138、見慣れぬ者たち
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
義輝が上座に座り、家臣たちがずらりと並ぶ。
新しい顔が増えた。幕臣たちも生活が派手になっている。領地も増えたし、羽を伸ばしている者が多い。
「積み荷を細川京兆家に返せ、とな。話は相分かった。三淵弾正左衛門には余から言っておこう」
大徳寺の積み荷のことを話した。義輝は深く頷くと、すぐに決断を下した。こういうところは頼れる男だ。
「しかし、あの真面目な弾正左衛門殿が何故……」
上野主殿が困ったように言った。
「分からぬ。これでは幕府と細川家の仲をこじれさせようとしか思えぬ」
摂津中務大輔も首を傾げる。三淵の所業は三好の策謀によるものだ。そうとしか思えない。ただ三淵も馬鹿な男ではない。まだ何か仕掛けてくるはずだ。
「虎福丸、苦労をかけたな。此度は細川京兆家の動きを抑えてくれて助かった。細川右京大夫は余と六角を結び付けてくれた恩人よ。むざむざ殺したくはない」
義輝の側にはいつも細川晴元がいた。義輝が近江に逃げた時は細川が助けになった。
「三河に行くと聞いている。危なくはないか? そなたを誘き出そうという武田、今川の罠にも思えるが」
「心配は御無用にございまする。家中の手練れを率いて行きますれば、よもや襲ってはきますまい」
座が静まる。侮る空気はない。あるのは畏れだ。この童子には得体の知れない何かがある。そのことへの畏れ。物音一つない。静寂が場を支配する。
「ではこれにて御免」
俺は評定の間から出ていく。積み荷は細川京兆家に届くことになるだろう。一件落着だな。
御所から出て用意してある輿に乗った。輿の側で三郎右衛門が馬上で付き従う。
「三郎右衛門、幕臣の様子がな、おかしかったぞ。というよりも見ない顔が増えた。皆、俺を探るように能面であったわ。いつもの者たちはどこに行ったのやら」
「道楽でしょう。茶会に能、蹴鞠、あまりいい話は聞きませぬ。妾を増やした者もおりまする」
「呆れたな。これでは先が思いやられる」
幕臣たちは調子に乗っている。御所にも顔を出さず、趣味に邁進している。
「千代丸のことだがな。もう岡崎に着いたことであろう」
堤千代丸、三郎右衛門の孫の一人だ。淡路の船越のところに送って、積み荷を先に岡崎に送らせた。俺は陸路を通ってゆっくり東を目指す。示威行動だ。前回は三淵も一緒だった。今回は俺一人で行く。今度は千の兵を率いる。民も二百ほど、連れていく。三河の荘園に住みたいという者たちだ。ほとんどは河内、摂津の者たちだ。職人もいる。
三河では牧場、果樹園を作る。特産品をガンガン売り出す。伊勢忍びの大木佐兵衛が流通ルートを既に作ってくれている。二年かけて、だ。これは無駄にしたくない。
大木佐兵衛からは武田の動きが妙だと報告を受けている。武田義信の叔父である武田信廉が八千ほどの軍勢で信濃飯田城に駐屯し調略を仕掛けている。これに松平与一郎忠正らが応じるようだ。松平一門から離反者が出る。のっぴきならない情勢だな。
まあいい。武田が来るならこちらも容赦をしない。信長と元康を味方にして、迎え撃ってくれる!




