126、鉱山発見
永禄五年(1562年) 一月上旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「そうか。砂金が出たか」
「ははっ。丁度良いですな。尼子の方から逃げて来た鉱山の者たちを使いましょう」
河田弥三郎がニコニコ笑みを浮かべながら言った。伊勢の家臣で奉行を任せている男だ。鉱山技師を配下に持っている。
山城国の北で砂金が出た。鉱山があるようだ。正月から幸先が良い。三好筑前守が言っていた。俺は妬まれている、と。女の嫉妬も怖いが、男の嫉妬も引けを取らないし、悪質だ。
「しかし、伊勢家も豊かになったものだ。今、伊勢の領地は少ないが、大名に匹敵する力がある」
「ははっ、これも若のお言葉を皆が信じたからでしょう。伊勢は産物にて天下の伊勢家と名を知らしめておりまする」
弥三郎が餅を頬張る。俺は熱い茶ときな粉のまぶした餅だ。これがまたたまらん。
「ふぅ。美味ですなあ」
「そうよな。新年からこんなにうまいものばかり。頬が落ちる」
「真に」
口の中の甘みを茶で苦くする。おお、丁度良い。丁度良いのだ。
弥三郎が膨らんだ腹を揺すった。弥三郎の奴め、また太ったな。
「そう言えば、近江の者に聞いたのですが、近江は税が上がって、百姓たちのみならず、商人も悲鳴を上げているとか」
「六角の当主が駄目だ。己を将軍とでも思っておろう。民の思いが分からぬ」
馬鹿の得意げな顔が浮かんだ。六角も持たない。当主を変えざるを得ないだろう。養子でも取らされて今の当主は隠居かな。
「美濃もひどいと聞く。当主の一色喜三郎は女狂いだそうだな。愚か者よ」
「はっ、国人たちは呆れて当主から離れておりまする。また税も高い。武器を買い集めているそうで」
「戦でもするのか。相手は織田かな」
「でしょうな。織田も負けじと小牧山に軍勢を集めておりまする。また攻め込むつもりかと」
六角と一色。やはり連携しているようだ。まあ俺には関係ない話だ。それよりも……。
「松平蔵人佐殿にな……武器を贈りたい」
「それは良い。喜ばれるでしょう」
松平元康が窮地だ。助けてやりたい。伊勢家の身内だしな。領内にも不穏な動きがある。困ったことだ。
あと伊勢国に逃げるように文を書こう。のんびりしていると元康も殺されかねん。それくらい、事態は緊迫している。領地の開発は順調だ。銭もある。ただ敵も多い。用心するに越したことはない。
永禄五年(1562年) 一月上旬 京 三河国岡崎城 松平元康
「これは叔父上、久しぶりでござる」
「久しぶりだな。蔵人。虎福丸殿は大器だ。俺には測りきれん」
虎福丸殿に同行させた水野宗兵衛忠重……母上の弟だ。今は刈谷城にいる。叔父といっても年も少し上なだけだ。
宗兵衛が笑う。相変わらずだ。人を喰ったところがあるというか。
「領内のこと、芳しからず。与一郎にも文を送ったのですが、うんともすんとも言いませぬ」
「真か」
宗兵衛が目を見開く。与一郎は一門衆の中では譜代だ。幼い頃から苦楽を共にした仲でもある。それでも裏切ろうとしている……。
「虎福丸殿がそなたのことを案じておってな。文ももらってきたぞ。ほれ、読んでみろ」
文を受け取る。綺麗な文字だ。幼児の文字ではない。祐筆が書いたのだろう。
「武具と米を贈りたい、か。有り難い。虎福丸殿がいれば、この窮地も乗り切れるやもしれん」
「弱気になるな。三河はそなたがいなければまとまらぬ。織田や今川では駄目だ」
そうだ。今川や水野、織田にはこの三河は任せられん。三河は俺のモノだ。虎福丸殿、早く会いたいものよ。この元康、簡単には討たれたりはせぬ。




