132、軍師を望む者
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「手を組むとは……足利と最上は同族でございます。元より一連托生でございましょう」
「ハハハ。建て前は良いのだ。本音を聞かせて欲しい。奥州はな。伊達左京大夫晴宗という男が奥州探題なのだ。毒にも薬にもならぬ男よ。最上が喰おうとも思うておる」
伊達晴宗か。どんな人物なのかは分からん。俺とは誼を通じたがっていたが……。
「奥州探題を……。それは公方様が悲しまれましょう」
「公方か。義輝殿は家臣を御しきれぬ。諸大名もな。武家の棟梁にして、母は関白の家の出。だがな、いかんせん弱い。凡愚とは思わんが、あれでは伊達も従うまい」
「それでも建武の新政よりはましでしょう」
「後醍醐帝ときたか。世は乱れる。虎福丸殿、足利に先はない。俺は三好筑前守義長殿が義輝を殺すと思っている」
「筑前殿は慈悲深い御仁。公方様に手をかけるなど……」
「ハハハ。虎福丸もまだまだ童よな。筑前殿はな、妻を娶ったのだ。大層美しいそうではないか。その妻を守るために武人というのは何でもするのだ」
筑前守が義輝を……。史実ではなかったことだ。ただ、気になることもある。新年の挨拶に筑前守は来た。思えば、あれも不自然だった。側には三好日向守がいた。あの男は危険だ。
疑えばきりがない。筑前守のような善良な男が義輝を斬るとも思えんが。
「それに悪御所の例があろう。古くは源氏の三代将軍実朝のこともある。有り得んことではない。三好筑前も武士の子だ。そこでだ。虎福丸。そなたを誅殺すると思うのだ」
悪御所……六代将軍義教のことだ。守護大名を誅殺した義教は世の人々に恐れられた。最後は赤松の罠で殺されている。
「まさか……」
「その顔は信じていないな。俺はな。勘が良いし、鼻が利く。この乱世を生き残り、家を大きくしたいと考えている。それには家臣共だけでは駄目だ。軍師が欲しい。あと領内の開発だな。虎福丸の知恵を借りたいのだ。なに、女子なら用意する。出羽の女は美しいぞ。共に天下を窺わぬか。親父殿は腑抜けだ。隠居させて俺とそなたで京に攻め上る。面白くはないか」
「買い被りでございます。孔明の足元にも及びませぬ故」
「ハハハ。……ただこのままでは身が危ないぞ。聞いたぞ。三河に行くのだろう。武田も今川も美濃の一色もそなたを嫌っておる。死地に飛び込むようなものだ」
「三河の松平殿は家来筋。お助けするのが義というもの」
「義理堅い男だな、そなたは。まあいい。虎福丸には虎福丸の考えがある。俺は邪魔な国人衆どもを片付ける。国人衆の娘は俺の女にする。フハハハ! 美女を肴に一献よ。これぞ、武将の醍醐味なり!」
どうやら諦めたようだ。源五郎義光が立ち上がった。話は終わった。
最上か。頼るのも一つの手だな。もし畿内にいられなくなったら出羽に行くか。
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「御客人でごわすか」
島津又四郎忠平がスタスタとやってきた。伊集院源太も一緒だ。
しかし、国元に帰らなくていいのか、と心配になる。まあ今のところ、島津は平和なのだろうが。
「拙者、最上源五郎義光にございます。もしや島津又五郎忠平殿ではありませぬか」
源五郎がニコニコして又四郎に駆け寄る。人たらしだな。生意気そうな源五郎が媚びてくると人は安堵する。そこですかさず人の心に入り込む。この男の手法なのだろう。
「最上どん、はて……誰でごわっそ」
「羽州の大名である最上出羽守殿の御子息です。こたび、上洛して公方様にご挨拶されました」
「そうでごわしたか。遠路はるばるご苦労でごわす」
島津又四郎が頭を下げた。のちの島津義弘と最上義光の対面か。面白いことになりそうだ。




