141、虎福丸の領地拡大
永禄五年(1562年) 一月上旬 美濃国 稲葉山城 城下町 団子屋 伊勢虎福丸
雪景色が綺麗だ。稲葉山城も雄々(おお)しく聳え立っている。
「若、申し上げまする! 北条の大軍は三万を越えまする。そして今川は二万五千。三河吉田城へ兵を進めんとしておりまする!」
伊勢忍びだろう。よく通る大声だ。団子屋の娘が驚いて目を見開いている。そう、驚くな。俺は天下の伊勢虎福丸だ。
近江より美濃に出てきた。ゆっくりと、だ。武田も北条も今川も、俺の動きを注視している。武田は飯田城に兵を集めて手を拱いている。武田義信の奴、慌てているだろうな。俺は四歳の童子だが、後ろには将軍、三好、河内畠山がついている。将軍に逆らえば、武士たちの反感を買う。
「アハハ。そうか。五、六万の大軍になるな。だがな、連中は吉田城から動けん」
野依二郎左衛門、横川又四郎といった家臣たちが顔を見合わせた。
気でも狂ったと思われたかもしれん。
「何故だと思う?」
「分かりませぬ。若、このままでは松平は滅びましょう」
二郎左衛門が悲鳴のような声を上げる。豪胆な二郎左衛門でも気弱なのだ。俺は不敵な笑みを作る。
「滅ばぬ。俺が岡崎城主になる。蔵人殿は逃がす」
「お、岡崎が殿に?」
今度は又四郎だ。情けない声を出すな。伊勢家の豪の者らが揃いも揃って怖気づいたか。
「そうだ。密書も届いている。俺は腹を決めたぞ。岡崎城は渡さん」
団子屋の娘がいない。あの女、くノ一かもしれん。武田の忍びか。まあいい。聞かれても困らない。むしろ、武田義信は恐怖に怯えるだろう。俺という化け物に、な。
「安心しろ。策などいくらでもある。大船に乗ったつもりでいろ。俺たちには義輝がついているのだ」
家臣たちが黙って俺を見る。
「それがしは若を信じまする」
「武田、今川など若の前では震えて兵など動かせまい!」
「若、岡崎に行きましょうぞ」
家臣たちの顔つきが変わってきた。興奮しているようだ。よし、我が軍は志気が高い。
「まずは目の前の団子だ。頬が落ちるうまさだな。しっかり噛んで味わうのだぞ。そして食べた後は茶だ。この苦さがたまらんのだ」
家臣たちが返事をすると、団子を食べ始めた。これでいい。もう松平の領地は俺の物だ。領地開発して元康の石高を増やしてやろう。元康は巫女の側室の所に逃げ込んで、女に溺れているらしい。それでいい。元康には一旦当主の座から消えてもらう。それが元康にとっての最良の選択だ。
永禄五年(1562年) 一月中旬 京 御所 足利義輝
「虎福丸が三河を手に入れたか」
「はっ、武田も今川も北条も蛇に睨まれた蛙のごとく動けませぬ。主君・三好筑前守もいたく喜んでおりまして」
松永弾正少弼がにこりとした。そうだな。めでたいことよ。足利の家人たる虎福丸が、一国一城の主となった。松平元康は側室を連れて城を逃げたという。
虎福丸のおかげで足利はまたも栄える。武田、北条、今川に使者を飛ばした。虎福丸に仇なす者は足利の敵と見做す。予直々(じきじき)に討伐する、と。
はあ。羨ましいわ。虎福丸。予はかの尊氏公や義満公のごとく、馬をもって野を駆け回り、鬨の声を上げたい!
うずうずするわ。このまま虎福丸が武田、今川を滅ぼし、北条を降伏せしめれば良いのだ。
皆、予にひれ伏せ。虎福丸が政を為す。そうすれば、天下は泰平となる。義満公のように明との交易を始められる。それだけではない。明の皇帝を京に招く。民に見せるのだ。予は皇帝とともにこの世を治めることを。いや、明の皇帝は暗愚だ。そうだな。幕臣を使って皇帝を殺すか? 代わりは虎福丸よ。明を治めさせて、日本の西の守りとする。
そうだな。それが良い。虎福丸の嫁は明の皇帝の娘が良いな。
「虎福丸よ。予は嬉しいぞ。そなたの領地が増え、この戦国の世を終わらそうとしている。のう、弾正少弼よ」
「御意にございまする。応仁・文明の大乱から九十年余り。虎福丸殿はこの世を変える御方です」
そうだ。皆、虎福丸を認めよ! こうなれば武田義信も今川氏真もいらん! 二人とも与一郎に頼んでくノ一に殺させるか? 寝所で女にブスりとな。アハハハ。大大名が女と同衾中に殺されては世の物笑いよ!
虎福丸、武田も今川も喰うのだ! そなたは虎だ。何もかも喰らってやるが良い!




