128、武士の生きる道
永禄五年(1562年) 一月上旬 山城国 京 清原枝賢の屋敷 伊勢虎福丸
「大炊頭殿、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」
清原枝賢の屋敷を訪ねると、出迎えたのは息子の大炊頭だった。清原大炊頭国賢、十九歳。父親に似て美男子で男前だ。公家の女たちが放っておかないだろう。
大炊頭はあの清少納言を出した清原家の一族だ。日本でも指折りの学者一族だな。俺はここの清原枝賢に教えを受けている。
「父は筑前殿の屋敷に行っておりまする。今日は帰りも遅くなるかと」
「ほう、筑前殿ですか。筑前殿も学問に力を入れているのですね」
「はっはっは。三好家の御当主ですからな。その自覚が芽生えて来たのではありませぬか」
気持ちの良い男だ。大炊頭が部屋に案内してくれる。家臣たちは別室に通される。
「妹が……寿が寂しがっていましたぞ。虎福丸殿はまだか、と」
「それはそれは……。顔を出さねばなりませぬ」
「ハハハ。虎福丸殿は公家の女子衆によく好かれる。艶福家ですなあ」
冷やかしだ。俺は笑みを浮かべて受け流す。清原家の娘も美しい娘でたまに見とれてしまう。
「吾妻鏡のことでございますが……」
「あれはどこまで読まれましたかな?」
「頼朝公が平上総介を討ったところまで読みました」
吾妻鏡……源氏三代について記された書物だ。作者は不明だが、清原枝賢は気前よく貸してくれた。五十二巻もあるので読むのが大変だ。でも面白い。
「いや、武家というものは恐ろしゅうおじゃりますな。公家衆では武家に憧れる男子も多いのです。しかし、武家など命がいくつあっても足りぬでおじゃりましょう」
「足りませぬな。武士は功名を立てるために命を惜しまぬところがございます。しかし、すべては金でしょう。交易によって領内を富ます。無益な殺生はしませぬ。それも武家の美徳と心得まする」
「利に聡い、ということでしょうか」
「はい。武士は銭に目がありませぬ。忠義忠節など銭の二の次にございます」
「ふむ。言われてみれば、足利も三好も富んでおります」
武士の倫理観は朱子学の影響を受けている。江戸時代が長かったからな。戦国時代は弱肉強食だ。強い者、富める者が生き残る。
「忠義など建前に過ぎませぬ。強い者を頼る。その庇護の下で生きる。それが武士の生きる道にございましょう」
「さすが虎福丸殿でおじゃりまするな。この国を動かしている御方は言うことが違う。やはり吾妻鏡をあなたに貸して良かった」
「何の。ただの四歳の童にございますれば」
大炊頭が苦笑いした。四歳の童にとても見えないだろうな。中身は転生したオッサンだし。転生前も吾妻鏡は読んでいた。
「いやあ、虎福丸殿はとても変わっておじゃります。ただ当家の持つ書物が虎福丸殿の役に立てるのであれば、何よりでござる」
「こちらこそ、貴重な書物を貸してもらって有り難いことです」
清原家の弟子たちを数人、伊勢家で雇っている。この者たちが吾妻鏡を漢籍から平仮名交じりの書き下し文にしてくれた。俺はそれを読んでいる。吾妻鏡は長いのでまだ書き下し文にする作業は続いている。
しばらく大炊頭と吾妻鏡の話をした。やはり武家の棟梁が世を治めなければならない。征夷大将軍は必要なのだ。この時代では信長が将軍になるんだろうか? 三好筑前守はもうすぐ死ぬ。本能寺の変が起こらなければ信長が将軍になる。順調に行けば、だが。三河の松平が滅びなければ、信長は京に行くだろう。その時、信長は第二の頼朝になるのか。それとも……。




