151、井田城(いだじょう)攻略
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 伊賀城 伊勢虎福丸
「ふぅ、よく眠れたわ」
俺が言うと大木佐兵衛が吹き出した。
「若の肝の太さには参りまするな。それはしとて、夜はあまり眠れませんでしたぞ」
忍びの大木佐兵衛が笑う。佐兵衛は父祖代々(だいだい)の伊勢家の忍びだ。東海方面は佐兵衛が忍びの頭目になって情報収集に励んでいる。今の俺には佐兵衛の情報は欠かせない。
「はっはっは。大船に乗ったつもりでいろ。穴山彦六は弱気を見せている。こちらが勝つ。松平家は俺の下で結束している。負けることを考えるな。それで井田城には何人が籠っているのだ?」
佐兵衛が目を丸くしている。四面楚歌の三河に来たのだ。それなりに策があってのことだ。無策で来たわけではない。
「……はっ。井田城に武田残党が千ほど籠っておりまする」
「ふむ。刑部に命じて攻めさせよう」
副将には平岩七之助をつける。刑部を助けてくれるだろう。
「玄蕃、刑部と七之助に出陣して井田城を落とすように命じよ」
「はっ」
野依玄蕃が元気の良い声を出す。ただ顔は無表情だ。器用なことをする。
玄蕃がいなくなると、天守閣から井田城の方を眺める。立派な城だ。だが元々は松平の城だ。取り戻さねばなるまい。
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 井田城 伊勢虎福丸
城は一刻(現在の二時間)もすると落ちた。まだ午前中だ。他愛もない。俺はすぐに井田城に乗り込んだ。
「城主は降伏いたしました。斬りますか」
玄蕃が聞いてくる。穴山家の家臣たちを捕えた。刑部は手柄を上げた。
「いや、返してやれ」
斬るのは簡単だが、武田は未だ大きい。ここは寛大なところを見せておく。冷酷という世評も嬉しくはない。
「はっ」
玄蕃が返事をした。やはり無表情だ。表情筋が重いのかな。
「若、青野城の松井左近殿が援軍に駆け付けて参りました」
千代丸が報告する。うん、太っているが少し瘦せたようだな。ギラギラした野心のようなものが滲み出ている。千代丸も変わった。
「松井左近にござるーーーーーーっ、虎福丸殿、精兵七百にてお味方致しまする――――っ」
元気の良い声が城外で聞こえる。史実では家康の股肱の家臣だった松井左近が味方として駆け付けた。もしかしたら武田に寝返るんじゃないかと思っていたが、義理堅い男だ。このまま北に攻め上る。穴山信君め、三河に来たことを後悔させてやるぞ。




