大名でもある。美人で子供がたくさんいるようには見えない。俺のことを可愛がってくれて母親代わりを自任している変わった女だ。
「まあまあ、御前、落ち着かれませ。岡崎は堅固な城にて易々(やすやす)とは落ちませぬ。武田は尻尾を出してきた。隙を見せた。ここから虎福丸は武田を討ちまする。三河に平和を取り戻す」
俺はハッキリ言う。御前が嬉しそうな顔をする。
「渡城にも千代丸を遣わしました。これも勝った。松平兵は強いです。伊勢家の兵も十分に鍛え上げてある。武田太郎義信も穴山彦六郎信君も武功なき者。負けるわけがない」
「まあ、さすが伊勢の虎福丸殿。そういう強気なところ、頼もしいですわ」
御前が俺を強く抱きしめてきた。俺もされるがままになる。
岡崎城の防衛に成功した。次は青野城を攻める。武田を南から一掃する。関東では宇都宮、太田といった諸将が佐竹に同調する動きを見せている。
今川・北条連合軍は六万に達しようとしているが、北条氏政・氏照兄弟は弱気になっている。北条も領地に帰るかもしれん。そうすれば、敵は武田・今川のみだ。各個撃破で勝てる見込みが出てくる。




