150、伊賀城攻略
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 伊勢虎福丸
大広間で待つ。刑部も千代丸も大丈夫だろうか。敵は八千の大軍だ。簡単に突き崩せないだろう。
野依玄蕃允がいつもの無表情でやってきた。俺は顔を上げる。
「御味方大勝利。穴山彦六は本陣を畳んで岡崎より退きのく由」
家臣たちが声を上げた。玄蕃は表情を変えない。
「勝ったか……うん、厳しいところは切り抜けたな」
「御意。千代丸は獅子奮迅の働きで穴山本陣にまで迫りました。穴山彦六は恐れをなして逃げ出し申した」
千代丸、やりおったな。奴は化けた。元々(もともと)武芸の稽古でも才能を見せていたが、今回覚醒したと言っていい。太ってはいるが機敏に動く。育てれば一軍の将に育つだろう。
「ハハハ。穴山彦六の慌てる顔が目に浮かぶわい」
家臣団から笑いが漏れる。大海に布陣した野依二郎左衛門ら四万は動かない。対する武田も動かない。恐らく岡崎の情勢を気にしているのだろう。
「千代丸たちに伊賀城を襲うように命じよ」
玄蕃が頷いて大広間を出ていく。反撃開始だ。北に攻め入るぞ。
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 伊勢虎福丸
「千代丸殿の軍勢が伊賀城を落としました」
部屋にいるところで今度は横川藤丸が知らせてきた。横川又四郎の倅で今年で七歳になる。おでこが大きく勉学を得意とする。内政向きだな。
「良し、そのまま伊賀城の守りを固めよと命じよ」
「はっ」
藤丸が嬉しそうに頷く。連戦連勝だ。良い流れができている。丹波の香西は動きたくてうずうずしているようだ。書状を送ってきたので動かないように伝えておいた。
まずは岡崎の戦の決着をつける。武田は強敵だ。三河から叩き出すのに骨が折れる。
気になるのは義輝のことだ。殺されたのではないかと噂が飛び交っている。三好の隠居である三好長慶が事態収拾のために京に行った。公家たちは慌てているようだ。
御所には三好の兵が入っているようだ。細川藤孝からも書状が届いた。義輝の安否が不明らしい。細川藤孝たちは朝倉の所まで逃げようかと相談しているという。
義輝の顔が思い浮かんだ。陽気ないい奴だったな。目を閉じる。ただこの世は戦国だ。油断すれば死ぬ。それは足利の当主とて変わりない。
義輝のことは頭から消す。斥候を放つ。伊賀城より北は武田の領地だ。何が潜んでいるか分からない。油断は禁物だ。ひとまずは勝った。今夜はぐっすりと眠れるだろう。




