121、大船建造
永禄五年(1562年) 一月上旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
ズズ……。新年だ。お雑煮おいしいな。普通なら女中たちが作ってくれるのだが……。
「どうですか。虎福丸。おいしいですか」
今日は特別に母上が作ってくれた。うん、母上の作るお雑煮はうまい。さすが斎藤道三の娘だな。いや、それは関係ないか。
「はい。おいしゅうございます」
母上がニコニコしている。父上も大夫家を空けているからな。寂しいのだろうが、顔には出さない。
「いや、この餅は絶品でごわす」
「本当に……」
島津又四郎と伊集院源太が顔を綻ばせる。この二人、京が気に入ってしばらく逗留することに決めたようだ。九州は大友と龍造寺が動いているが、島津は大人しい。領内の内政に集中しているのだろう。
「ウフフ。虎福丸殿、いい食べっぷりです。逞しい男子になられましょう」
俺を膝の上に乗せている末姫が溜め息混じりに言う。どうも俺を気に入ったようだ。漢籍の本を教えたいと押しかけて来た。俺も末姫を気に入っている。もう少し、年を取っていれば、嫁に迎えたかったな。それくらいいい女だ。
「又四郎殿、明は宮殿を建てているそうですな」
又四郎が目を丸くする。なぜ知っているのか、そういう顔だな。俺を舐めるんじゃない。中国やベトナム、カンボジアまで伊勢忍びたちから情報を集めている。それでも島津の方が明のことは詳しいだろう。
「愚かなことでごわす。今の帝は暗君にごわっそ。息子のための宮殿と聞いており申す」
島津又四郎が不快そうに眉を顰めた。今の明の皇帝って誰だっけ。万暦帝の祖父あたりかな。
「明の帝は不老不死を求めております。そのために女子の血を飲んでおるとか。気味の悪か話でごわす」
伊集院源太が吐き捨てるように言う。処女の生き血を啜る……って吸血鬼か。
「ただ明の民は豊かになって贅の限りを尽くしており申す。異民族も真似して堕落しておるので、明を脅かす者がいない。この国とは違って世が安寧ではある。だからこそ、気の緩みが出ておるのでしょう」
平和の大国、明。人々の暮らしはそれなりにいいのだろう。ただ軍が弱くなれば、野心も生じる。それに帝が子供のために宮殿を建てるか……。そんなの中国の歴史であったっけ? 聞いたことがないぞ。足利が力を取り戻したことで明の歴史が変わったのか?
何にせよ、目が離せないな。
「何にせよ、明は良き商いの相手よ。南蛮の商人たちもな」
俺が言うと、又四郎も源太も頷いた。しばらく明は安泰だろう。帝の周りには佞臣しかいないし、それは平和だという証明でもある。
今、家臣たちに大船を作らせている。密貿易用の船だ。扇子、漆器、焼き物、刀剣などを輸出する。儲かるぞ。伊勢の地に集まった職人たちの腕はいい。和泉、播磨から腕のいい職人が領内に逃げ込んできている。そこを重武装の伊勢の兵が守る。明の皇帝は宮殿を建てるというなら需要が高まって経済が動く。腐っても中国は竜だ。竜が動けば、朝鮮、琉球の経済も活性化する。その好景気の波に俺も乗る。愚かな皇帝親子に感謝しなければならんな。棚から牡丹餅だわ。




