147、岡崎の騙(だま)し合い
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 大海 野依貞政
「いいところですなぁ。この大海というところは」
「ハハハ。皆、この大海に腰を落ち着けるのでござるよ。東国から来た者はこの大海で一息ついて、岡崎、清洲へと向かいまする。賑わっているでしょう」
酒井左衛門尉忠次殿が白い歯を見せて笑う。
「うむ。良いところだ。しばらくここにいたいですな」
東西の者が交わる町・大海。臼子まで退こうと思ったが、その前に大海の町を見て回る。武田は南下して来ている。我らを追っているのだ。
こうしている間にも関東の佐竹が北条を攻めた。若が佐竹義昭の尻を叩いたと聞いている。その佐竹が動いた。北条は困っているだろう。兵を退く気かもしれん。
良い事ばかりが続く。やはり若には戦を見る目がある。その才は恐ろしい。味方であって良かったわい。敵だったらわしの首はとっくに胴から離れておったわ。
「大海には勇猛果敢な水野藤九郎殿の軍を置きまする。本陣は臼子に置きまする。武田を迎え撃つ」
「いよいよ決戦ですか。この左衛門尉、二郎右衛門殿についていきますぞ。武田に目に物見せてやりましょう」
左衛門尉殿が鼻を鳴らす。そうだ。やるのだ。武田を追い返し、若の新しい国を作る。そして銭を生み出す。弱い足利ではない。伊勢虎福丸はこの国を引っ張っていく。
左衛門尉殿がうまい団子屋を案内してくれる。若い女子たちとすれ違う。戦の匂いはない。ただ武田は我らを追って来る。迎え撃ってやる。そして若の笑顔を見るのだ。
永禄五年(1562年) 一月中旬 三河国 岡崎城 伊勢虎福丸
「うーむ。雪が降っているのにご苦労なことだ」
「ざっと八千ほどの兵でしょうか」
こちらには六千の兵がいる。武田の別動隊が岡崎城を襲っている。八千ほどだが、武田の正規部隊が中核となる。
「フフ。罠とも知らずに、な」
「兵を出しますか」
「出す。刑部と千代丸を大将に、兵を繰り出そう。存分に暴れてくるのだ」
玄蕃が頷いた。父親の二郎右衛門と違って表情に乏しい。無愛想な男ではない。ただ思っていることを顔には出さない男だ。
「若、ここは危ないと思います。城内にて吉報をお待ち下され」
玄蕃が言う。そうだな。中に入るか。城を守るのに大将が死んでは笑い者だ。
刑部が太っているがああ見えて機敏に動く。槍の腕もなかなかだ。武田を蹴散らしてくれるだろう。千代丸も武勇に自信がある。あの二人に任せておく。部下を信じる。それも将たる者の務めよ。




