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122、新たな交易相手

永禄五年(1562年) 一月上旬  京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸


「そうか。手袋(てぶくろ)は売れておるのだな」


「はい。東国(とうごく)ではそれはもう売れておりまする」


 くノ一の瑞穂がオホホと笑い声を上げた。いくつになったかな。俺はようやく四歳になった。


「夫も喜んで手袋(てぶくろ)を使っておりまする。手が温かいと」


 思い出した。十五歳だな。瑞穂は十五になる。美人だから嫁ぎ先も考えてやらないとって……今何と言った?


(そう)(すけ)殿(どの)従兄弟(いとこ)に当たるのですが、私が兄のように慕っていた御方(おかた)です。それともう子を孕みましたので忍びのことは休まねばなりませぬ」


「瑞穂、そなたいつの間に……。いや、もう良い。ゆっくり休め。だがその間、鬼の一族は誰が……」


「夫が棟梁(とうりょう)の代行を致します。宗助殿」


 背の高い男がやってきた。筋肉質だが、愛想の良い笑みを浮かべている。


「宗助殿は一族の中でも忍びの技では引けを取りませぬ。虎福丸様、どうぞ夫を使ってください」


 瑞穂が頭を下げた。まあいいだろう。身重(みおも)の瑞穂を働かせたくない。それに瑞穂の推薦(すいせん)なら相当の()()れだろう。


「宗助殿、虎福丸様をよろしく」


「相分かった。虎福丸様、新年早々、今村に動きがございまして」


 今村か。盗人(ぬすっと)だな。伊勢の領地を横領(おうりょう)していた連中だ。松永久秀の与力(よりき)だが、信用できん男だ。


「何だ。また悪だくみか」


「はい。兵を動かしたくてうずうずしているようです」


「馬鹿な奴だ。(だん)正少弼(じょうしょうひつ)(ひこ)(ろく)の二人に書状を贈る。それと三好筑前守(みよしちくぜんのかみ)だな。今村を黙らせる」


 松永親子と三好(みよし)(よし)(なが)が動けば、さすがの今村紀伊守(いまむらきいのかみ)も身動きが取れまい。いい気味だ。


「はっ、今村紀伊守の慌てる顔が目に浮かびまする」


「フフ。だろう。それとな、俺は今、蝦夷に夢中なんだ」


 俺は宗助と瑞穂の前に地図を広げた。伊勢忍びの歩き巫女たちに探らせた北海道の地図だ。もちろん正確じゃないが……。


「蝦夷の女たちが鹿(しか)(にく)を取っている。これがうまくてな。畿内で売ろうと思う」


「……何と」


 宗助が目を見開いた。


「狩りがうまい連中だ。そこに焼き物や壺を売る。連中の中でも文字の書ける者がいてな。どうもこの国から働きに行って、あちらの女と子を()したようだ。熊の肉も取れるようだ。魚もな。儲かるぞ」


「さすが虎福丸様、蝦夷(えぞ)との商いを考えておられるとは……」


「はっはっは。正月からそのことばかりよ。これで満足はせぬ。もっと儲ける。それとな。蝦夷の北にモスクワ大公国という国がある。その者たちも狩りを得意とする。狐、ビーバー、ラッコから毛皮が取れる。これはな、冬に着ると(あたた)かいのだ」


「そのような国があるとは……」


 宗助も瑞穂も驚いている。知らんのは無理もない。現代じゃ、ロシアは大国になっているが、戦国時代は航路も開いていない上に交流もない。


 ただ俺はロシアと交易がしたい。遠回りだが、欧州を経由する。毛皮はアジアで売れる。そう確信している。明も朝鮮も贅沢がブームになっている。これに乗る。クックック。笑いが止まらんな。(まつりごと)よりも商いの方が楽しくてたまらん。足利や三好よりもっと儲けてやる。次は鉱山だ。俺はやるぞ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1561年時点ではロシアはシベリア征服を果たしていなかったと記憶しています。
[一言] 蝦夷はもとより樺太やロシアにまで貿易対象とは恐れ入る。 いつか黄金が眠るアメリカにも手を伸ばしそう(笑)
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