125、虎福丸の領地開発③
永禄五年(1562年) 一月上旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
「お目覚めでござるか」
目を開くと三好筑前守義長がいた。びっくりするわ。いつの間に俺の側に来た? 母上がニコニコ笑っていた。筑前守を通したのは母上か。
「う、む……筑前殿、新年早々何用でございましょう」
周りを見ると松永久秀や岩成友通もいた。三好日向守長逸もいる。目もギョロリとして怖い。
「他意はござらぬ。新年の挨拶にござるよ。婚儀より、平和な日が続いておりますな」
そうだな。平和だ。近江は六角が固めているし、河内と和泉の二国は畠山がガッチリ抑えている。足利、三好の連携で畿内は平穏だ。
「ただ気になることもござる。虎福丸殿を妬む者あり」
またか。そんなの放っておけ。俺は銭儲けと領地開発で忙しいのだ。
「三河には三好豊前守殿がいる。豊前殿は謀を好む」
三好日向守がぼそりと言った。松永久秀と岩成友通も頷いている。三好豊前守義賢、長慶の弟だが、謀略の人だ。義輝に嫌われて三河の松平家が預かっている。
「吉良三郎殿のこと、耳に入っていましたか」
「奥方のことだろう? きな臭いとは思わぬか。畠山の領内でも家臣たちが騒ぎ出している。幕臣の者たちもだ。そこで虎福丸殿が呼ばれた。日向守が匂うと申してな」
畠山の家臣が騒いでいる? そんなことは初耳だ。
「松平蔵人佐殿なら信用できる御仁にござる。水野藤十郎殿はずっと私の側にいた。あ、今は藤十郎殿も宗兵衛と名乗っているのでござるが……宗兵衛殿は蔵人佐殿の叔父に当たります」
「ならば良いのだが……」
筑前守がニコリとする。
「気を付けられよ。三好も三河までは庇えぬ」
罠の可能性があるか。松平ではないな。不気味な沈黙を守っている今川と武田。油断ならん奴らだ。
俺は筑前守に礼を言う。だが、三河行きは取りやめん。松平元康は未来の徳川家康だ。死なせるには惜しい。
永禄五年(1562年) 一月上旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
北条弥七郎友成が出された茶を飲んだ。
「熱くて口の中が心地よいです。ふぅ」
久しぶりに鬼の一族の弥七郎がやってきた。瑞穂の叔父だ。
「三好の筑前殿がな、心配してやってきたのだ。暗殺でもされるのではないかとな」
「三河で、でございますか」
「そうだ。耳が早いな。武田と今川が動いてるかもしれん。用心せねばな」
問題は今川氏真だろう。義元死後、重臣たちは生き残っていることを考えると、今川の戦力は強化され、俺虎福丸を殺そうと考えても問題はない。
「伊勢忍びの大木佐兵衛から聞いたのだが、三河の遊郭に甲斐から売られてきた娘がおるそうな。ただか弱そうに見えて、くノ一ではないかと申しておった」
「武田は三河を欲しがっております。それがしも駿河にいた頃、そういう話を聞いたことがございます」
武田のくノ一が三河の遊郭に……。きな臭くなってきた。伊勢家忍び衆の大木佐兵衛があの辺りにいる。二年くらいいるだろうか。俺を殺す算段か? いや、待て。武田に俺を殺して利などない。それよりも松平元康か……。
近江から民が逃げてきている。六角の悪政に呆れたらしい。百姓だったり、職人だったりする。そういう民を伊勢家の荘園に集めている。ただ京に人を集める必要はない。三河に移そうと思う。
人は五百ばかり連れていく。代わりに三河から領民を京に連れていく。畿内では税が高くなっている。戦続きだし、武将たちは強欲だ。百姓から搾り取ろうとする。俺は百姓の取り分を増やしている。それくらいの余裕がある。
百姓の中でも武士になりたい者、商人になりたい者もいる。転職は許可している。逆もある。武士から百姓になる者もいる。そういう者に田を与える。喜んで女房と田を耕す。適材適所だ。戦いたくない者は新田開発に当てる。荘園には学問所も作った。ここにインテリの武士や坊主を招く。漢籍は難しい。平仮名交じりの書き下し文にしてくれないと読めないんだわ。それと忍びだ。忍びの育成にも力を入れている。見込みのあるものはどんどん採用する。全国に情報網を広げる。大名たちも俺を無視できん。商人としての虎福丸をな。




